ウォルターとマキ
「才能が無いという訳ではありませんわ。単純に、難しいだけですわね。と言うより、練習が必要だと言っているのにいきなり成功すると考える、その頭の構造はおかしいと思いますわ」
アルがいなくなってから、翌日。
約半日を≪精霊化≫の練習に中てたにもかかわらず、全く成功しなかったことに落ち込むウォルター。
そんなウォルターを慰めつつ、されど追い打ちをかけるマキ。
今までやったことが無い事を、見ただけでできるようになる方がおかしい。だから落ち込む必要など無いのだが、ウォルターはあるから魔法を教わるときに大体の事は見ただけでも少し練習すれば再現できたため、新しい魔法を覚える事を簡単だと思い始めていたのだ。ちょうど伸びてきた天狗の鼻が折れた形である。
「≪精霊化≫を覚えるのには2週間を見ていますの。言い忘れていましたが、覚えた後はこの家を出て旅に出ますわよ」
「旅!?」
「忘れましたの? あなたの腕はウーツの街の住人に見られる訳にはいきませんのよ? 不要な面倒事を避けるためにこの家を出て、新天地に居を構えるのは決定事項ですわ。それに、ウォルター――言い難いですわね。ウォルと呼びますわよ? ウォルの目的は人助けですわよね? 今まであなたを迫害してきたウーツの町の住人を、助けたいと思いますの?」
「助けたいって言うのは無いけど、理不尽に虐げられている人を助ける事に、戸惑う理由は無いですよ?」
「ずいぶんなお人好しですわね……」
ウォルターの≪精霊化≫習得について、おおよそその程度時間が必要になるとマキはアルから教えられている。それが早いかどうかはマキには分かっていないが、創造主の言う事は信用するのが被造物の務めだ。そしてそれをウォルターにも伝えておく。
また、指示されていた旅立ちについても言っておく。
旅に出なければいけない理由は言った通り、再生した左腕だ。このことが公になれば大騒ぎになるのは必然であり、ウォルターの腕の事を知らない人しかいない別の土地に逃げるのは決定事項だ。時期については今言ったのが初めてだが、旅に出る事自体はアルがいた頃から決まっていた。
ウォルター自身、旅に出る事自体に異論は無い。
ただ、ウーツの町の住人を助けたいかどうかで言えば、ウォルターにしてみれば助ける事自体に忌避感を感じていなかった。
ウォルターがウーツの町で迫害されてきたことは確かだが、住人全員から迫害されていたわけではないし、助けてくれないというだけで恨むつもりも無い。助ける力が無い者が無理をして助けようとすれば共倒れになるだけだし、助けたい相手と言うのは自分と同じく迫害されている者の事だ。であれば同士という認識が成り立ち、共感を覚えこそすれ敵意などウォルターの中には無かった。
マキはそんなウォルター呆れはするものの、内心で胸をなでおろす。
というのも、ウォルターに言える事ではないが、もしもウォルターが力を付けたことで暴走した時には、マキがウォルターを殺さねばならなかったからだ。
マキはせっかくの教え子を殺したくはない。育てる以上、師としての責任が発生しようが、手に掛けるのは最終手段としてできればやりたくないというのが本音である。どこぞの暗殺者や武芸家のように、殺し甲斐のある相手を育てているわけではない。
それにしても、ウォルターとマキは簡単に打ち解けていた。
いや。互いに距離感を理解していたので、付き合い方に迷いが無かったのである。
ウォルターはマキの事を「師匠みたいな相手」で「逆らってはいけない」と思いつつも、師匠なんだから「いろいろと教えを乞う」事に躊躇しない。ついでに、恐怖心が結構な割合で存在するため、異性を感じてしまう事も無い。
マキにとってウォルターは「創造主たるアルから託された相手」で「魔法の教え子」だ。同時に「身体を再調整するための希望」なので、マスターがどうとかはすでに関係なく、手を抜くなどあり得ない。幸い、ウォルターは勤勉なので「教え甲斐がある」と考えている。そして種族が決定的と言えるレベルで違うため、異性としてとらえる理由が無い。
よって、二人の基本的な関係は、「師弟」となる。
下手な私情が混じらないドライな関係であったが、その分は利害関係の一致という強固な繋がりが構築されている。情が混じらない関係というのは互いの方向性がかみ合いさえすれば、騙しなどの裏切りや背信といったことが起きにくい。裏切ることにデメリットが発生するからだ。
もちろん手を取り合えるのは方向性がかみ合っている時のみであり、普通ならぶつかり合う危険性も少なからず存在する。だが、「魔法能力の向上」という方向性がぶつかり合い敵対関係になるなどまず有り得ない。
少なくとも、将来においてウォルターが外道に堕ちなければ大丈夫だと言える。
性的な分野で色恋などという問題が発生するかと思えるが、ウォルターは異性を意識するということができるほど人間関係になれていない。アルと出会う以前は生きていくのに必死だったし、出会ってからは魔法を学ぶのに必死だった。色ボケする余裕など無い。
マキの方も産まれたてで、そういった方面の情緒を学ぶにはまだ早い。そういう意味では、二人ともまだ子供だった。