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別行動

 数日後。ローラとマキ、ローラの祖父であるアレスの3人は、護衛の騎士数名と共に周辺の帝国貴族の所を巡る旅に出た。

 目的は今後の交易に関する交渉で、主役は年長者であるアレスとなっている。

 帝国側から独立するとしても、最低限の交易を続けなければ生活に必要ないくつかの品目、例えば衣類などが足りなくなってくる。そして生産過剰の食料品などを輸出できなければ貨幣は流出するばかりで外貨の獲得ができない。それは経済的に殺されてしまうようなものだ。絶対に交渉を成功させる必要がある。


 なお、ウォルターは留守番となっている。

 当初はマキとワンセットで動くはずだったのだが、礼儀作法などに疎いウォルターは足手まといになるとメルクリウスが止めたからだ。じじつ、ウォルターは貴族に対して敬意を持っておらず、不敬罪と捉えられても仕方のない行動を取る危険性があった。

 これにマキは反対したが、メルクリウスの「保護者がいつも一緒では成長できない。たまには別行動をするべきだ」という意見もあり、渋々であるが最終的には了解を出している。ウォルターに礼儀作法を仕込むには時間が足りず、護衛戦力が最小限であるためにマキという最大戦力を抜くことが厳しかったからだ。逆にチラン側の守りという面では個として最大戦力のマキより物量として優秀な騎士団の方が使い勝手がいいという理由もある。


 一応、メルクリウスは帝国が攻めてくる可能性を考慮している。

 しかし、帝都からチランまで早馬を使って一月以上かかるだけの距離があり、歩きで来るとなればさらに三ヶ月以上の時間が必要になる。そうなると冬の行軍となるので相手方の不利は否めず、もし攻めてくるとしたら半年後の春先になるという予測をしていた。

 それまでの間にどれだけ味方を増やせるかがポイントとなっている。

 なお、周辺貴族にはチランに攻め入る規模の騎士団が無い。これは普段の情報収集から確実と言える精度の情報なので間違いなど無い。もし攻めてきたとしても残存兵力で十分対処できる。

 強いて難点を上げれば“女神の使徒”の存在だが、これについては現状維持という結論が出ている。やらなければいけない事を放棄してまで対処する理由にはならない。



 マキたちの貴族巡りの期間は約2ヶ月。

 ウォルターは半年以上ずっと一緒だったマキと別行動をとる事になった。





 マキと別れたウォルターは、しばらく抜け殻のようになっていたがすぐに復活した。

 元々孤独な時間を年単位で過ごしてきたウォルターである。しばらく二人旅をしてきたが孤独には耐性がある。感覚を思い出してしまえば耐えられないほどでもなかった。

 それに、ウォルターには多くの仕事が割り当てられていた。出かける前のマキから宿題を出されてもいる。落ち込み続ける時間は無かった。



「武器装備の顕現魔法……どうやってやっているんだ?」

「さぁ?」

「いや、「さぁ?」って……。自分で使っている魔封札の事も分からないのか?」

「そこを考えたのって、マキだからね。使えるから使いこなしているけど、それがどういう原理かまでは考えないよ」


 ウォルターの仕事は、まず【コルテスカ地下宮殿】で巨大ミミズ狩りの手伝いから始まる。

 単独(ソロ)でダンジョンに潜れることと、単独でダンジョンに潜る事は全く違う。複数人数で行けば、もしも怪我で動けなくなったとしても連れて帰ってもらうことができる。いざという時に仲間がいるといないとでは、危険性がまるで違うのだ。無論、大勢で動くことによるデメリットも発生するが、出て来るモンスターが固定のダンジョンではメリットの方が大きいので人を付けて潜る事になっている。

