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閑話:男女の事情

 ダンジョンに潜ってから、4日が経過した。

 上層に続き中層へと潜るまでは順調だった。モンスターは出現せず、道案内がいたからだ。所要時間は二日。モンスターが出なかったので、警戒を最小限にして行軍を優先した結果である。


 だが、中層からはペースが半分以下になる。

 道案内をしていた討伐者は上層を狩り場にしていただけなので、中層に入ると誰も道を知らないので、余計に時間がかかる。中層に至ってもやはりモンスターは出てこない。ここまでモンスターが出なかったとはいえ、これからも出ないとは限らない。警戒のレベルを上げて慎重に進めば、その分時間がかかるのは道理であった。


 時折休憩所を設置しながら、作りかけの地図を地上に持ち帰らせながら前に進む。

 今後を見据え、リスクを分散している。

 ダンジョンに潜りだした直後は5000人ほどの人員がいたが、上層の休憩所設置に500人、中層の休憩所設置にもう500人、予定ではもう一ヵ所に休憩所を設置するので、下層までにもう500人が離脱することになっている。



 ウォルターはダンジョンに潜る許可を得る事に成功したが、単独で潜っていいと言われたわけではない。マキと護衛の騎士を100人ほど付けることを条件にここにいる。

 神剣はモンスターを寄せ付けない効果を持っている。ウォルターはその神剣を持っているので、モンスターに襲われる心配が無い。さすがに一緒にいる4000人すべてをフォローすることは出来ないが、輜重部隊を含む部隊中央付近は安全圏になっている。


 そうやって安全圏にいるものの、いつ襲われるか分からない状況でいれば多少の緊張感を持つ。そしてその緊張感を共有すると、多少なりとも距離感が近くなるのが人間だ。

 ウォルターは、護衛の騎士たちと仲良くなっていた。



「成程、マキ様は親代わりなのですね」

「そうそう。間違っても恋人とか、そんな甘い関係じゃないよ。と言うか、恋人とか、よく分からないし。ピンと来たことは今までに一回も無いなぁ」

「……枯れていますね…………。いや、天使様に恋人がいたら、それはそれで問題なのですが」


 そうやって仲良くなってくると、就寝の時などに他愛も無い雑談などをするようになる。


 ダンジョン内での野営は、日光が差さないために一日の時間感覚が狂っていくのだが、専用の時計掛を設ける事でこれに対処している。夜9時から朝の6時までを就寝時間と定め、不寝番による仕事を挟みながらも休憩を取る。こうやって時間を管理しないと、徐々に体調を崩していくのだ。


 ただ、ウォルターに不寝番をさせることは無いので、ウォルターとその周囲を固める人間はより長く休憩を取ることができる。だから余計に仲良くなるための時間を確保できるのだ。

 ウォルターに付けられているのは信仰心に篤い男性騎士なのだが、彼らは女性と付き合う事に対し規制が無く、忌避感も無い。むしろ推奨される側なので、自然と話題は男女関係のそれが多くなる。

 ウォルターはと言うと、「女性と付き合う」といった考え方が完全に欠如しており、どんなに綺麗な女性でも生物として別の種を見ている感覚に近いため、そういった発想にならない。その事を口にすると騎士たちは一様に「勿体無い」といった顔をする。

 チランにいたころの周囲が女性を排除する方向で周囲が調整していたというのに騎士たちが真逆の方に話を持っていこうとするのかと言うと、ミスリムの件が片付きそうだからである。

 今は「天使様」として多大な権力を持つウォルターだが、その権力をいつまでも持たせておきたくないという考えをチランの有力者や周辺各国は持っている。その為、結婚というイベント――戦勝と同レベルの慶事を持ってウォルターには「引退」してもらい、政治的な影響力を無くしてしまいたいのだ。そもそも権力を与えていたのはこの戦争に勝利するため、各国が様々な思惑を超えて手を組むための象徴としての役割があったからで、それが終わってしまえばウォルターは邪魔ものでしかない。かと言って不当な扱いをするには危険な存在なので、可能な限り穏当な手段で持って、穏便に退いてほしいという考えがあるからだ。

 なお、もしもそういったイベント無しでウォルターが姿をくらませた場合、「権力者(自分たち)よりも上位の存在がいつ現れるか分からない事態」が発生するとして、絶対に避けたい事例の一つとして考えられている。


「そうなると、現状はあまり良くないですね。周囲に女性の姿が無い」

「いや、この状況で一緒にいるのは拙いんだよね? 僕はそんな説明を受けた気がするんだけど」

「軍ですからね。しょうがないのですが」

「軍だもんね」


 ただ、あからさまに女性を薦めるというのは悪手である。

 これまでの路線をいきなり替えれば不信を招くし、行軍中という限定された状況がウォルターの周囲から女性を排除してしまっていた。

 一般的に、軍と言うのは同棲のみで構成することが望ましい。というのも、緊張を強いられる状況下では吊り橋効果にも似た状況により性欲が強く刺激され、男女でいれば休憩中に“そういった事”をしてしまう人間が大量発生する。それを防ぐ為の同性限定の部隊編成であり、ウォルターのそばにマキ以外の女性がいない理由である。他にもトイレなどの事情が男女を一緒に動かすことを不可能にしている。


 ウォルターと騎士たちは現状を“軍だから”の一言で済ませると、この日はそのまま寝る事にした。





 その後もモンスターは出てこず、ミスリムから消えた住人がいた痕跡も見つからない。それが長く続くと気持ちの方にも余裕が生まれ、ある種の油断が彼らの中に巣くっていたが、無駄に緊張して疲れては元も子もないので、上の人間はそれを放置。

 そうやって心に多くの余裕を残しつつダンジョンに潜ってから12日で中層を抜け、下層に至る連合軍。


 地獄へ続く最後の扉が開かれ、彼らは“最悪”を知ることになる。

 そこにあったのは、この世界に住まう誰もが知らない、狂気の世界であった。

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