攻城戦③
街壁の門は、上下に動かすタイプである。
材質はそのほとんどが木材だが、鉄による補強と特殊な塗装で火や腐食に強くなっている。重量は10t以上もあり人間がどうこうできる物ではなく、もし挑戦するなら100人以上の力自慢を集めて何とかなるかも、といった所か。普段の開閉は水力による機械補助で行われている。
防衛設備なので、そう簡単にどうこうできるように作られていないのである。
だが、それでも≪大撃槍≫があっさりと門を突き破る。
顕現魔法による妨害は表では無かったが、裏ではあったようだ。門の裏には黒岩が積まれており、簡単には吹き飛ばないようになっていた。こうまでされればウォルター1人では難しかっただろう。
それでも門ごと黒岩を吹き飛ばしたのはマキの助力があったが故の結果。
ウォルターが門を破る事で士気を上げようというなら、それが無駄だと思わせれば士気は下がるはずである。相手はそれを狙って挑戦させたようだが相手が悪かった。それだけの話であった。
門を破ったことで後ろに控えていた軍から鬨の声が上がる。
次いで響くは駆ける兵の足音。万を超える兵が一斉に進軍を開始したので大地は揺れ、うねる音は津波のごとくミスリムを飲み込む。
空には作戦成功の信号弾が打ち上げられ、他の門にも顕現魔法で作り出されたモンスター達が群がる。
だから。
この日、ミスリムが落ちると、誰もがそう考えていた――
ミスリムの街の中に入れば、後は王城を目指すばかりである。
王城周辺にも防壁はあるが、同じ手順で吹き飛ばしてもいいし、こういった事に適切なモンスターでどうにかしてもいい。戦力の損耗は無かったのだし、こうなっては防衛など絶対にできない。
そう。
王城の、防衛であれば。
「ここにもいません!」
「くっ! やはりダンジョンに潜られたか!」
「各部、占拠が終わりました!!」
「よし、王城の確保はこのまま我らで引き受ける。手筈通り、ダンジョンを制圧するように指令を出せ!」
「はっ!」
王城は連合軍により、あっさりと陥落した。
そもそも守ろうとする兵士がほとんどいないため、ろくに戦闘も起こらずに制圧されてしまった。
楽であればよい、などとは誰も考えていない。
なにせ、本命である王族がどこにもいなかったからだ。
王族をどうにかしなくては、真に戦争が終わったとは言えない。すぐに予想される潜伏先、ダンジョンを制圧するように指示が下された。
その一方、市街地の制圧を任されていた部隊は、その奇妙な状況に戸惑っていた。
「ここもだ……。何故、人がいない?」
そう。
なぜか、ミスリムには人気が無かった。
建物は壊れておらず、人が使っていた時のまま。荒らされてなどいない。
「まさか、傀儡蟲と言う奴を使ったのか!?」
この部隊長は伝聞でしか知らなかったが、話に聞く傀儡蟲を使われたとすればこの状況に説明が付くと考えた。深夜、誰もが寝静まった時間に動けば抵抗されることなく犠牲者を量産することができるだろう。
だが、それは――
「己の、臣民だろうが……っ!!」
部隊長は唇を強く噛み締める。唇から血が流れるが、そんな些事には気が向かない。想像しただけで腸が煮えくり返るほどの怒りを感じていた。
籠城戦で怖いのは、民間人の暴発である。守るべき相手が暴動を起こせば一瞬で防衛線は維持できなくなる。暴力で抑え付けていては守りの方に回す人員が減ってしまい、守りが薄くなる。
だから効率的というのは分かる。操ってしまえば兵士としての運用も可能になるのだから。
それでも、人としてそれが許されるかどうかといえば、答えはノーである。常識を持った人であれば耐え難い嫌悪感を抱くだろう。部隊長も拳を握りしめ、怒りを無理やり抑え付けねばならない状態だ。
結局、市街地で人は一切見当たらなかった。鹵獲した敵兵は数日前から兵舎と街壁を行き来するだけだったので、市街地の惨状には気が付いていなかったようである。話を聞かされたあとは半狂乱になり、残してきた家族のもとへ向かいたいと願う。
温情措置か、打算あっての事か。彼らは市街地へと向かう事を許され、状況を正しく知って呪いの言葉を天に叫ぶ。
そんな元敵兵を見る兵士たちの顔は「負ければ自分たちがこうなってしまうのかもしれない」という不吉なものに思えた。
王都ミスリムの人口はおおよそ20万人。
そのほとんどではない。その全てが忽然と消え去り、どこかに潜んでいる。
ダンジョン制圧に向かった部隊へと急ぎ情報がもたらされ、厳しい戦いになるであろう予感が連合軍に広がった。