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≪魔法化≫の代償

 マキたち一行は、結局チランに戻る事にした。


「チランが落ちれば、外に行く理由など無くなる」


 これがその理由である。


 傀儡蟲に関する情報は、最優先でチランに届ける必要があった。

 なぜなら、下手をすると知らぬ間にチラン内部で傀儡蟲が大量発生し、多大な被害を生み出しかねないからだ。

 顕現魔法は札の取り上げで対処可能のはずだが、顕現後の傀儡蟲付の人間を締め出せるかどうかは「傀儡蟲の事を知っているかどうか」次第である。よって、チラン内部に入り込まれるのを防ぐことを優先した。傀儡蟲の生態をどこまで再現するかは分からないが、もしチランに入り込まれた後に住人を捕食され、増やされてはどこまで被害が広がるか分からない。例えばであるが、親しくしている人が被害に遭った場合、正気でないと分かっていても殺すつもりで攻撃できる人間はごく少数だ。正気に戻そうと助けるために動く人間の方が多いだろう。他には門番が入れ替わる事もありうる。知ってしまえば対処もできるが、知らなければ違和感を感じる程度で済んでしまいかねないのだ。



 急いで戻ったマキたちだが、ちょうどウォルターが出ていった後に戻ってきたため、完全に入れ違いになってしまった。マキは(はや)る気持ちを抑えながらメルクリウスに傀儡蟲の説明を行い、それが終わると飛びだすようにウォルターの後を追った。

 相手がそういった手段を取る連中であるとなれば、どんな危険があるかは想像できない。人道という意味ではこの世界の基準からも大きく逸脱した行動を取っている。


 また、傀儡蟲の運用についてはマキだけでなくメルクリウスらも知らない顕現魔法を開発していることの証左である。少なくとも人間側の技術をモンスター側に使わせるのは、一般には知られていない使い方だ。チランの場合は特産品という事もあり魔法道具側の開発で大きく他を突き放しているが、顕現魔法に関しては帝都の魔法使いの方が優秀であったようだ。


 マキはウォルターと同じ手段を取りながらも、ほぼ休憩無しで1日中走る。休憩を取らなかったことで移動時間がウォルターの倍以上になる。その甲斐あって、事後ではあるがウォルターが野営地にいるうちに追い付いたのである。





 敵軍は大規模火災という不幸に見舞われながらも混乱すること無く対処を重ねている。

 人手はいくらあっても足りないので、休んでいた者も駆り出されて対応に当たっている。その為、夜間であるが昼間と同等以上に人が動いている。顕現魔法の使い手も石の巨人兵(ストーンゴーレム)などを呼び出せるだけ呼び出し、人にはできない作業をさせていた。


 その様子を確認し、マキは首を傾げる。


(ウォルの手札を考えても、あれだけの破壊を生むのは難しいですわよね? 一体何があったのでしょう。もしかして、相手側に自爆するモンスターでもいたのかしら?)


 マキはウォルターが≪魔法化≫を使ったとは予想していなかった。

 ちゃんと≪魔法化≫について教えていなかった、その前段階である≪精霊化≫の拡張がまだだった、なによりあの規模の破壊をするにはウォルターの魔力が足りなかったなどの理由から、起きた事を正確に予測できなかった。

 結果として、ウォルターが引き起こしたのではなく、相手側が何かしたのだと勘違いをした。

 そしてウォルターが相当危険な状態になっていると思い、強行突破を選択する。

 目指すのは火災の中心点。ウォルターが倒れている場所である。



「≪(ストーム)≫! どきなさい!!」


 殺傷能力の高い範囲攻撃をした場合、ウォルターを巻き込む恐れがある。その程度の気遣いをしつつも、基本は力押し。殺傷能力は低いが道を作るにはちょうどいい、≪嵐≫の魔法を乱発する。石の巨人兵は風で吹き飛ばないものの、近くにいれば殴って破壊する。

 とにかく、火の粉の舞う中をマキは走る。炎は勢いを弱めているが、軽いやけどをするかもしれない程度に熱い空気の中をマキは走る。

 そうして、全てを焼き尽くされ見晴らしの良くなった地面に倒れるウォルターを見つける。



 ウォルターは全裸であったが、マキは躊躇せずに駆け寄り、状態を確認する。


(怪我、無し。意識は混濁してますが、死んではいませんわね。あと、この左腕は……)


 呼吸をしている。脈がある。

 まだ熱波の治まりきらぬ――いや、先ほど起きた嵐で一部はより火勢が強まっている――中で、ウォルターは生きていた。

 環境を考えれば生きているのは異常な事だが、それ以上にウォルターの左腕の変質の方が異常だった。


 ウォルターの左腕は、肘よりやや上から指先までが、赤く染まっていた。

 血に濡れているような(アカ)ではなく、炎を思わせる済んだ(アカ)

 人間の腕というには作り物めいていて、思わずつなぎ目を探してしまうほどに異質な肌。

 だけどその腕にも血が流れていて、まだ(・・)ウォルターの腕だと認識できる。



(変質していますわね。いったい何がありましたの? 精霊魔法の影響ですの?

