純白の古竜
アルヴィースと言う男は、魔法関係においてはほぼ万能と言っていい性能を誇る。マキのような「ホムンクルス・カーディアン」はこの世界に存在しないが、自身のイメージのみでそれを作り上げる事を可能としていた。それはこの世界にいないモンスターであろうと再現できるだけのスキルを有していたという事である。
そんな男が趣味に走った結果の一つ。それが「純白の古竜」であった。
純白の古竜は、ひたすら大きかった。
姿形は西洋竜と呼ばれるドラゴンのそれだ。トカゲのような鱗を持ち、背には翼を、頭には角を生やしている。名が示す通り、鱗は穢れの無い白。今は炎に照らされ赤を映している。
ただ、その体長は200mにも達し、ただ両足で立っているだけで頭が50mもの高さにあるほどだった。そうなると曇天の下だと、ただの篝火では頭まで照らすことができず、それどころか首のあたりですら輪郭を映し出すのがやっとというありさまであった。
姿を現した瞬間に数十人もの兵士を踏みつぶし、それらを些事だと言わんばかりの威厳を、王威を放っている。自身を顕現したマキに対して首を垂れるわけでもなく、その瞳だけを向けている。
「あちらに――そう、あちらにいる人間を吹き飛ばしなさい。要求するのはそれだけですわ」
古竜の尊大な態度に何をするわけでもなく、マキはただ指示を下す。
膨大な魔力を誇るマキと言えど、このレベルの顕現魔法を使えば消耗が激しい。いつにないほどの虚脱感に襲われながらも、不遜な態度を持ってドラゴンに指示を出す。
純白の古竜は、マキですら完全に制御することができない。
現状、「いう事も聞いてもいいかな?」程度の制御で誤魔化しているだけであり、下手をすれば見境なく暴れかねない状態だった。また、維持だけで魔力がどんどん減っていくため、長期の運用ができない状態だった。
正直なところ、魔力の消耗を考えると、純白の古竜は酷く効率が悪い。マキが普通に精霊魔法を全開にして戦った方が手っ取り早く、消耗もほとんどない。
だが、今回は敵に恐怖を与え、尚且つあまり殺さずに済ませるのが目的である。多少の苛立ちが大雑把な行動を取らせたという事もあるが、目的を考えるとこちらの方が良いとマキは判断していた。
古竜はマキの指示に面白くなさそうに一声吼えると、了承の意を示す。
言われた方に顔を向け、そして。
「グゥルゥウゥオォォォォ!!!!」
息を吸い、大きく吼えた。
古竜はただ、吼えただけである。
だが、その効果は覿面だった。
周囲にいた兵士たちのうち、傀儡蟲に操られている者たちは全員力なく倒れていった。頭の中にいた傀儡蟲が消されたのだ。中身を失った頭で生命活動を維持できるはずも無い。仮初の命で永らえたその体は、ゆっくりと熱を失っていく。
そして傀儡蟲を操っていた側は、そのほとんどが意識を失った。古竜が行ったのは何かの魔法を使ったわけではない、ただの咆哮である。だが、古竜の放つ圧力とその音量が組み合わさる事で死を与えかねない威力を持つ攻撃へと昇華していた。
また、この咆哮を以て古竜は野営地にいた者たちすべての意識を集め、絶対にかなわない存在としてプレッシャーを与える。
指揮官クラス、傀儡蟲で人を使役する側である彼らが命令を下せば戦端は開かれただろう。操り人形たる兵がいれば、結果はどうあれ、戦闘に持ち込むことができただろう。
だが、結果として戦闘行為は発生しなかった。意識を手放せなかった者たちは皆、我先にと着の身着のまま逃げ出したからだ。中には残しておいては拙い物を持ち帰ろうとするだけの判断力を持っていた者もいたが、それはごく少数でしかなく。野営地はそのままに敵軍は散を乱し逃走していく。
例え純白の古竜のような大物とて、いると分かっていればまだ倒す算段を付けることができたかもしれない。しかしこれは彼らにとって偶然による遭遇であり、また絶対に勝たねばならない状況でもない。ここで死ねば犬死であり、逃亡は正しい選択である。
問題は大事な物を持ちだせなかった事と、捨て駒であるはずの傀儡蟲に操られた兵士――仮に傀儡兵とする――を使って時間を稼ごうとしなかった事だ。人間というものは、未知の出来事に弱い。それが表に出た結果だった。
そうやって逃げていく敵をしばらく眺めていた古竜であるが、敵将が野営地からある程度離れたところで大きく息を吸い込む。そして息を――竜の吐息と言われるそれを――吐き出した。竜の吐息は魔力を伴い輝く光となって逃亡者たちの約半数を一瞬で飲み込み、光が収まった時にはそこには何も無く、大きな穴が一つできていた。
それを満足気に見た古竜は役目を終えたぞと言わんばかりに頷くと、自らの意思で顕現状態を解除し、姿を消した。
そして生き残った者たちは、マキの思惑通りに帝都へと古竜の情報を持ち帰ることになる。
帝都の貴族はチラン攻略の失敗と、傀儡蟲の情報が完全に敵の手に渡った事と、純白の古竜というどう攻略していいか分からない敵の切り札について知らされることになる。
大物相手に挑むには傀儡蟲という手札だけでどうにかなるわけでもなく。帝国はチラン早期攻略を諦め、長い準備期間に入ることになった。




