皇帝イーヴォ戦③
(これは無理だな)
魔法による氷の牢獄。その中で、皇帝イーヴォ=ヴァインマイスターは自身の生存を諦めた。
攻撃よりも防御に重点を置き、鉄壁の守りを開発したことで自信を持って皇帝を名乗るに至ったイーヴォであったが、防壁ごと封じられる事は想定していなかった。
氷は物理的な圧迫と魔法的な呪いを併せてイーヴォを攻め立て、防壁を貫かれることは無いが身動きが取れず。また、周辺の酸素が無くなることで呼吸に意味がなくなる前に、防壁でも防ぐことのできない冷気が体温を奪うので、肺が凍てつき呼吸できなくなる方が先という有様。
攻撃手段は『皇軍顕現』という兵士を無尽蔵――と言いつつ、材料の都合上20万が上限――に生み出す魔法だけなので、すでに手詰まりであった。
(しかし、あの娘は何者だ?
チランの方で“女神の使徒”とやらが精霊魔法なる術を使うと聞いているが、それがこれほどのものならチランはすでに陥落している筈。であれば、そやつらは関係ない。
逆にチラン側の手の者にそのような人材がいれば――ああ、“天使”とやらの噂があったな。あの娘がそうなのか?)
氷の中で、イーヴォは独り考える。
尽きようとする命を繋ぎとめる努力もせず、ただただ思索にふける。
体は動かずとも頭だけを働かせ、イーヴォは死んだ。
イーヴォが死に、ずっと警戒していたマキは視線をイーヴォから外し周囲の警戒に移った。イーヴォが顕現させていた兵士は全て消え失せ、この場にいるのはマキ1人になっていた。
マキはイーヴォが偽物か何かと考えているので、イーヴォの死に油断などするはずが無い。そして、その警戒心の高さが間違っていない事はすぐに証明される。
「そこですわ!!」
イーヴォが死んで、もしダンジョンが正常化していれば、マキは警戒のレベルを下げたかもしれない。だが、魔素だまりに魔素が集まる気配が無かったため、周辺の魔力をずっと探っていた。
そのマキの感覚に触れる者があった。場所は広場への入り口。
ウォルターをはじめとした仲間がこの場に来るなどあり得ない。よって確認もせずに即攻撃を仕掛けた。
使用された魔法は≪金剛槍≫。使い勝手の良さは折り紙付きの攻撃魔法。
「無駄であるな」
ダイヤモンドの槍は確かにイーヴォを捉えたが、その身に届かず雲散霧消した。
「その程度の魔法、何の意味も無いのに繰り返し使うとは。思った以上に学習能力が無いのか?」
先ほどまでと変わらぬ姿を見せた皇帝イーヴォ。
何事も無かったかのように不敵な笑みをマキに向け、堂々と立っている。
マキは一瞬氷の中にあったはずの死体を確認するが、そこには何もない。
(転移? 違いますわね。確かに皇帝はあの中で死んだ。
だとすれば――顕現魔法による再臨。まずは“ソレ”をどうにかしないといけないわけですわね)
厄介な、とマキは心の中で愚痴を漏らす。勿論表情に出すような真似はしない。
ここまでの戦闘で自身が消費した魔力と、ここまでの攻撃で削った相手の魔力を考えれば相手の方が消耗は激しいだろう。
だが、元の魔力量には桁が二つ違うほどの開きがある。よって数倍の消耗を強いたところで先に力尽きるのはマキの方だ。現状は厳しいどころか敗北必至の戦況だ。
覆すためには通常の戦闘で挑んではいけない。勝つための戦場はここではなく、相手を支えているシステムのある場所。イーヴォを顕現させたであろう人物の撃破。この復活の連鎖を食い止める事こそ、マキの勝利である。
「兵がおらぬでは恰好が付かんな」
再び皇帝のもとに皇軍が集う。
一度に顕現した兵は千を越え、その兵種も様々。既に見た獣人兵やスライム少女兵がいれば、ローブで全身を覆った魔法使いらしき兵もいるし、強弓を携えた弓兵もいる。
中でも厄介そうなのは、鳥のような翼を持った飛兵。配置が立体的になると槍系統の魔法でまとめて撃ち貫くのが難しい。そうなるとさらに消耗を強いられる。
場に巨大な氷を生み出したことで自分に有利なフィールドへと環境を整えてはいるものの、マキの不利は否めない。単体の戦闘能力が低いとはいえ、上限いっぱいまで敵を殲滅し続けるのには魔力が足りない。やはり、皇帝を顕現させないように動きたいとマキは考える。
おそらく魔素だまりのあったここに仕掛けがあるとして、その反応が無いので探すことは難しい。ここで皇帝が顕現のやり直しをした事を考えれば、この部屋に何もないというのはあり得ないだろうと結論付けた。
(けれど、皇帝が現れた瞬間に魔力がどこかに集まったとか、そういった分かりやすい反応はありませんでしたわ。ここに魔力が来るまでの流れを堰き止めている可能性も十分にありますわね。
玉座付近は徹底的に破壊しましたけれど、玉座そのものには何もしていませんわ。一度、試してみるのもいいかもしれませんわね。
ただし――)
マキが思案する間、イーヴォが待ってくれるわけではない。イーヴォは余興だと言わんばかりの態度で皇軍にマキの蹂躙を指示する。
(――生き残ってから、ですわ)
格下の攻撃とはいえ、何もせずに攻撃を喰らえば、マキとて死ぬ。
戦況は大きく動くことなく、マキは膠着状態に陥っていった。