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“英雄の師”スカサハ

 マキにしてみれば、ウォルターは小さな子供であった。

 鍛えた結果、同年代どころか人間としてはほぼ最強クラス――フリードの様な例外を除くが――ではあったが、精神的な面、情緒的な成長が著しく遅れており、低い身長と幼い容貌から、つい小さな子供のように扱っていた面がある。

 だが、ここに来て多少なりとも成長を見ることができ、マキの機嫌は良くなっていた。


 しかしそれも魔素だまりの部屋に辿り着くまでである。

 そこで行われている光景を見て、マキは心が冷えていくことを自覚した。





 魔素だまりの部屋では、皇帝(イーヴォ)が後片付けを行っていた。


 幾多の死体から流れ出た血は、皇帝が玉座を置いた広場に流れ込んでいた。石造りの床は隙間なく詰められていたので、血は漏れることなく広場を赤い池に変えていた。

 そして皇帝は、そんな大量の血を自軍の兵士に浴びせ、飲ませている。

 これは血、つまり人間の命水を吸収させることで顕現したモンスターを強化する儀式なのだが、見た目の問題から嫌悪感を抱くなと言うのが無理という状態だ。それをやっているのが人間に近い姿をしたモンスターと言う事もあり、狂気の度合いはさらに深まっている。マキが冷たい目で睨むのも仕方が無いと言えた。



(ふむ。今日はもう来ないと思ったが。……ん? 一人? 捨石にしては戦力が足りずおかしな話。偵察と言うには堂々としすぎているが。さて、目的は何であるか)


 マキは姿を隠さず、むしろ威圧することで存在を知らしめるかのように広場を見下ろせる位置まで歩いて行く。

 よって皇帝はすぐにマキの存在に気が付き、そちらに視線を向けた。外見年齢十代半ばの少女が放つ威圧感では無かったが、最強の力を手に入れた皇帝はその程度で気圧(けお)されない。不敵に笑い、マキを見る。


「ここに来るとはいい度胸だ、小娘。皇帝たる我が許す。名を名乗るがいい」


 通常、皇帝とは高みにいるべき存在であるが、ここ(ダンジョン)では最下層にいるのが最高位と言う独自の美学に従い、イーヴォはマキを見上げ、発言を命ずる。

 対するマキは、表情を笑顔で取り繕い、全く笑っていない目で皇帝を射抜いた。


「では名乗らせてもらいましょう。

 私の名はマキ。セイレン伯アルヴィースに仕える新参のメイド――」


 スカートの端を持ち上げ軽く頭を下げるマキだが、台詞の途中で動きを止める。


「よくよく考えると、出し惜しみする必要はありませんわね」


 マキはふむ、と顔を上げて腕を組むと、右手を頬に添えて独り言を漏らす。

 無視されることになった皇帝はそれでも声をかけることなく、マキを観察していた。ここで声をかけるのは狭量で皇帝の器に見合わぬ行いと自身を戒め、黙ってマキを見ている。


「やり直させて貰いますわ」


 しばらく考え込んでいたマキだが、どうやら結論が出たらしい。改めて姿勢を正すと、今度は右手を胸に当て、執事のように一礼する。


「異界の魔法使い、アルヴィースが作り上げたホムンクルス・カーディアン。

 魔女(ウィッチ)シリーズの一人。

 魔姫(マキ)の名を冠せし者」


 ここまで言うと、胸に当てた右手でメイド服を大きく引きはがす。


「スカサハ、と申しますわ」


 メイド服の下に現れたのは、胸甲(ブレストアーマー)を身に付けたドレス姿。白を基調としたそのドレスは飾り気など一切なく簡素な造り。背には弓と矢筒を、手には(もり)のような槍を持ち、胸甲を装備していてもドレス姿とはちぐはぐな印象を受ける。

 マキ自身の年齢も20歳前後まで変化しており、身長こそ変わりはないが、年齢に比例し威厳が増していた。肩まで伸ばしていた銀髪は腰に届くまで伸び、青の瞳は静かな湖のよう。そして全身からは凍えるような氷属性の魔力を放出している。


 スカサハとは、ケルト神話における大英雄、クーフーリンの師である呪術師の名だ。ウォルターの師匠役であり氷の魔法を得意とするところからの名付けであり、名前そのものに深い意味は無い。ただ、せっかく送った名に対し、アルヴィースはちょっとした切り札を、マキ(スカサハ)に贈っている。

 普段マキと名乗っているのはアルヴィースの指示であるが、マキ自身、スカサハの名前を好きではない事も理由の一つだ。マキの感性に従って言うなら、「自分の名前として相応しくない」という理由だ。英雄(クーフーリン)を育て上げろという捉え方もできるが、ウォルが英雄とは思っていないし、自分“ごとき”が英雄を育て上げるという事がマキには傲慢に思えた。


 名乗りをあげる事でマキの能力は全体的に上昇する。英雄を育てた魔女の名はマキのリミッターを解除する条件であり、いくつかの切り札の使用条件になる。ただ、存在維持に必要な魔力消費が悪くなる。

 マキが名乗りで迷ったのは、継戦能力の高い通常状態で戦った場合、格上であるだろう皇帝相手に瞬殺される可能性が有るか無いかだ。魔力で負けていると言っても保有魔力の問題であり、瞬間的な出力次第では戦闘能力よりも継戦能力を優先すべきかと思ったのだが。相手の底が見えず、最悪を想定すべきと考えて、今回は戦闘能力を取った。



 これは余談だが、スカサハがクーフーリンに授けたとされるゲイボルグについては諸説があり、槍その物、武器という説の他にも“槍の投擲術”という説や弓術と槍ですらない“武術”であるという説、“多数の敵を屠る遠距離攻撃の魔術”といった説が存在する。

 そしてマキのゲイボルグは氷属性の精霊魔法であり、武器による投擲攻撃に貫通力と範囲攻撃能力を付与する補助魔法である。

 これがもし皇帝の撃破を目標としているのであれば高威力の魔法も必要となるだろうが、雑魚の相手だけを考えれば使う機会は無いだろう。見た所、普段から使っている低コスト魔法≪金剛槍≫で十分に対応できそうだったので、過剰な威力の魔法に思われた。

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