潜入工作
外見が子供のウォルターが敵陣に潜入するのに、兜や鎧などの装備を奪って変装するという手段は使えない。装備は体に合ったものを使うのが普通なので、敵のそれを奪ったところで使えるわけではない。それに、鎧などの着付けをウォルターは知らなかった。
そうなると取れる手段は夜陰に隠れての潜入となる。可能なら物資に火でもつけようと考えながら、ウォルターは野営地に潜り込んだ。
敵軍の野営地には、当たり前だが見張りがいる。
通常、夜間の見張りには顕現魔法で作りだした動物型モンスターが補佐に就く。動物の方が人間よりも感覚器官が鋭いので当たり前の話である。
だが、この野営地にはなぜかそういったモンスターが配備されていなかった。これ幸いにと篝火によって作られた深い闇にまぎれるウォルター。頼まれていた情報収集を行いながら、野営地を見て回る。
松明を手に見回りをしているのは、全て生気を感じられない兵士たちだ。人間らしい感情を宿していないので、全て操られている人間だと分かる。ウォルターは傀儡蟲の情報は女神から受け取っているが、こうやって被害者を目にするのは初めてである。嫌悪感に顔をしかめるが、それでも周囲に見つからないように意識を研ぎ澄ませる。目指すは物資の集積場である。
潜入して約1時間。ウォルターはとうとう物資の集積場を見つけた。
これに火でも放ちたいのだが、警備は厳重だった。そもそも野営地のほぼ中央にあったことに加え、全周を囲うように警備兵がいる。隠れて近寄るのが難しいようにと、ある程度見晴らしが良くなるようにテントが配置されている。しかも固定配置の警備兵に加え、周辺巡回任務とする者までいる。そしてウォルターにとって最悪な事に、ここにだけはモンスターが配備されており、下手に近寄れば見つかってしまう可能性が高かった。
(遠距離だけど≪火炎槍≫なら、届く。でも、燃え広がるかどうかが分からない。リスクを背負うべきかな?)
物資までの距離と手持ちの遠距離攻撃魔法の性能から、どう動くかの計画を立てる。
隠れながらでも火を付けるのは、何とかなるかもしれない。が、「かもしれない」程度だ。不安があるという事は、うまくいかない可能性が十二分にあるとウォルターは思案する。
だが確実性を求めれば攻撃の少し前に相手に気が付かれる可能性が――いや、確実に見つかるだろうと推測できた。攻撃すれば結局は見つかるのだが、攻撃前に見つかっては防がれる可能性が大きくなる。目に見えるモンスターがブラフや隠れているモンスターを隠すためのミスリード要員ではないかという疑問もある。
成功する可能性と、その後の展開をいくつも考えるウォルター。
しばらく考えていたウォルターだが、ここは無理をするべきではないと攻撃そのものの取りやめを決め、一旦退くことにした。人間同士がぶつかる前にどうにかできればそれがベストだったが、ここまで警戒が強いとなると、やった後に自分がどうなるかが分からない。命の危険を冒してまでチランのために働こうとは思えなかった。
見るべきものは見たとして、最後に逃走ルートを確保してから夜襲を仕掛け即時撤退とこの後の行動を決めるウォルター。踵を返し、野営地の外側に向かう。
途中、何度か巡回中の兵士を見つけ、隠れながらの移動をしていた時。
ウォルターは自身でも言い表せない衝撃を受けた。
見つけたのは、巡回中の兵士の中。
見つけたのは、見知った顔。
かつてアイガンの町にいた時。
ウォルターは豪農の息子と知り合った。彼の名前はバグズ。多少口が悪いが、気のいい青年である。
その彼が、巡回中の兵士の中に混じっていた。
……無論、感情を殺された、無表情で。
バグズを見つけた時、ウォルターの中で何かが切れる音がした。




