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傷だらけの戦場

 マキと別れて2時間以上。

 ウォルターらは、そろそろ中層に戻るところであった。


 人数が多いため、成した人の列は1番目の神殿から2番目の神殿まで繋がっているが、先頭は神殿エリアを抜け、中層の迷宮エリアに入ろうという所で皇軍が出現した。

 戦闘の事など一切考慮せず、密集状態では皇軍も顕現できなかったのだろう。先頭と最後尾を挟撃される形で戦闘は始まった。



「支援します! ≪身体能力強化(フィジカルブースト)≫≪広域展開(エンハンサー)≫」


 ちょうど戦闘付近にいたウォルターの身体強化魔法が前線を支援する。

 身体能力が向上するだけでも戦闘の効率はずいぶん違う。皇軍と接してしまった部隊は突然の戦闘開始に驚いたが、支援を受けた部隊に関しては押し込まれることなく戦線を維持できていた。

 だが問題は後方、ウォルターのいない殿(しんがり)であった。


「た、助けてくれ!」

「いやだ! 死にたくない!!」


 個々の戦闘能力においては、討伐軍の兵士よりも皇軍の方が上である。技量の面では互角だが、身体能力と(皇軍は毛皮と爪なので自前であるが)装備の面でわずかに劣る。数の利はあるのだが、一度に戦える者は限られるし、なにより後方の彼らは怪我人などが主体であった。

 そして運の悪いことに、逃げ場が無かった。行軍中というのもあるが、狭い神殿を通過するのに密集することを余儀なくされ、すり抜けるだけの隙間が無い。


 結果、一方的な蹂躙が行われてしまう。

 何人かは抵抗の意思を見せるが、まとまって行動できなければ各個撃破されて終わりである。数の少ない皇軍の方こそ、1人を複数人で攻撃する態勢が整っていた。


「怯むな! 逃げ場など無い、臆せず戦え!」


 隊長クラスが叱咤するが、一度崩れてしまった戦列を立て直すというのは容易ではない。集団心理から我先にと逃げ惑う兵は、背を見せたままでは死ぬと分からずに切り殺されていく。そしてその死がより一層、パニックを助長する。


「戦える者はこの場に集え! ここに動いては嬲り殺しにされるだけだ!」


 僅かに理性と戦意を残した者たちは周囲に呼びかけを行い、小さくとも部隊をその場で編成して対抗しようとする。

 そして他にできる事と言えば。


「総司令殿に現状を報告しろ! 声を上げて助けを求めろ! このままでは被害が大きくなるだけ――ぐあっ!」


 助けを求める事である。

 先頭にはウォルターがおり、彼の助けを得られれば生き残れる可能性が大幅に上昇する。そう信じて部隊長の一人が声を張り上げた。

 だが声を大にするというのは、目立つという事。叫ぶように指示を出していた部隊長は獣人兵の攻撃を受けて負傷してしまう。そうやって、まともな行動を取れるものが減っていく。


 殿は、地獄と化していた。





 ウォルターの支援する先頭にいる部隊は順調に皇軍を蹴散らしていた。

 獣人兵の他にもスライム少女兵が混じっており、彼らにとっては初見の敵であったためにいくばかの被害が出てしまったが、それでも10分程度の交戦で100近い戦果を挙げている。

 だが、それもウォルターの魔法による支援あっての事。それが無ければ瓦解するのは目に見えていた。


「後方より救援要請が! 奇襲に遭い、戦線を維持できません!」

「こちらも余裕などない! 今は耐えてもらうほか、無い」

「しかし!」

「言うな! できぬ事はできぬのだ!!」

「まずは目の前の敵を倒して、逃げ道を作らないといけないんだよ」

「そんな……」


 そこにもたらされた凶報は、自分たちが挟撃に遭っているという、最悪の情報。

 総司令は目の前の敵への対処で手いっぱいであると判断し、後方からの救援要請に対し耳を塞いだ。まずは前方の敵を倒し、軍を前に進め、そのうえでウォルターに後方の支援を行ってもらおうというまっとうな判断。これは間違いではなく、ウォルターが抜けてしまえば自分たちがやられてしまい、結局前から全軍が崩壊する。

 ウォルターもその意見を支持し、目の前の対処を優先した。


 ただ、正論というのは理屈であり、理性からくるもの。実際に見捨てられる後方の人間にしてみれば裏切りとも取れる意見だ。伝令に来た者は絶望の表情を作る。


「倒すことなど考えず、全力で守りに入れ! 盾を構え隊列を組み、とにかく生き残れ!時間を稼ぎ、救援を待て! 見捨てるわけではない、これがみなで生き残るための最善なのだ!!」

「……っ! はい!!」


 総司令の言葉に、伝令兵は思いを噛み潰して返事をする。

 ウォルターと総司令はそれを見届けると、目の前の敵に意識を戻した。


「余力を残すよう、戦っておられますね? ウォルター様には申し訳ありませんが、殲滅速度を速めていただけませんか? ここを乗り切った後は我らがお守りします。信じ、全力で戦っていただきたい」

「……しょうが、ないね」


 目の前には、まだまだ分厚い皇軍の壁。


 生き残ることを優先するのであれば、逃亡用の余力を残しつつ戦うのは基本である。それ以前に、どこまで続くか分からない戦いの最中に全力全開で戦うのは自殺行為だ。だからウォルターは支援に徹し、自らを戦場に向かわせなかった。

 だが、より多くを助けようというなら、ここで出し惜しみしていては埒が明かない。手遅れになる。


 ウォルターは一呼吸挟むと地を蹴り、混戦模様の戦場へと踊り出た。

 背後の総司令は眉を寄せ、難しい顔をしていた。

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