 軍を相手取るための手段をちゃんと教えていなかったのが悔やまれますわ。中途半端に上級クラスの精霊魔法を使った事でまだ完全に再生しきっていない腕がやられましたのね。

 干渉は……まだ、出来ますわ)


 触診し、魔力の通り具合から、マキはウォルターの腕が半精霊化していることを確認する。そこからウォルターにはまだ扱いきれないと思われた上級精霊魔法の行使を連想する。ウォルターの精霊魔法は精々中級どまり。最近になってようやくそこに手が届いたばかりであった。上級の精霊魔法を見せた事があるものの、使い方まではしっかり教えていなかったマキ。その事に(ほぞ)を噛む思いをする。


 ウォルターの左腕は、かつてアルヴィースが≪再生≫で作り直したものだ。

 その時にウォルターの体の細胞を活性化させてトカゲの尻尾のごとく左腕を生み出した、という訳ではない。魔力で、魔法で、無理矢理作り直したのだ。あたかも顕現魔法が一つの命を生み出すかの如く。

 そのせいか、ウォルターの左腕は完全に人間のそれであったわけではない。より正しく言うと、完全にウォルターの意思で制御できる、左腕の姿をしたモンスターを顕現し続けていたような状態であったのだ。


 よって、左腕だけは≪魔法化≫の影響を肉体よりも強く受ける事になる。

 限りなく物質に近い魔力の塊であったとみるなら、魔法に対する親和性、影響の受けやすさが高いのは仕方のないことだった。



 あまりに長く変質が定着してしまえば半精霊化の状態が定常化し、治療は不可能になりかねなかった。今回は運よくマキは間に合い、治療可能範囲である。

 だから、マキは一度腕を切り落とし(・・・・・)、もう一度≪再生≫で作り直す。

 ≪再生≫が使用されると、一瞬の光ののちにウォルターの腕は通常の、肌色をした人間の腕として元通りになる。


 その過程で目覚めつつあったウォルターの意識は痛みで完全に飛び、しばらく目を覚まさない状態になってしまったが、それは彼にとって幸いであった。

 マキの機嫌がちょっぴり、悪くなっていたからである。


「厄介ごとに次ぐ厄介事。世の中ままならないものですけど、今回のこれは、無視し難いですわね。……ほんの少し(・・・・・)、暴れた所で怒られませんわよね?」


 ウォルターへの処置をする間に、漂っていた熱気は霧散していた。

 その代わりに、わざわざ野営地までやってきた愚か者を殺すべく集まった兵士とモンスターが二人を囲っていた。


「貴様らか! 火を放ったのは!! 一体どこの……ぐぎゃっ」


 囲いの後方から、一人だけ良い装備をした兵士がマキに向かって吼える。

 だがマキはその誰何(すいか)を無視し、魔法的に――脳天を≪金剛槍≫で消し去ることで――黙らせる。


「隊長クラスが術者という訳ではない? どうやって魔法を維持しているか分かりませんわね」


 マキは目を閉じ、感情に蓋をしつつ冷静に思考を行おうとした。

 が、すぐにそれが無駄だと悟り、力押しの解決へと切り替える。


「無様に敗走させ、残った物資に魔封札が無いか確認すれば済む話ですわね」


 正直なところ、最初の敵中突破で精霊魔法を使ってしまったマキは、状況を穏便に済ませることができない事を思い出した。よってすべてを混沌と混乱の渦に叩き落とし、有耶無耶にすることで誤魔化すことにする。そうすれば、たとえ噂話でマキの精霊魔法が語られようと信憑性が低くなる。


「大きいモンスターを呼びましょう。そうですわね、巨大ミミズが可愛らしく思える物がいいですわ」


 マキはアルヴィースから色々と預かっている。幸いにもそれらを詰め込んだ収納袋は足元に転がっていた。それを拾い、一枚の魔封札を取りだす。



顕現しなさい(マテリアライズ)純白の(エンシェント)古竜(ホワイトドラゴン)

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