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二人の旅立ち

 ウォルターが≪精霊化≫を覚えて旅に出たのは、練習開始から10日後の事である。

 予定よりもやや早く終わったが、誤差の範囲。ウォルターは魔法を覚えることの難しさをようやく理解し、自信、いや慢心を捨て落ち着きつつあった。アルがいたころ、精霊魔法や回復魔法を覚えるのがスムーズだった分、そのまま旅に出た場合は尊大な性格になりかねなかったのだが、苦労をすることで謙虚さを取り戻した。

 そこまでアルやマキはそれを計算していてこのような旅程を汲んだのである。謙虚さも、旅に出る前に用意すべき「必需品」だったのだ。





 10日の間にマキは旅に必要な物を買い揃えていた。

 ウーツの町で買い物をすればマキはウォルターとの関連性を疑われる可能性がわずかに出て来る。よって、ウーツから徒歩で3日ほど離れた場所にある【ダンカン】というウーツよりもやや大きい町に行って魔核の換金を行い、一般的な旅道具と保存食を購入していた。

 本来ならこういったものは購入しなくても、アルの残したマジックアイテムでおおよそ賄える。しかし、それらを持っていなかった場合、人の目にアルのマジックアイテムを晒す危険性が出て来る。そうならないよう、偽装工作の一環で普通の旅道具は必要だった。


 また、町に出る事で周辺地域の情報収集を行い、簡単な地図の作成に入る。商人でも何でもないマキには地図そのものは購入できなかったが、商人の移動ペースをベースに、簡単な物を自作し始めた。

 ウォルターがどう考えているか分からないが、旅の目的地、新しい家をどこに作るか候補地を選定するためだ。

 ウォルターが人助けをしたいと言うが、それはどんな状況の人を、どの程度のペースで助ければ満足するかという話にもなる。今のウォルターは感情のまま何も考えずに「自分のような境遇の人を助けたい」と言っているが、それがどの程度の規模なのかは本人だってわかっていない。漠然としたイメージでしか言っていないのだ。

 だからマキはとりあえず首都【ミスリム】以外の大都市をめざし、そこに仮の拠点を置くことにした。人が多ければウォルターの考える「助けたくなる相手」も大勢いるだろうし、そうやって大勢の助けたい相手を前にしたウォルターで将来を占う事もできるだろうというのが、マキの考えだ。

 なお、首都を目指さないのは、最悪の事態に備えての事である。マキに与えられた一般的な考えであったが、首都は密偵対策が厳しく、自分たちの情報が一番引き出されやすいと考えての事だ。それが事実かどうかはさておき、逃げやすさ、つまり他国との距離も理由である。侵略で大きくなり帝国と呼ばれる国家形態の首都は、国境から遠いことが多いのだ。



 候補となったのは近隣で一番の大都市、公都【チラン】。人口が約2万、公爵家が治めるドゥウェルガル帝国でも有数の大都市の一つだ。

 そこに辿り着くまでの旅程は南の街道を歩きで2ヶ月、馬車や顕現魔法を用いての騎獣などを使えば20日もかからない程度の旅程と商人たちは語る。

 補足すると、この世界にも7日で“1週間”という考えはあるし約30日で“1月”とされており、12ヶ月で“1年”になる。閏年はないが、地球と同じ考え方が通用する。


 マキがチランを候補にした理由は単純な事で、近いからである。

 他にも人の出入りが多い、他国と近い、近くにいくつもダンジョンがあるなど、拠点としての利便性も考えればかなり有利な都市だからである。

 人の出入りが多いなら逃げるのが容易になるし、他国と近ければ仮に貴族などから追手がかかってしまったとしても振り切るために逃げ込める。

 ダンジョンが近くにあるという事は戦うための場所があるという事で、同時に魔核という収入を確保しやすくなる。


 これが最善かどうかは分からないが、少ない時間で集めた情報を基に二人は行動を始めた。





 ウォルターとマキは徒歩での移動になる。巨大鼠数匹を馬代わりにする案も出たが、この案は却下された。それは街道を使えなかったからだ。

 ウォルターの事情を鑑みれば乗合馬車などは論外だし、道中でウォルターを知っている商人に会ってしまうかもしれない事を考えれば正規の街道を使う事自体にリスクが生じる。隠れながら移動するには二人とも地理に疎いわけだが、街道の脇を、毎日正しいルートを使っているか確認しながら動けば問題にはならない。

 要所要所で町に入り、ルートが正しいかどうかを確認しながら動けば道に迷うことは無いだろうと二人は判断した。


 荷物については、水については魔法で解決し、食糧については積載量が見た目よりも多く重さの変わらないという皮袋に偽装したマジックアイテム『収納袋』に巨大鼠の干し肉を大量に詰め込む。収納袋には、他には(たきぎ)なども確保してある。他の便利用品、鍋や小型のナイフのような調理器具なども家に残す理由が無いので入れてある。というか、家にある物を全て詰め込んだところで、収納袋にはかなりの余裕があった。つくづくチートなアイテムである。