 現在はメルクリウス麾下のギルド、【瑠璃色の剣】と行動を共にしている。

 ギルド側の戦力は足りているので、交流会に近い。互いの狩り方を見せて勉強しているわけだ。


 ウォルターは武装した巨大鼠を使った戦い方をしており、数をこなしていることもあって戦闘というより作業に近い。

 対する【瑠璃色の剣】の狩り方は集団戦闘の見本である。囲み、弱らせ、逃がさず、殺す。巨大ミミズは撃退までなら難しくないが、逃がさないように殺すのであれば難易度が跳ね上がる。逃げようとするタイミングで地面に潜ろうとするのを防ぐわけだが、それを難なくこなせる彼らは一流の戦闘集団と言えた。



「オラァ!!」


 シュバルツの戦鎚(メイス)が地中に潜ろうとした巨大ミミズの頭をカチ上げる。上から下への打撃はシュバルツの体重が威力へと加算されるが、下から上への打撃なら攻撃対象(巨大ミミズ)の自重が威力へと変換される。

 何tもの体重を誇る巨大ミミズだ、戦鎚の一撃程度では弾き飛ばされる事など無い。が、僅かに地面への突入角度がずれ、地面に対してやや水平になった。


「≪石の床(ストーンタイル)≫」


 そこへドライゼの顕現した骨魔術師(スカルメイジ)の魔法がサポートをする。

 ≪石の床≫は本来であれば泥沼などを一時的に硬く平らに(なら)す魔法であるが、今回は巨大ミミズの頭を滑らせるのに使われた。巨大ミミズは地中に潜ることができず、地面を何mも滑ってしまう。最後には壁にぶつかりその動きを止めた。


 そこへ他の面々が群がり、全身を切り裂いていく。

 ほどなくして全身から体液を滴らせた巨大ミミズの死骸が出来上がり、解体班がその肉や魔石を回収していく。解体は後でもう何度か人が来て、持ち帰る事の出来る素材はすべて回収される。

 【瑠璃色の剣】もこのランクであれば難なく戦闘できる実力があった。



 外部との交易がどうなるか不透明のため、食料はあればあるだけ助かるというのが現状だ。過剰気味とも言える供給があれば、民衆は少なくとも喰いっぱぐれる心配をしなくていい。不安だらけの現状の中、一つでも安心できることがあると精神的に潰れずに済むのだ。こういった地道な活動は大事だった。





 狩りは大体半日で終わる。運搬の問題があるので深い階層には行かず、浅い所で戦っているので移動時間が短いからだ。潜っても2層目までである。

 狩り終えた後の回収についてはギルド側に任せ、ウォルターは昼食後に巡回の仕事へと移る。


 巡回は街の決められた箇所だけを見て回る仕事で、ウォルターの様に(見た目だけは)小さな子供なら周囲を警戒させずに行うことができる。いかにもな騎士等が行えば住民にプレッシャーを与え犯罪の抑制になるが、私服の場合は素の住民を見ることができる。

 買い物の類は必要なく、周囲の会話を聞いて覚えておくという仕事である。主に民衆の不平不満がどこにあるのかを探るのが目的となっている。公爵邸に戻ったらレポートにして提出するところまでが仕事だ。

 これはレポート作成を含め、3時間程度かかる。ウォルターの歩く速度が速いというのもあるが、移動範囲が狭いので巡回だけなら1時間もあれば終わる。しかしレポートをまとめるのに多くの時間が必要で、手直しも多い。文字を書くことに慣れていないウォルターには、命を懸けて巨大ミミズと戦うよりもレポート作成の方がより難しかった。


 なぜそこまでさせるのかというと、ウォルターに書類仕事を覚えさせるためでもあるからだ。メルクリウスはウォルターに正しい読み書きを教える気でいた。

 平民で孤児のウォルターは、親からある程度読み書きを教わっていても完璧ではない。よってメルクリウスはウォルターを今後(・・)も使っていく人材として使えるように教育するつもりでいる。マキと引き離したのもその考えに沿った行動である。今後は人材の確保が難しいというのが予想され、今使える人材をランクアップさせる必要があるのだ。部下の教育とどこまで引き上げることができるかの見極めは大事であった。


 ただ、人には向き不向きというものがあり、文章作成はウォルターの精神をガリガリと削っていたが。

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