皇帝イーヴォ戦④
マキが皇帝と対峙している頃、ウォルターは総司令らとともに補給物資を確保しているであろう後続部隊と合流すべく、足を急がせていた。
「しかし、ウォルター様。マキ様をお一人で行かせたのは、本当によろしかったのですか?」
全員早足で移動しているが、途中で戦闘が無ければ、合流後に続けて一戦する程度の余力は残せる。そうやって残している余力の中で、総司令とウォルター、つまりはこの中で最も守らねばならない2人は軽い交流を育むべく、雑談を行っていた。
総司令が気にしているのは、やはり残してきたマキの事。女性、それも自分の娘と歳の変わらない相手を殿に使った事には忸怩たる思いがあるようだ。普通に考えれば捨石同然であるから、彼の思いも仕方のない事だろう。
「あー。何も問題はないよ」
だが、彼女に師事してきたウォルターは心配を全くしていない。こと戦闘においてマキの言葉は常に真実で、間違ったことなど無かったからだ。そのマキができると言う事は、できる事なのだろうと知っている。
「マキの魔法は広範囲に影響を及ぼすだろうからね? 近くにいると邪魔になるんだよ」
ウォルターの脳裏には、かつてマキが使った≪魔法化≫からの≪氷嵐≫がある。あれがどの程度の魔力消費かは分からないが、敵の数が多ければああいった魔法で戦うだろうと予測している。よって、自分たちが巻き込まれるようでは戦いにくくなるだろうとウォルターは結論付けた。
精霊魔法に関する情報制限は解除されているが、マキの情報を積極的に広めるのは、あまり良くない。細かい事情は説明せず、ウォルターは「自分が信じている」という態度を見せて周囲の不安を取り除こうとしてみせる。
「ふぅむ。ウォルター様がそうおっしゃるなら……」
ウォルターほどマキを知らない総司令は不承不承ながらも言を引っ込めた。これ以上の言葉はウォルターの持つマキへの信頼に対する侮辱であり、仕方なしに退いた形だ。
それに、彼の言葉を信用したいという希望に縋る思いもあった。女神の導きにも等しいウォルターという援軍を得て、それでも尚、敗戦時の屈辱と絶望は心に残る。マキに任せておけば大丈夫という無責任なものではなく自身の力で晴らさねばならない感情だが、そこに手を貸してほしいのもまた事実。その複雑な心境は、天使様の体面を守るという言い訳で追従の形を取る。
心からのとまでいかずともそれなりの賛同すら得られなかったことに残念そうな顔をするウォルターだが、大きな揉め事になるとは考えず、その態度をさらりと流した。
総司令の瞳には、ほんの少しであったが、抑えきれぬ不安と。
ウォルターへの疑念があった。
(何度目でしょうね……?)
マキは追加された皇軍に辟易としていた。
何度倒そうがその都度追加され、肝心の皇帝を土に埋めて圧殺したりと幾度殺しても復活され。
皇帝を殺した回数が七度を数え、屠った皇軍の数に至っては万を超えて数えるのを止め、それでも終わらない戦闘に心が擦り切れていくのを感じていた。
皇帝の殺し方については、本人に直接魔法を使わなければ大丈夫という経験則から方法論を確立した。
本当なら死なない程度に痛めつけ、四肢を切り落とし、意識を奪うなどして無力化したいというのがマキの考えだ。だが防壁をどうにかする手段が無く、間接的な方法では殺害以外の手段が取れなかった。一度、首から下だけを地面に埋め、周囲を魔法で固定して捕縛したが、その時は皇軍が主人に手を上げ自殺されてしまった。
マキには、皇帝を無力化する手段を見つけられなかった。
結果として、戦闘を続けながらも今いる魔素だまりの部屋を調査しているが、結果は芳しくない。と言うより、何もわかっていない。
これはマキの調査能力の低さを示すものではなく、皇帝側の用心深さと隠蔽技術の高さを示すものだろう。皇帝にはここを拠点にするつもりなどないのだが、ここが最重要防衛拠点であることは間違いではなく、それ相応の防備を敷き、簡単な攻撃では重要設備が破壊されないように対処をしていた。
「スカサハと言ったか? お前が強いのは分かったが、そろそろ退いてはどうだ? 勝ち目がないことは十分に分かっているだろう?
いや、むしろ降伏し、我に仕えるべきだな。殺すには惜しい人材と認めてやろう」
「あら? 逆転の一手はギリギリまで隠しておくものですわ。まだ、退くには早いのではありませんか?
ワタシは主を軽々と乗り換えるほど尻軽ではありませんのよ。それに、そういう事はワタシを倒してから言いなさい」
何度倒されても復活する皇帝。その姿には余裕があり、マキへの降伏勧告を行う。
疲れが見え始めたマキに、その言葉は甘い誘い文句に聞こえる。それでもマキは靡くことを良しとせずに突っぱねる。「造物主に逆らうなど」とかではなく、単純に今の主に比べて皇帝が魅力的には思えないからだ。
それに。
「ああ、言い忘れていましたが。
ワタシ、別にあなたを倒す必要などありませんのよ?」
ここにきて、ニヤリと強気な笑みを浮かべるマキ。弱った表情が相手の勢いをつけるなら、この笑顔は気勢を削ぐ武器である。皇帝は言葉を詰まらせ、次の言葉を言おうとするがそれは叶わない。
何度も行われた生き埋め攻撃。足元の土に干渉し作られる落とし穴。大きなスプーンで掬われたかのように削り取られた土はマキとの間を遮る壁ではなく、そのまま頭上から皇帝を押しつぶす蓋として機能する。飛ぶ手段が無ければ落下は防げず、皇帝と違って防壁を持たない兵士では手を出そうとする前に潰される。
そうして皇帝イーヴォは再び生き埋めとなり、死んで蘇る事を繰り返すのだった。
「生き埋めになってから死ぬまでの約10分。ちょうどいい休憩時間ですわね」
深さ5mの穴に生き埋めにした皇帝が死ぬまで、前回と同じ10分が必要になる。ただ、すぐに死なないよう、埋め立てた土を僅かに削って圧力を弱める。空気穴で呼吸を許し、長く休む努力を行う。
「残り魔力は約3割。時間稼ぎも、これまでですわね」
石畳をひっくり返し、魔法で地形を改変し、天井を崩して探したこの場所の秘密。
結局得るものは無く、自分では分からないと諦めるしかなかった。
幸いにも皇帝自身の攻撃能力が低すぎるため、脅威の度合いは低い。
マキは部屋から出ると出入り口付近を破壊し、皇帝を閉じ込めることにした。顕現魔法はダンジョン内ならどこにでも使えるようだったが、皇帝を閉じ込め皇軍と同時に相手にしないで済むようにする事には意味がある。
(死んで戻るのは、最後の手段ですもの。生きて戻るに越したことはありませんわ)
得られたものは、皇軍の戦闘能力と皇帝の防壁に関する情報ならびに、その攻略法。
皇帝の能力の秘密は暴けなかったが、マキは自身のそれとはやり方が違うのだと納得し、ウォルターとの合流を果たそうとするのだった。