表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/208

一転した生活

 さらに数日が経過し、メルクリウスが仕事の山に埋もれているとき。ウォルターもまた、不本意な仕事に追われていた。

 神剣を預かる事により隠しきれなくなった「天使」の件である。



 神剣はウォルターを所有者として登録でもしたのか、救世教会に返却することができなくなってしまった。神剣を持って教会を訪ねようものなら女神の声が「そのまま持っているように」と命令するのだ。これには教会のシスター二人も逆らうことができず、シスターたちの嘆願もあり、ウォルターが渋々と預かり受ける事になった。


 この神剣、帝国と救世教会の関係からも推測できるように、公爵家の人間が教会に預ける形を取っている。「教会という宗教団体は、(すべか)らく帝国のもと運営すべし」という考え方である。よってメルクリウスが神剣の事を知っていて、それをウォルターが持っていれば「どういう事だ?」と騒ぎになるのは必定だった。

 そして理由を誤魔化しきれる話題でもなく、シスター側の証言もあり、めでたく(?)ウォルターは救世教会、女神アースティアの天使として認定されることになった。


 政情不安定で民衆に不安が広がっている現状で、「天使」の肩書を利用しない為政者はいない。メルクリウスはこの「事実」を大々的に広げ、ウォルターを祭り上げた。

 帝国との戦争に付いては、もう春先まで大丈夫という見通しが立っているが、チランは帝国のみ相手取ればいいという訳ではない。帝国の皇室という分かりやすい権威を失った事、同時に宗教的最高権威である救世教会の教皇との離別による不安、それら和らげるためにも新しい精神的支柱が必要だった。いままで当たり前のようにあったものが無くなったというのは、意外とストレスの原因となるのだ。

 そして何より、“女神の使徒”への牽制という重要な目的がある。女神からの神託を受けて天使を得たというのは、エアベルク公()家が女神に認められた存在であることの証明である。女神が認める天使の味方する陣営、その肩書は宗教関係者にとって絶対である。敵対すれば即破門となってもおかしくないほどに権威が認められたと言っていい。つまり、“女神の使徒”の敵対行動を完全に封じたのだ。

 もっとも、陣営に付いたタイミングから「エアベルク公()家」が認められたわけではなく、あくまで帝国から離反した「エアベルク公()家」が対象であることも重要な点だ。このせいで、“女神の使徒”がメルクリウスらの父である「前公爵を討ったこと」は「女神の意に反しない行いである」という保証をしてしまっているのである。もしも意に反する行いであれば彼らが動く前にウォルターが公爵家に仕えていたという流れになってしまう。それに必要以上に“女神の使徒”を悪者扱いして刺激すれば、無意味に血が流れる事になりかねない。

 だからそのあたりはうまく誤魔化しつつ、都合のいい情報のみがチランに流布されている。


 そうして祭り上げられたウォルターは、現人神(あらひとがみ)に限りなく近い存在として救世教会の関係者と歓談する羽目になっている。いや、会談だろうか? さほど重要ではない話を延々としなくてはいけない状態だった。

 広いチランに教会が一つという事は当然有り得ない。シスター・レオナはそれなり程度の立場でしかなく、他に立場のある、お偉いさんが大勢いたのだ。

 彼らはウォルターと仲良くすることで自身の権威を高めることと、あわよくばウォルターが持つ神剣を自分の教会が預かる神剣と取り替えることができないかと画策している。神剣はレプリカであり、複数本存在するが故の問題である。ちなみにオリジナルは帝都の教会に安置されていることになっている。


 ウォルターはここに来るまで、町にも住めない社会的弱者でしかなかった。

 それが肩書一つで手のひらを返したように崇め奉られ、少し前までは相手にもされない人間と親密になる事を求められる。しかも笑顔の裏に欲の皮が張り付いていて、それがまともに隠されてもいない状態で。

 マキが隣にいればまだ状況はマシだったのだが、あいにくとマキはメルクリウスの補佐に回っている。睡眠不要のマキが全力で支援してようやく死なない程度の仕事量に忙殺されるメルクリウスの現状を知ってしまうと、「マキを返して」と我儘を言えるほどウォルターは傲慢に振る舞えない。ちょっと前までは上司と部下の関係という事に加え、ウォルターがそれなりに相互互助の精神を持っているために我慢をしている。


 一応だがウォルターの方が立場は圧倒的に上である。無茶を言おうがそれが通る状況という事でなんとか耐えているが、慣れない事に精神的な負担を覚えないないわけでもない。

 特に戦闘訓練やダンジョンに潜るといった行動に対してわざわざ護衛を用意されるとなると、本末転倒もいい所である。生きるか死ぬかギリギリのラインに身を置くことでこそ見込める成長が望めない状況でしかない。これが地味にストレスを感じる状況で、せっかく覚えた≪魔法化≫も練習できない有様だ。なにせ制御に失敗すれば護衛が全滅しかねないのだから。



 もう一つ重要な仕事がある。精霊魔法の流布という仕事だ。

 これは女神側からの神託で、ウォルターが騎士や信者に教える羽目になっている。一応、公王家から給金が支払われているが、女神さまからの御指示である。


 半人前を自認していたウォルターだが、マキに言わせれば「精霊魔法の使い手として、上級まで使えるなら一人前どころか熟練者と思っていいですわ」と皆伝をいただいてしまった。どうやら帝国軍とやり合った時に、下級どまりで中級に足を掛けた状態が、一気に上級を使いこなすところまで成長していたらしい。マキの世界では初級の精霊魔法が習いたて、下級が半人前、中級が使えて一人前、上級で熟練者、最上級は人の上限と、魔法使いのランク付けが成されている。この区分で行くならウォルターは熟練者並みという事だ。

 最低ラインとして初級が使えれば火種の用意や飲み水を賄うことができるので、生徒たちは真剣に学んでいる。


 また、教える事で学べることもあると言われれば否は無い。「復習のお時間ですわね」と言われれば教える側にも力が入るというもの。ウォルターは慣れない教師業を必死に頑張っている。

 このように、ウォルターは本来なら中級まで使いこなせるならそれで良かったはずが、何故か最上級精霊魔法を目指している状態だ。ちなみに、ウォルターは回復魔法の上級を目指していたはずであり、精霊魔法はその手段として、自衛力として学んでいたに過ぎない。そのあたりは完全に忘れ去られている。戦力増強を目論むメルクリウスたちに上手く騙されているようだ。

 ただ、時々正気に戻り、「あれ? なんで精霊魔法の方を頑張っていたんだっけ?」と考える事があるが、今のところは疑問に思うだけで済んでいる。洗脳された、と言えなくもない。キーワードは「帝国と戦うため」である。ウォルターはこれを言われると思考が停止し、負の感情にのまれてしまう。そして疑問に思った事を忘れる。

 ……かなりいい様に使われていた。



 ただ、ウォルターにとって幸いなことに、「美人局(つつもたせ)」や「婚約者の押しつけ」など色仕掛けは行われていない。

 女神アースティアは処女神であり、それに倣ってブラザーやシスターは生涯(しょうがい)不犯(ふぼん)。結婚しないのが常識だからだ。

 その常識を「天使」たるウォルターにも適用し、誰一人申し出ない。「女」の罠を使わない。実在する女神の天使相手にそれをやる度胸のある人間はいなかった。





 これは冬が終わり、次の戦が始まるまでの一時の休息。

 マキへの対策を整えた帝国軍が攻めてくるまでの一幕。


 積もった雪が融ける頃。

 戦いは、もう一度始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