とある少年と、とある魔法使い
――ウォルターは、迫害されている。
「……」
「なんだいその目は! 売ってやるだけでもありがいと思いな! 隻腕!」
とある町の小さな商店。
店の主人であろう大男と、小柄な少年が対峙していた。
と言っても、店の主人が一方的に大声を上げているだけなのだが。
元々の話は、少年が一塊銀貨一枚の塩を買おうとしたことが発端だ。
店主は銀貨一枚を支払おうとした少年に対し「値札は間違いだ。そいつは銀貨三枚するんだ」と値段を吊り上げたのである。
少年は一言も発さず、店主を睨むように見る。言っていることが嘘だと分かりきっているからだ。
睨まれた店主は体格差を理由に自信を持っているわけではない。もし暴力沙汰となれば一瞬で制圧されるのが自分だと分かっている。だから、声で相手に負けないように脅すのだ。そして大声を出す理由は他にもある。
「おい、いったい何の騒ぎだ?」
「おお、衛兵の旦那! いやなに、この隻腕が塩を買う代金をケチろうとしているんでさぁ。売値銀貨3枚の塩を、銀貨たった1枚で奪おうとしてるんです」
「ほぉう。詳しく聞かせてもらおうじゃないか」
騒ぎを聞きつけた衛兵が、店主に加勢する。ニヤニヤと笑っているところを見ると、何があったのか正しく理解している様子である。
少年は諦めて銀貨3枚を渡すと、早々に店を立ち去った。後ろで不当に儲けた銀貨を山分けしてる声が聞こえるが、少年はもう何も言う気にならない。
少年の名前は、ウォルター。
左腕を失い、隻腕となった14歳の少年だ。
普段は討伐者――ダンジョンでモンスターを狩り、生計を立てる者達の事だ――をしており、戦闘能力という意味では一般人よりもはるかに高い。
しかし、彼は町の人間ほぼすべてから軽んじられ、迫害されている。
と、いうのも、それは彼が隻腕だからだ。
隻腕は犯罪者の証明。
盗人は腕を切り落とす、町にはそんな法律があり、だから隻腕のウォルターは何もしていなくても、迫害される。
実際、彼が腕を失ったのはモンスターに襲われたからだ。それに、腕を切り落とされた犯罪者に治療などは行われない。よって腕を切り落とされた者はそのまま絶命する。
だというのに彼を見たものは軽侮の視線を向け、ひそひそと陰口をたたく。中には彼に直接ちょっかいをかけ、暴力を振るう者もいた。討伐で得た物を売るにも買い叩かれ、商品を買うにも足元を見られる。それが彼の日常だ。
ウォルターは本物の犯罪者にならないよう、彼らを害することはない。人間として胸を張って生きていけるよう、日々努力している。
それでも、町の人間は彼を認めない。
だからウォルターは町の外に住居を作り、人目につかぬように生活している。最低限の買い物をするとき以外――塩や野菜などは買わねば手に入らない――は町に入る事も無い。
町の人間とウォルター。
その間にある溝は深く、埋まる事はない。
――アルヴィースは、異世界を求めている。
「神話世界と神の切断実験は上手くいってると思うんだけどなー。決め手に欠けるのが現実かー。巫女さんを得たことでリアの安定化も済んだっていうのに。問題は山積み、っと」
剣と魔法のファンタジー世界、そんな中で暮らすアルヴィース、通称アルは大魔法使いである。
若干25歳の若さにして、いや、もっと前から、彼に敵う魔法使いはいなかった。
そんな彼であるが、愛する妻のために、どうしても“異世界”の情報が欲しがっていた。
だから彼は2つの魔法を開発した。
異世界へとつながる門を作る魔法であり、その門の先から情報を得るための魔法である。
どちらも単独では使用実験を済ませ、効果を確認している。理論上は、何ら問題が無かった。
とはいえ危険な魔法であり、失敗したときに予想される被害も甚大であった。当然のように何重もの安全装置を用意し、アルは新魔法の同時使用実験に臨む。
(≪異界の門≫、作成完了。≪界渡りの瞳≫、詠唱開始)
アルはまず魔法で≪異界の門≫、異世界につながる扉の作成を行い、その魔法を維持しながら異世界を探る魔法を使おうとした。しかし――
(異世界からの干渉力増大!? 拙い、飲み込まれる――!?)
二つ目の魔法が門の魔法に干渉し、イレギュラーを起こす。
アルはどうにか魔法をキャンセルするが、一度発生した影響がすぐに消えるわけでもない。
実験失敗の轟音が周囲に響き渡り、アルの関係者が現場に来た時、周囲には破壊の跡と、多量の血痕が残されていた。
アルの姿はどこにもなく、アルは行方不明・探索不可能としてこの事件は処理されることになった。