混迷する末端
包囲を突破した二人が最初に向かったのは、今朝まで一緒だった仲間のところである。
今朝の反応を見る限り、彼らはまだ敵対していなかったとマキは判断した。ウォルターは半信半疑で、信じたいという気持ちがある程度に猜疑心に侵されている。どちらにせよ確認は必要なので、会いに行くのは当然だった。
今後を占う上で、この場における仲間の有無は重要だ。
もしも周囲全てが敵なら、マキは迷わず最終手段に出る。人間社会への影響を一切考慮せず、大規模破壊に走る。具体的には、ダンジョン入口を山で封鎖するというもの。もちろん入口近辺を完全破壊したうえで、だ。時間稼ぎにしかならないだろうが、そうやって得た時間で皇帝対策を完全にしてしまえばいいのだ。
相手も得た時間でモンスターを増やすかもしれないが、それらは気にしなければいい。倒しきれないモンスターが周囲を襲ったとしても、それは連合国側の選択による自業自得。襲われる者に罪が無かろうと、無視して構わない悲劇であると割り切る。
ただ、彼らがまだ仲間であればそういった強引な手段は取らない。まだやり様はあると、他の方法を模索できる。
一般的な人はマキやウォルターほどの戦力にならないが、数の利という力がある。それに鍛えれば戦力になるのだし、合理的に考えるのであれば友好的な付き合いをするのが賢い選択である。人は戦いだけで生きるのではない、戦力的な意味で役に立たないからと切り捨てるのは阿呆のする事なのだ。
(出来るなことなら、無事でいて欲しいですわね)
マキは切実に願うのだった。
司令室から走ること10分程度、マキとウォルターは宿舎にたどり着く。
道中に妨害の類はなく、途中で何人もの兵とすれ違ったが、特に邪魔されることはなかった。
「無事っぽいね?」
「ダンジョンの外にいたから無事だったという線も考えられますわ。地上にいた者たちは誤った情報に踊らされているだけかもしれません。
いいですわね。もしも護衛の方々が無事ならまだ大丈夫ですわ。真実を広め、正義を示すことで人の中で生きていけますわ。
ですが彼らが取り込まれている場合、ワタシ達は人間社会の犯罪者として追われる身になります。その場合は全て薙ぎ払うつもりでいなさい」
「りょう、かい」
護衛に会う前に、マキはウォルターに最終確認を行った。
ウォルターはまだ状況を飲み込みきれないのだろう、やや戸惑った顔をしているが、それでも素直に肯いた。
「では、行きますわよ」
「うん」
最終確認を終え、二人は宿舎の中に足を踏み入れた。
「あれ? お早い戻りですね」
二人の姿を最初に見とめたのは、休憩時によく話をしていた兵士だった。
彼は武具の類を身に着けておらず、完全に休暇の様子である。今朝、二人が司令室に向かったのを知っているので、この場にマキたちがいるのが不思議な様子だ。
彼のその表情からマキは一先ず状況を説明し、味方として取り込むことにした。
「司令室であった事を話しますわ。
まず――」
「は!? 何ですかそれは!!」
大雑把であるが、司令室で冤罪を被せられ、囚われそうになった事を説明する。ついでに、捕えられないなら殺そうとしたことも。
その話を聞いて護衛の兵士は大げさともいえるほど驚いた。
それもそうだろう。ここまで生き残れたのはマキとウォルターの功績によるところが大きい。その功労者を捉えようとするのも分からなければ、殺そうとするなど彼の常識の範囲外である。そんなことをするなど、全く予期せぬ出来事でしかない。一瞬だが、彼はマキを疑ったほどである。
そうやって驚愕した護衛の兵士であるが、事態を理解すると徐々にその不味さが理解できた。今、どれほど状況が悪いのかも。
端的に言えば、上司たちが何らかの理由で二人と敵対してしまったわけだ。それが国の判断になってしまえば、皇帝との決戦においてどれほど悪影響を及ぼすのかと、考えたくない悪夢である。敵対したことで自分に“目の前の二人”と戦えという指示が出るなど、軍を辞めて逃げ出したくなってしまう。
事態の不味さを理解できたのなら、次は対策を取るべきである。
護衛の兵士は休みなど関係ないとばかりに周囲に連絡を取るよう、仲間を呼ぶ。
「緊急事態だ! 上層部がトチ狂った! 正しい情報を周囲に触れて回れ!!」
この状況を改善するには、正しい情報を共有することで上層部の命令を間違ったものと認識させる必要があった。
これは時間との勝負でもある。
上層部の命令がウォルターに刃を向けさせる前に、最悪を回避できる勢力を作らねばならなかった。