表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/208

進軍する者

 マキたちが貴族巡りに出立してから一週間が経過した。


 ウォルターはマキたちがいないなりに日常を作り、それを彼女たちが帰って来るまで続けるつもりでいた。

 討伐者仲間や事務処理でメルクリウスに変わり応対する人などと関わりはあるが、どうやって距離を詰めていいか分からずに放置しているので精神的にはボッチを貫いている。この辺りはマキがいなくなったからと言って変わることは無く、むしろ潤滑油だった彼女がいなくなったことで悪化しているとさえ言えた。


 だが、マキがいなくなってすぐに問題が表面化するという事は無い。

 そもそも一週間程度であればウォルターの印象はまだ「愛想の無い子供」程度であり、幼い容姿がマイナス要素を「子供のする事だから」と緩和していた。このままの状態が続いたとしても「仕事上の付き合いのある相手」程度の認識で収まり、そう悪い印象を持たれないだろうと予測できた。



 だがチランの状況はウォルターの周りを置き去りに、一気に悪化する。


「敵襲です! 帝国軍がチランを目指して移動中! 数は一万!! 先週、チランまで徒歩であと二週間の所にいたのを発見しました!!」


 帝国軍が攻めてきたのだ。

 それを情報収集のために帝国へと送り込んでいた諜報員が発見し、急ぎ引き返して報告に来たのだ。


「そんな馬鹿な! 早すぎるよ!!」


 メルクリウスが叫ぶが、現実というのは変わらない。次々に報告が入り、情報が正しいことを裏付ける。

 帝都とチランの間は徒歩で約二ヶ月、馬を潰すつもりで使ってもその半分にしかならないほど離れている。これは帝都が帝国の中央にあり、チランが国境沿いにあるからだ。そして、帝都からの使者が来てまだ一月と経っていない。メルクリウスには何が起きているのか理解しきれなかった。

 無論、一万の兵を帝都だけで賄っている訳は無いだろう。各地から兵を集め、それから進軍させているはずである。この時、帝都からチラン寄りの貴族領から人を集めたとしても集合から行軍に移るまでのタイムラグが発生する。チランからの襲撃を避けるために多少距離を取った場所に集めたとしても、装備と食料品など、荷の準備などもあるから二週間はかかる。

 つまり、チランに帝都の使者が辿り着く一週間前から準備を開始しないと間に合わない計算となる。



「こちらの独立を予測していた訳かなぁ……。最初に送った使者の書状を改ざんされ、宣戦布告として扱われたかも? こちらには無理な命令をしてまだ時間があると錯覚させつつ、離反せざるを得ない内容で正当性を成立させる。普通に考えたら無理なつじつま合わせだけど、実際に人をぶつけてしまえば「そう解釈するしかない」と言い切れるよね。一回でも兵がぶつかってしまえば自分たちの側を正当な行動と言わねば自身の破滅だし」


 どんな理由があろうと、一度人間同士で殺し合いをしてしまえば感情論で後には引けなくなる。早い段階で人を出させ、思考を制限するつもりなのだろう。政治においては事の発端がどうあれ「どちらが正しいか」ではなく「自分たちが正しい」なのだ。下手に非を認めるのは弱点を晒す愚行であり、やってしまった以上は「正しいこと」だと一度は強弁せねばならない。

 上からの圧力とは言え、始めた以上は結果を出さねばならないのだから。


「とは言え、どうやって人を出させた……?

 ああもう、考えたってわからないよ! 情報が足りなさすぎる!!」


 現状からここまでの推移を組み立ててみたメルクリウスだが、相手の打った手の、言って目が予想できない。

 ここで相手の手段を特定しないと、今敵軍をどうにかできたとしても、同じことの繰り返しになる可能性がある。いや、追い返した時点で多くの死者が出ているだろうから、その段階で詰むのだが。


 何があったのかを調べるため、周辺貴族の所に情報収集のための人員を派遣することを決めるメルクリウス。人を呼び、すぐに手配を行おうとしたが、そこでふと思いついたようにウォルターの事を思い出し、一緒に呼ぶよう、部下に言う。



 ほどなくして集まった面々に、メルクリウスは指示を出す。

 普段から情報収集に従事している者たちには貴族領の調査が求められ、指令を受けるとすぐに行動を開始する。

 そして最後にウォルターが残り、メルクリウスと一対一で向かい合った。


「まず、これは強制ではないと理解してもらうよ。出来なさそうなら断ってくれていい。

 頼みたいのは、敵軍の調査。三日前の最新の情報だと、敵はここから徒歩で一週間離れた所に陣を敷いていたらしい。そこまで行って、敵の兵種や気になった点を教えて欲しいんだよ。敵も監視ぐらいはあると思っているだろうからね、見つかったとしても逃げてくれればいい。その判断は任せるよ。

 命の危険が伴うのは当然だけど、絶対に死なない事。チランまで戻ってくる事。これが最低条件だけど……頼めるかな?」


 ウォルターへのお願いは、最も危険な敵の調査任務。

 メルクリウスは直感で敵の進軍を予見したウォルターに対し、少し希望を抱いている。なんとなく、何とかしてくれそうな、何とかできるようにするお膳立てをしてくれそうな気がしたのだ。根拠は無いが、頼むだけならタダである。ダメで元々と軽めの気持ちで言ってみる。

 もしウォルターに何かあった場合は、マキがどう出るか予想できないという面はある。が、もしウォルターが「強制されず自分の意思で参戦し」「敵軍に殺された場合」「マキが敵軍相手に暴れまわる」という予測が成り立つ。もしかすると無理を言ったメルクリウス自身にも災厄が襲い掛かる可能性があるが、その程度の犠牲でチランが助かるなら安いものだという、妥協できる損害でしかない。

 もっとも、ウォルターが断ってしまえばそんな仮定も意味が無いのだが。



 ウォルターはしばらくの間、任務の危険性を考慮せずにチランが負けた時の事だけを考える。

 出した結論はシンプルだ。


「その依頼、お受けします」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