Ⅲ
さらに時は流れ、王女さまは年ごろのみずみずしい乙女に育たれました。その美しさは他国でも評判でした。王さまはそんな娘に、かつての亡きお妃さまの面影を重ね、宝物として大切に大切にしました。
そんな王さまの愛を知ってか知らずか、王女さまのお転婆さは日増しにひどくなっていきます。
ある日の昼下がり、今日は王女さまの晴れ舞台があるというのに、当の王女さまは高い木の上に登ってりすと戯れているのです。
「王女さま、今日は舞踏会があるのですよ? お戻りになって!!」
王女さまは、いつも口うるさい侍女に思いきり舌をだします。すると侍女は、まあ!と口を大きくあけて青ざめます。
「なんてはしたない! なんて嘆かわしいのでしょう!」
侍女は鬼のようなお顔で、今にも王女さまに飛びかかろうとします。ですが王女さまは侍女など無視して鼻歌を奏で、ひらりと木をおり、林の奥へと消えてゆきました。
うす暗い林の中では王女さまの鼻歌と、軽快な歩みだけが木霊します。しばらくして、日向で王女さまの足がとまります。その足下には色あざやかな花々が咲きみだれていました。そしてその向こうには、さらさらと金色の髪をたなびかせる少年がたたずんでいます。少年は王女さまをみるなり、頬をほころばせてほほ笑みます。やあ、王女さま。そう透きとおる声で王女さまを呼びます。
「今日はどうしたんだい? 舞踏会だろう」
王女さまはむっすりとして、お花畑に腰をおろします。王女さまのドレスが、花弁と一緒にふわりとひるがえります。
「いかないわ! だって退屈だもの」
少年は困った顔をします。
「でもそれじゃあ、王さまが悲しんでしまうよ?」
王女さまは、さらにむっすりと口をすぼめます。
「お父さまは勝手よ! だってわたしをお城に閉じこめておいて、今日の舞踏会でどこかの王子と踊れっていうのよ?」
悩ましいことに、王女さまはこの少年以外の男の子が嫌いなのです。
王女さまは結婚をするお年ごろになりましたが、王女さまはきれいなドレスよりも、たくさんの本よりも、なによりもアルとこの国を愛していました。どうしても、どこかの国の王子を愛することができないのです。
「どうして結婚しなくてはいけないの?」
王女さまは涙をうかべます。アルは王女さまのとなりに腰をおろして王女さまの頭をなでます。
「王女さまと民の、幸せのためだよ」
王女さまはアルの腕をつねりました。
「そんなのじゃ、わたしは幸せになれないわ!!」
アルと一緒でなければいや、と駄々をこねるようにアルの胸に飛びこみます。わあわあとおさない子どもみたいな泣きました。アルは小さな白い花を摘み花環を作り、王女さまの指にそっとはめてあげました。すると王女さまはぴたりと泣き止みます。
「これでぼくのお嫁さんだよ」
王女さまは、愛おしそうに指環をみつめ、ありがとうとほほ笑みました。
「騎士さま、お願いがあるの」
王女さまはアルの瞳をしっかりとみていいます。
「今日の舞踏会にきてください」
アルは迷いなく、はい、と力強くうなずきました。