味方殺し
「なんで……なんでだよ、畜生!!」
前線で戦っていた、1人の兵士が叫び声をあげた。まだ二十歳に満たない若い兵だが、腕を見込まれダンジョンに連れてこられた男だ。
彼が対するのは仲間の姿を模したモンスター。そして、そのオリジナルは、彼の親友だった。
これまで相手にせずに済んだのだが、ここに来て彼は親友の姿を見てしまったのだ。例え仲間の姿を切る事に慣れたとしても、親友はまた違うらしい。剣を持つ手は震えてまともに戦えそうにないことは誰の目にも明らかだった。
ウォルターはフォローに入るべく二人の間に割って入り蹴りを一閃、敵を一撃で屠った。
ウォルターにしてみれば何の思い入れも無い相手で、人間ではないし敵だと認識しているので殺すことにためらいを覚えるはずがない。それに味方を助けるためだ、この瞬殺劇も当然の行動でしかない。
だが、目の前で親友の姿をしたモンスターを殺された兵士にとっては違った。
下層で親友を殺された時の再現。目の前で起きた悲劇が繰り返されたように見えてしまった。
そしてその兵士は。
ウォルターの背中に向けて、思わず剣を振るってしまった。
「……え?」
ウォルターも、一応鎧を着こんでいる。
しかし胸の部分だけを覆うそれは、背中を完全に覆っているわけではない。むしろ動きを妨げないように、本当に最低限の防御効果しか持たせていない。どのみち皇軍の攻撃は今着用している鉄の鎧では防げないのだ。回避優先を基本とし、それでも急所を守るために心臓や鎖骨、背骨を覆っている程度でしかない。よって、露出部分はそれなりに多い。
無意識に放たれた一撃は殺気などが乗っているわけでもないので危機感すら感じさせず、味方と思って助けた相手に斬りつけられるとは露程にも想像していなかったウォルターに回避など出来る筈も無かった。兵士の剣はウォルターの脇腹を切り裂き、的確にダメージを与える。
これには周囲も唖然とし、かなりの数の兵士が動きを止めてしまった。切った本人も自分が何をしたのか分からず、脱力して剣を落とした。
次の瞬間には皇軍の攻撃にさらされて我に返るが、隙を見せてからの立て直しだ、ウォルターを助けに行く余裕は誰にもない。せめて襲われないように、周囲の皇軍を抑え込むことで手一杯となる。
「≪回復≫」
ウォルターはなんとかその場で傷を塞ぎ、血を失った事でクラクラする頭を抑えながら後退する。
精霊魔法の腕は大幅に上がったものの、回復魔法の腕は出番が少ないため相変わらずである。先ほどの一撃は骨にまで達し、骨を接ぐほどの回復力が無い≪回復≫では止血以上の効果が見込めなかったのだ。骨折は後ほどマキに治してもらう必要がある。
ウォルターの支援が滞るようになった戦線は戦闘時間が間延びして、自分たちの分を殲滅し終えたマキたちの部隊が合流してようやく戦闘は終結するに至った。
マキから治療を受け、骨へのダメージが回復したウォルター。しかし失った血までは回復しきらず、今後の戦闘を危ぶまれる状態になってしまった。できる事と言えば、後方からの魔法支援ぐらいである。
問題は精神的なもので、助けに入って敵を倒したら味方に攻撃されたというのは、思いのほかダメージが大きかったらしい。ウォルターの顔色は悪く、目はどこか力を失っている。たとえ肉体が回復しても、今後の戦闘に加われるかは微妙な所だった。
「謝らせるために馬鹿をやった本人を連れてきましたが……難しそうですな」
「ええ。少し時間が必要ですわ」
「部下の失態は私の責任。申し訳ありませんでした」
ウォルターたちは休憩状態で、テントの中で休んでいた。
そこに件の兵士が所属する部隊の中隊長が顔を出した。目的はウォルターの様子の確認と、大丈夫そうであれば本人に謝罪させたいというもの。しかし、ウォルターの状態は中隊長が思ったよりも悪く、切りかかった人間と引き合わせるには都合が悪そうだと中隊長は苦い思いを噛み締める。
そもそも、部下が思わずやってしまった事であり、その所為で戦闘が長引き怪我人がより多く出てしまったため、周囲の、他の部隊の中隊長仲間から白い目で見られてしまう状態なのだ。早めにけりをつけてウォルターが無事であることを周囲に知らしめないと、連携などに悪影響が出る恐れがあるのだ。二次被害などと言ってこれ以上の被害が出る事を避けたいので、早くケリを付けたかったのだが。中隊長の願いは叶わないようであった。
中隊長の感情を察することができるマキであるが、正直なところ、打開策は思いつかない。
味方から切りつけられた事で、ウォルターにとって何がショックを受けたのかは察しきれないからだ。
単純に大きなダメージを負った事が気に障るのか、攻撃を避けられなかったことが情けないのか、攻撃対象になってしまった事が悲しいのか、それとも今後が怖いのか。もしかすると切られたのは自分が何かミスをしたからで、自責の念に囚われている可能性もあった。
直接聞くことははばかられ、マキはウォルターに一歩踏み込むことができない。
よって、この場においては無力であった。
当のウォルターは、切られた事自体はそこまで気にしていなかった。
ただ、ある事に気が付いてしまっただけなのだ。
気が付いてしまった事とは、あの時蹴り殺した敵の事。
そこで使われた姿というのが、ウォルターの目の前で死んだ、とある兵士だったのだ。
マキが合流する前の、あの撤退戦。あの時、ウォルターは殿の救援よりも前方の敵を殲滅することを優先した。総司令も同じ意見だったし、その場において判断ミスは無かったと、ウォルターは今でも断言できる。
そして救援に向かった時、ちょうど一人の兵士が殺される場面だった。その殺された兵士というのが、問題となった敵兵のオリジナルである。
もしもあの時、殿を優先していたら?
もっと早く駆けつけることができていれば?
そんなことを考えてしまったのだ。
戦場で人が死ぬのは当たり前である。味方だけ全員死なない戦場など、普通は無い。敵の方が個体戦闘能力が高いとなれば当たり前とも言える。
だが、理屈で分かっても割り切れるわけではない。
ウォルターはバグズを失い、人の死の重さを知った。
そして、ここで大切な人を失った他人を知った。その悲しみを、割り切れない思いを、外から客観的に見た。
これまで目の前であっても数字のように割り切ってきた人の死が、今頃になってウォルターの背に重くのしかかっている。
今のウォルターは、戦うどころかまともに考える事もできない有様だった。