皇帝イーヴォ戦①
マキが戦闘状態に入ったのを見て、皇帝は無言で右手を払うように振る。すると周囲にいた皇軍の十と何人かがマキめがけて殺到した。
皇帝の楽しそうなその顔はマキを試すようであり、実際、人数差というアドバンテージは相当な実力差が無いと覆せないのだが。
だが、マキは皇帝の想像を軽く超える。
敵と距離があり、相手の方が多い時。そして相手に遠距離攻撃手段が無い時。有利に戦うにはいくつかの方法がある。
まず、弓や魔法による射撃攻撃。距離を維持しつつ戦えれば、理論上無敵だ。一方的に攻撃できる状態を維持できる。
次に、地形を利用し数の利を抑える方法。一度に戦う相手が複数だから苦戦する。だったら狭い通路で戦うなどして一度に戦う数を減らす。
また、背後を取られないように動き回るというのも重要だ。背水の陣ではないが、囲まれた状態になった段階で、普通は負ける。多少の実力差があっても背面からの攻撃に対処できるはずは無く、だからこそダンジョン攻略部隊の先遣隊も皇帝を囲んで戦ったわけだ。
他にも顕現魔法で数の差を覆す、罠などを使って手数を増やすなどといった手法があるが、マキはもっと単純にこの状況を覆した。
例えばだが、一度に全方位、八人から攻撃を受けたとする。攻撃速度が同じであれば、相手の攻撃回数は八倍だ。
では、攻撃を受けるたった一人の側が、相手の一六倍で攻撃出来たらどうなるか? また、その攻撃が一撃必殺の威力を持てばどうなるか?
答えは簡単だ。
相手の攻撃が行われる前に、全員倒せる。
マキは無造作に自分からも歩み寄り、手の届く範囲に入った兵士を問答無用で倒していく。手にした槍で喉を貫く瞬殺劇。瞬く間に死体は魔力の粒になって消えていく。
「お遊戯感覚で戦うなら殺しますわ。
いえ、もう殺すことは確定でしたわね」
「ハッ。なかなかやるではないか」
さすがにこれは予想していなかったのか、皇帝の表情が驚愕に染まった。目を見開き、楽しげだった表情が完全に消えた。
が、声を掛けられればすぐに再起動する。このままでは不味いと分かっているのか、ひときわ大きな魔方陣を生み出し、新たな兵を顕現しようとする。
だが、それはマキの作戦通りの行動。
マキは「顕現魔法を使う」という「皇帝の行動リソースの使用」を確認するや否や、瞬時に加速し、皇帝へと踏み込む。それまでのゆったりした歩きと違い、稲妻のごとく敵の合間をすり抜け、肉薄する。
皇帝もマキの狙い――皇帝本人への直接攻撃――を悟り、皇軍で肉壁を作ろうとするが、そうやって兵が動くことで出来る隙間こそマキの通り道。明らかな失策を重ねる皇帝相手にマキは事前に聞いていた情報が正しい事を思い出す。
――イーヴォ=ヴァインマイスターという男の名は覚えている。
奴は顕現魔法について研究していた貴族だったはずだ。確か、子爵だったな。
姿形は覚えていないが、100年に一人の天才だとか騒がれていた男だ。
ただ、研究者としての仕事しかしていないから、戦には疎いはず。戦術やらなんやらも理解していないだろう。付け入る隙があるとすれば、そこだろうな。
「幾重にも穿ち貫きなさい、≪連装・金剛槍≫」
この“自称”皇帝はマキの誘導にあっさり引っかかり、まともな手を打てぬままマキの接近を許す。
マキは血の池となった広場には足を踏み入れず、射線が通っていない事を無視して≪金剛槍≫を連射する。
≪金剛槍≫の有効射程は100mあるが、複数の敵を貫通させたうえで必殺の威力を出すには50m未満に近づく必要がある。ここにいる皇帝――の偽者というか、端末――を殺すには、それぐらいのリスクを背負う必要があった。
血の池から玉座までがちょうどそれぐらいで、それ以上近寄らなかったのは何らかの罠が仕掛けられているかもしれなかったから。「最初に顕現させたモンスターのみをぶつけた時、皇帝の近くで殺さず動けぬよう倒していた」という話を聞き、何か仕掛けているかもしれないと推測したのだ。
そして、安全策を取るなら皇帝自身がこの場にいる必要はない。ここにいるのは本物ではないというのがもう一つの推論。ただし、倒してしまえば何らかの反応があるだろうし、この魔素だまりはダンジョンの魔力が集まる場所だ。確保することに意味はある。
マキの≪金剛槍≫は兵士を蹴散らし、皇帝を捉えたかに見えたが、その身に届くと思った瞬間、砕けて消えた。魔法は連射されて何度も皇帝を襲うが、一撃たりとも届かない。すべて無効化されている。
ならばと通った射線に弓を射るが、これも防がれた。壁のようなものに弾かれた。
「ほう。見たことの無い魔法だな。驚いたが、まあ、我には届かん」
皇帝はマキの≪金剛槍≫に反応できなかったが、それでも無傷。
皇帝は骨魔術師のような精霊魔法を使うモンスター対策をとっていただけだったが、それがマキの魔法を防いだのだ。単純な魔力相殺と力押しなやり方であるが、膨大な魔力を持つ皇帝には都合のいい方法だ。
他にも弓矢で攻撃された時の対策なども万全である。近寄らせず、射撃や魔法も防ぐ。守りは万全であった。
「早く動くようだが、これならどうだ?」
今度はこちらの番とばかりに、皇帝は新しい兵を投入する。
先ほどまでは獣人のような、毛皮に覆われ鋭い爪を武器にする男ばかりが顕現されていた。
新たな皇軍は小さな子供の姿をした兵士。マキを包囲するように現れた。
囲んでいるのは身長1mに満たない程度の女の子達で、何も身に纏っておらず、毛皮に覆われているとかでもない。見た目はただの人間だ。感情の無い、虚ろな双眸をマキに向けている。
マキは向けられた視線に悪寒を感じ、上に逃げる。途中で≪金剛壁≫を足場にして高さを稼ぎ、とにかく距離を取る。
そしてマキの勘は正しかった。
囲んでいた女の子達の姿が一瞬で崩れ、スライムのようになり、人間状態の体積を無視して大きく広がり、マキが先ほどまでいた場所も含めて呑み込んだのだ。少しでも反応が遅れていたら捕食されていただろう。
「おお。あれも避けるか」
皇帝は本当に楽しそうに、次の兵を顕現させる。今度は人の姿をしておらず、背中に触手を生やした異形の犬。女の子タイプの兵も追加され、包囲網はどんどん密度を増していく。
(近くに寄るのは不味い、遠距離攻撃は魔法も弓も防がれる、兵種は多様、雑魚を一掃しようにも無限に出てくる。手詰まりですわね)
マキはどのような手を打つべきか、改めて考えることになった。