滅びた町にて
アイガンと言う宿場町があった。
場所は帝都ミスラルと公都チランのほぼ中間。ややチラン寄りではあるが、その距離はチランから500㎞ちかく、徒歩なら約一月、馬車でもその半分はかかるという場所にある。
都市の例にもれず近くにはダンジョンがあり、主産業がダンジョンよりもたらされる特殊な糸、それを使った布製品の輸出で成り立っている。食料関連の方は内部で安定しており、外部に輸出するほど潤沢ではないが、輸入に頼るといった事も無い。弱点としては工業関係で、金属製品の自給ができていない点である。もっとも、帝国全体を見ても金属製品の自給できる都市など片手の指で数えられるほどしかなく、ごく普通の事なのだが。
主要街道の一つに沿っているので周辺との交易路として使われることもあり、本格的な中継地点ではないが、帝都からチランを目指す旅商人の出入りは多い。
その、交易における利便性こそがこの悲劇を生んだのかもしれない。
アイガン生まれの商人クーラの目の前には、焼け落ちた故郷の姿があった。
チランが帝国から離反を決めてすぐ、クーラはアイガンに戻る事にした。
この決定はチランを見捨てるわけではなく、流通の面でチランを支える為であり、商会の代表であるクーラが本拠地であるアイガンに戻って陣頭指揮を執るためである。
道中でチランに向かう帝国軍を発見したので迂回する羽目になり時間がかかってしまったが、どうにかクーラはアイガンまで戻ってきた。
そして目にしたのである。
帝国軍に荒らされ廃墟となった、己の故郷を。
クーラはアイガンで生まれ、アイガンで育った。
都市をまたいで商売をする者にとって、故郷とは帰るべき場所である。どこに行ってもここに帰って来ると思うからこそ、人としての“軸”を維持できる。土地への帰属意識と言うのは心の奥底に刻まれて人としての行動基準を作る。それは本人が意識できないほどに強い絆だった。
クーラは商会の代表、その跡取りとして「自分はアイガンに何を出来るのか」を常に考え続けてきた。その結果、商人としてアイガンを繁栄させることを選んだのはそれが大商人の息子として生まれてきた自分にしかできない事だと考えたからである。
商売を軌道に乗せ、商会を大きくしていく。
――幸いにも商才に恵まれていたので、全ては順調だった。
大きくなった商会に対して足りなくなった人員を孤児で賄う。
――結果としてスラムは小規模化し、治安維持にも役立った。
力の無い商会を様々な手段で取り込んでいった。
――自分の持つノウハウで彼らも商売の規模を大きくし、力を持つ商会へと成長させた。
他の都市の主要人物との間にコネを作った。
――商売の規模は、一つの都市に納まらなくなっていく。
時にあくどい事も行ったが、それは商売人として清濁併せ呑んだ結果である。バグズとの一件も、自分が取り仕切ればもっと効率化を進める自信があった。ウォルターに気を配り中断したが、別にバグズを破滅させることが目的ではないのである。全てはアイガンのためであった。
そうやって何年も何年もかけて大きくしていったアイガンが、焼き払われていた。
クーラは思考を放棄し、呆然とする事しかできなかった。
「クーラ様!!」
馬車から降り、門の近くで呆然としていたクーラを呼ぶ声がした。
だが、クーラは何の反応も示さない。声のした方を向く事すら出来ずにいる。
「クーラ様、よくご無事で……」
現れたのはロッソ。クーラの片腕として働く初老の男性である。古くからクーラの家、バームソロ商会に雇われ、先々代の頃からいる古株だ。年齢から旅に向かない事と、アイガンでの仕事を取り仕切る優秀さからこの地に残って腕を振るっていた。
だが、帝国軍によって都市を荒らされ、略奪される事態には対応しきれなかった。私兵を多く雇っていた商会とダンジョン用に独自の軍を持っていた領主であるが、傀儡蟲と言う手段は考えておらず、内部からあっけなく蹂躙されることになった。ロッソにできる事は財産の大半を奪われないように隠す事と、無事だった従業員の保護までである。商品よりも人材の方が大事だと、バームソロ商会がいざという時の方針としてそれを掲げていたからだが。
ロッソはクーラの肩に手を置き、喜びの涙を流す。そこでようやくクーラはロッソの方に顔を向けた。
ようやく反応したクーラの目に、ロッソの声を聞きつけたバームソロ商会の従業員たちも集まりだす。誰もが己の主の帰還に喜びの声を上げる。ロッソたちは先の見えない不安ゆえに、自分たちを導いてくれる強い指導者を欲していたのだ。そしてクーラは彼らから強い信頼を勝ち得ていた。だから誰もがクーラの無事と帰還を喜んでいた。
