皇帝イーヴォ戦②
マキは皇帝を守る防壁の突破方法を考える。出した答えは3つだが、うち一つはすぐに却下し、二つを採用した。
却下したのは、最大出力による一点突破。この場合、結果が出せなかったときに、一方的に消耗を強いられる可能性が高い。マキの最大出力は≪グングニル≫だが、威力と消費魔力を考えると、あまり効率が良くなかった。
採用した二つは地形破壊攻撃と空間飽和攻撃。
敵の防壁が術者本人による維持を必要としないタイプである場合は周辺に魔法道具を置き、維持を代行させていることがほとんどだ。≪氷槍≫乱射による地形破壊攻撃で防壁内部にその魔法道具が置いてある可能性もあるが、足場を破壊することで何らかの影響を及ぼせる可能性は高いし、ついでに視界を封じる事もできる。大きな損は無い。
もう一つの空間飽和攻撃は、相手を周辺ごと氷漬けにし、継続的に防壁へ負荷をかけるというもの。得意の氷属性の魔法は魔力の消費が少ないし、威力は高い。圧力をかけ続ける事も目的だが、密閉空間に閉じ込める事で酸素を制限し、冷気に曝すことで体温、体力を奪う。二重三重に効果を期待できる。
マキはスライム少女兵の攻撃から逃れるために高所に移動していたので、そのまま≪氷槍≫の乱射を行う。皇帝にはどうせ通用しないだろうから目標から外し、皇帝を守るように配置された獣人兵を狙い撃った。
≪氷槍≫は獣人兵を撃ち抜くと、減衰の無いそのままの威力で広場に敷き詰められた石のブロックを破壊する。≪氷槍≫は地面を2mほど掘った後にようやく止まり、役目を終える。それが20、30と数を重ねるごとに溜まっていた血ができた穴に飲み込まれ、地面に染み込んでいく。40、50と至る頃には飛び散った血が凍てつきながらも血煙となり、辺りを覆う。凍ったことでキラキラと紅く輝きながら視界を塞ぐ血煙を見て、マキはようやく攻撃を止めた。
マキは念のために移動して位置を変えてから、皇帝には聞こえない程度の声で詠唱を開始する。
「しんと静まり刺す様な静謐さ 時間が止まったかのような世界の中で
瞬きする間もなく奪われ逝くは 白に包まれし汝が炎
嘆きも後悔も言葉にならず 深々と降る雪に飲み込まれ 誰も彼もが忘れ去る
七つの壁を越えて征くは 冥府の国よ
光あらじと希う 影の国の門を開こう」
マキは弓に七本の矢を番える。
気負う事無く弓を引き、皇帝めがけて矢を放った。
皇帝の周囲はまだ血煙が晴れず、皇帝は何をされているか分からない。ただ、強力な魔法行使の反応に対し、自身の防壁を信じる心から何もせずに受けて立とうとしてしまった。
「門を開くは七矢の鍵よ ≪七鍵開聞≫」
放たれた矢は一本の矢のごとく飛んでいたが、皇帝まで10mの所で七つに分かれる。皇帝を囲うように別れた矢はその姿を消すが、矢の影だけは残る。矢の影は皇帝を中心とした円の円周に辿り着くと、大量の海水を放出した。
突如放出された海水は蛇のように天へ上る。天井スレスレ、高さ20mの所で、放たれた矢と同じ数である7本の蛇は互いに頭を絡み合わせ、その中心点――皇帝へと目がけて、今度こそと襲い掛かった。
皇帝を守る防壁は、重さ数100tもの海水で出来た蛇を受け止めた。
生み出された海水は魔法で出来たまがい物ではなく、正真正銘、ただの海水。よって魔法のように無効化されることなく、物理防壁でのみ受け止められることになる。大質量に見合う威力の海水は防壁に多大な負荷を掛けつつもこれを打ち破ることは出来ず、広場を飲み込むだけであった。
この段階で皇帝はマキの考えに気が付くが、浅くはあるが海底となってしまった広場をどうにかする手段を持たなかった。酸素を求めて水上に顔を出そうとしようにも、防壁が邪魔して泳ぐことができない。しかし、歩いて陸上を目指すには水中を掻き分け歩かねばならず、速度が出ない。
かと言って海水そのものをどうにかする手段が、皇帝には無い。皇帝はこの世界の住人にしては天才であっても規格外とは言えず、使える魔法は顕現魔法しかない。物理・魔法に対応した防壁は顕現魔法には見えないが、これも顕現魔法の応用にすぎない。巨大な兵士を作っていれば自分を外に出す役にはたてられただろうが、巨大な兵というのは存外難しい。大きさに見合う強度が無ければ自壊するだけなのだ。
スライム少女兵でシュノーケルを作り、何とか呼吸できるようになる皇帝。ただし、水圧で何もせずともじわじわと魔力を削られていく。本当に微量で時間回復する魔力量と比べても少ない程度であったが、消耗は消耗である。当然、面白くない。
罠の張ってある玉座周辺から移動するのは業腹であったが、嫌々ながらも広場から出ようと足を踏み出した。踏み出したのだが。
「これで、お終いですわ」
マキの使った魔法、≪七鍵開聞≫は海水を呼ぶこむための魔法ではない。指定範囲を氷で覆い尽くし、封印する魔法であった。氷属性の最上級精霊魔法。影の国の女王スカサハの名にふさわしき、大魔法。
故に。
(う、動けない!?)
動き出そうとした皇帝を縫いとめるかのように海水は凍り付き、その足を止める。
シュノーケルになっていたスライム少女兵は、魔法による凍結により全身を凍らされ砕かれ殺された。
海水は全て凍り付き、一個の、巨大な氷塊となって皇帝を飲み込んだ。
「これで相手がどう出るか次第、ですわね」
凍てつかせるだけではなく、封印効果を付与された凍結魔法。
時間すらも緩やかに凍てつくという効果を持つため、魔法が完成してしまえば脱出は不可能の筈であった。
だが相手は格上。
それが魔力だけであるかもしれないが、油断できる訳は無い。
「ウォルではありませんが、嫌な予感しかありませんわね」
マキの目は、氷の中の皇帝をじっと見つめていた。