 ウォルターの寝具は厚めの布で作ったマントで代用することにして、服も同様。木綿でできた服を着込む。寝るときはマントに包まって寝るわけだ。

 討伐者が野営で使う寝具というのは、だいたいがマントになる。服も厚めの布のものを使って体から熱が逃げないようにするのが基本だ。なお、木綿は肌触りの良さと通気性の良さ、安価な供給が可能な事から服や寝具として人気がある。欠点は水に濡れたら乾きにくいこと、黄ばみやすいことだが、庶民が気にするほどではない。

 貴族であれば絹を使うのだろうが、ウォルターの様な討伐者が絹の服を着ていれば違和感が凄まじく、相当目立つだろう。

 マキの方はというと、そもそも人間ではないので睡眠を必要とせず、寝具の類は必要ない。服の方も自前のメイ(顕現した段階で)ド服という(付いてくる)最強装備(オプション)の為、替えすら必要としていなかった。たとえ破れる事になっても魔力さえあればいくらでも再生する。文字通り、体の一部なのである。変化させることも可能だが、メイド服は本人のアイデンティティのため、替えられることは無いだろう。



 全ての準備を終えると、翌朝を待って出発することになった。

 朝日が昇しだしたばかりの時間帯、二人は家の外に出る。荷物は少なめだが一般的な旅装の少年とメイド服の少女。チグハグな二人は何も言わずにそのまま歩き出す。


 長年住んでいた家から、ウォルターは振り返る事も無く去っていく。ほんの数日いただけのマキにしても、ウォルターが何も言わないのであればそれに付き合い無言を貫く。

 ウォルターの表情はどこか張りつめたものがあり、マキは何も言えない。たとえ二人の仲が良かろうと、知らない事はいくらでもあるし、踏み込んではいけない場所というのは間違いなく存在する。マキはあの家の事がウォルターのそれに該当すると判断し、茶化すことも慰めもしない。ただ、静かに隣を歩く。


 ウォルターは家を出て新天地に向かう事に対し、言葉にできない感情を抱いた。

 ウーツの町での暮らしは悲惨なものでしかなかったが、それでも何年も過ごした家だったのだ。腕を失って引っ越しを余儀なくされてから最初の2年は父親もあの家に、一緒にいたのだ。その時はまだ他の誰かと比較しなければ、普通に幸せだった。3年前に父まで失いそれからは不幸な思い出しかないとはいえ、必死になって生きてきた場所なのだ。捨てたかったという思いもあったが、捨てたくないという思いもゼロではなく。


 ウォルターは足早に、だが駆けだすことなく外の世界へと足を踏み出した。





 同日、ウーツの町。

 ウーツの町は、どこか活気がなかった。

 ここ1ヶ月の間、何故かダンジョンからモンスターが出なくなったのだ。それだけではなく、魔素だまりに魔素が溜まっている事すらなくなった。結果として、討伐者たちが拠点を他所に移してしまったからだ。

 最初の1週間は様子見をしていた。これ以前にも1週間ほどモンスターが乱獲され影も形も無くなるという事があったので、今回も1週間で自然とどうにかなると思われたからだ。

 しかし1週間がたち、2週間たっても解決の兆しが見えないとなると、討伐者たちはどんどん他の町へと離れていく。仕事が無ければ収入が無いのだから当然の判断だ。


 領主は最初、他所へ行かせないために資金援助をしていたが、それでも限界はある。資金に限りがあるのもそうだが、討伐者自身、戦闘訓練だけでは戦士としての魂が腐っていくだけだからだ。

 討伐者は実戦に身を置いてこそ生きていける。お金だけの問題ではないのだ。

 周囲にいるのも野生化した巨大鼠だけだし、その出現頻度も高くない。そんな町に長居する理由は無かった。


 ウーツの町に残ったのは、宿場町としての仕事だけ。モンスター素材の商取引など出来るはずも無く、次第に廃れていく。

 職を失った者はやはり他の町への移住を希望するが、どこの町も移住者を募っているという訳ではない。開拓村のような過酷な場所に行くしかなかった。

 ダンジョンが無くなったことで領主に罪と罰を求められることはないが、それでも衰退していく町の様子から周辺の領主に侮られていく事はある。

 真綿で首を絞められるように、じわり、じわりとウーツの領主は苦しむ事になっていく。


 ただ、この事はウォルターには与り知らぬことでしかなく。

 ダンジョンもランク1とありふれたものでしかなかったので、周辺にとってもさほど大きい出来事ではなく。

 たださびれた町が一つ増えた、それだけの話でしかなかった。

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