「ロッソ、か……? 一体何が、あった?」
「帝国軍です。奴らはアイガンを反逆者に与する罪で成敗すると言い出し――」
ようやく帰って来てくれた己の主に、ロッソはこれまでの出来事を説明する。
アイガンが襲われたのはほんの数日前。クーラがチランを出た後の事である。帝国軍はアイガンに入るなり、口上を述べると問答無用で攻撃を仕掛けてきた。壁の中に入られてからの事だったので防衛は難しいように思われた。が、問題は帝国軍が壁の中にいる事ではなく、彼らの尖兵として動いていたのがアイガンの住人だったことだ。なぜか多くの住人が帝国軍に協力し、捕まった者まで取り込まれていったのだ。
尖兵と化した家族に、必死の説得も功を成さず蹂躙されていくアイガン。ロッソは従業員を率いてダンジョンに籠城することで生き残りをまとめ上げた。
不幸中の幸いは、帝国軍が生き残りの殲滅や取り込みに対し積極的でなかった事。チラン行きを優先し、すぐに立ち去って行ったのだ。
こうしてロッソたちは生き残り、たった一日で地獄の使いはアイガンよりいなくなった。
残ったのは、自分の命と、廃墟となったアイガン。
相手が殺す事より奪う事を考えていたおかげか、火を放たれたという事は無い。ただ、人を漁るついでに建物の多くは破壊されている。
殺されたり連れ去られたりした人間は、数千に及ぶ。アイガンという都市の人口の半数近くが消えてしまった。それも若い男を中心に連れ去られ、殺されたのが老人と小さい子供という鬼畜外道の所業。生きているのは女衆がほとんどで、家族を作るにも男の数が圧倒的に足りない状態だ。……もっとも、生き残った女性の中には性的に襲われ心に傷を負った者もいるので、家族を作ることをできない心境だろうが。
食料や金銭も奪われており、かき集めれば一月は持つだろうがこのまま冬を待っては全員餓死しかねないという状態だった。かと言ってこの時期に数千規模の難民を受け入れる余裕など周辺にあるはずも無い。だから半数近い口減らしをするべきかどうかと悩んでいる。
それら情報をまとめてロッソはクーラに報告する。
本来であれば領主の仕事なのだろうが、領主の一族は全員殺されてしまった。その事も帝国軍がこの地をすぐに離れた理由であるが、指導者となる、頼れる人間というものを他に思いつけない状態だ。
しばらく頭の中で情報を整理していたクーラだが、自分のやるべきことと今後の方策を早急にまとめ上げ、行動を開始する。
「まずは農地の状態をすぐさま改善し、カブのような成長の早い作物を植え、食糧事情を少しでも改善する。経験者の生き残りはいるな? 体力のある者を中心にすぐに始めろ!
次に、商会の者は金で買える範囲で周辺から食料の調達。多少足元を見られても構わない、時間との勝負と心得ろ! 金はこちらで出す! 急げ!!
手の空いている者は建物の修繕。冬までに屋根のある建物を直せないなら凍死の恐れがある。可能な限り生きている者が集まって暮らせるように大きめの建物を優先、住居が密集している上級住宅区を使え! 持ち主が生き残っていようが受け入れさせろ、効率重視だ!!
それとチランに向けて支援要請を! ここまでされて帝国に付く理由は無い! 現時点を以てアイガンは帝国より独立し、チランと共に行く!!」
呆然としていた時から表情を一転、厳しくも強い意志を感じさせる顔で周囲に指示を出す。
ロッソたち従業員はその力強さに身を任せ、言われたことをこなすために動き始めた。主の言葉に従っていれば何とかなると信じ、今まで足を止めていた不安を掻き消し走り出す。絶望的な状況では頭が分かっていても動けなくなるものだが、「この人を信じていれば大丈夫だ」と思えれば、何とかなるモノだ。信じるモノは別に人でなくともいいのだが、何かしらの芯が人には必要という事である。
シンプルで結果の予測しやすい指示も人が動く理由だ。“都合のいい”結果を想像することで希望が生まれる。もしかするとうまくいかない、失敗することもあるだろうが、それでも何もしないよりはずっといい。
クーラという道標を得たアイガンは、復興に向けて大きく歩き出すことになる。
そして、クーラの中で帝国への黒い感情は収まることなく気炎を上げる。
(商人を甘く見るなよ帝国。商人にしかできない戦いを見せてやる!)
帝国の経済状況を知るクーラは、そこに打ち込む楔になってみせると己に誓った。




