17.騒がない学生
地理学研究室の新歓と言いながら、結局ゼミごとに固まってしまうのは毎回のことである。勿論、二三年生は所属が決まっていないから、彼らは学年で固まることになる。あまり上級生と下級生の交流がないので、果たして新歓と言えるのかどうかは微妙なところだ。
「じゃあ、円尾先生とは知り合い?」
「はい。卒論の助言もして頂きました」
「ああ、だから」
佐合の言葉に、戸田は納得がいったという顔になった。
話題は、佐合の卒論について。
他のゼミとは違い、戸田研の場合は飲み会の場でも真面目な話をする。それは、戸田自身がそういう性格だからであり、ゼミ生もまた、似たような者が集っているからである。
「向こうの大学間で研究会とかあるの?」
「はい。円尾先生が主催されていて、活発なほうだと思います」
高階の問いに、佐合は笑顔で答える。
「ああ、そういう環境はいいね」
戸田も頷いた。
「こちらでは、そういうのはないんですか?」
「うーん、あんまりないね。なにせ、こんな田舎だから」
「県内で地理の学科をもってる大学もないしね」
それから、話題は都内の研究会に移った。佐合の情報に、戸田と高階が時折質問するかたちだ。
そして気付けば、戸田・高階・佐合のグループと、大能・板倉のペア。あとは学部生のグループに綺麗に分かれていた。
最初は全員で共通の話をしていても、時間が経つとこうなる。それは別に不自然なことではない。ただ一つ、自然でなかったのは、グループから弾きだされた者がいることだった。
「報告者はどうやって決めてたの?」
「研究会の終わりに、だいたい三か月先までの報告者を決めていました。たいていは立候補なんですけれど、誰も手を挙げないときは、強制的に」
「じゃあ、強制的に報告させられたこともあったんだ」
「あ、いえ。私はしたことがなくて……。学部生は、基本的には報告者にはならないんです」
「ああ、そうか」
興味津々といった様子の戸田を見ながら、高階はそっと視線を斜め向かいにやった。そこには、明らかに所在なさげ――というか、暇そうな後輩がいた。
彼女はグラスを握りしめたまま、ぼうっとしている。一通り食事も終わったのだろう。空の器には、ずっと箸が置かれたままだ。
最初の頃は、頷いたり相槌を打ったりといった彼女だったが、次第にその動作は少なくなっていった。
それはそうだろう、と高階は思う。彼女が口を挟める余地のないくらい、戸田と佐合の会話が弾んでいるのだから。それなりの知識がある高階は、まだその中に入れるが、何の予備知識もない乃依では無理というものだ。
(それに)
高階は、普段の後輩の様子を思い返した。
仮に共通の話題があったとして、積極的に彼女がそれに加わるだろうか。
(たぶん、ないな)
須崎乃依はあまり主張をしない。だから、日常会話の中でも聞き役に回ることが多いように思う。
高階とて、あまり自分から口を開くタイプではない。そして、所在なさげにしている後輩に話を振ってやるだとか、話題を広げてやるだとか、そういう器用な真似もできない。
つまり、乃依の状況を打開する術は、残念ながら持ち合わせてはいなかった。
一応、たまに彼女の方に視線をやるくらいの気遣いをする程度はしていたが、それが上手く彼女に伝わっていたかどうかは甚だ怪しい。
(――伝わってなかったんだろうな)
蓬田に呼ばれて、都甲研の面々が集まる席へと移動していく乃依を見て、高階はそう思った。
高階が二杯目のウーロン茶を注文したあたりで、大能が「あ」と声を上げた。
戸田はお酌をしに来た学部生の相手をしており、佐合は箸をつけるタイミングを失っていた料理を黙々と食べている。高階もまた、残った料理(女子から「よろしく」と言われていた)の一掃に取り掛かるところだった。
「辻原君が頭撫でてるよ」
「えー誰のですか?」
「須崎さん」
「……あ、ほんとだ! うわぁ……。なんか、凄い光景ですね」
わいわいと盛り上がる大能と板倉。ずっと喋り続けていてよく疲れないものだと、高階は感心した。
「うーん。ああいうとこ、彼は慣れてるよねぇ。やっぱ彼女持ちは違うのか。……ねえ、高階君?」
「はい?」
「だから、辻原君のあれ。彼女持ちのなせる業かなーと思ったんだけど」
「まあ、そうなんじゃないですか」
何でそんなに楽しそうなんですか、と尋ねたい気持ちを抑え、最低限の返答に止める。余計なことを言うと墓穴を掘りそうなので。
「高階君はどうなのかなー?」
「大能さん、酔ってますよね」
「まだ三杯しか飲んでない。都合が悪くなったから、そうやって逃げようとしてるでしょ」
厄介なことになったな、と高階は思った。この手の話題はあまり得意ではない。どうやってかわそうかと思案していると、
「そういえば、大能さんも彼氏いますよね?」
「えっ」
思わぬところから援軍が来た。大能が面倒を見ている板倉だ。
高階の隣で、同じくちびちびと料理をつまんでいた彼女は、斜め向かいの大能の方に身を乗り出して言う。
「この前、学食で仲良くお食事されてましたよね。どこの研究室の人なんですか?」
「板倉さん、タンマ」
興味津々といった風に質問する後輩に、大能は待ったをかける。しかし彼女は、もう一人の存在を失念していた。
「国史だよ」
「高階君!?」
ちょっとした意趣返しのつもりで言ってみたが、大能には思い切り睨まれた。
「へぇー、そうなんですか。ていうか、高階さん知ってたんですか?」
「よく二人で歩いてるの見かけるから。……別に隠してるわけじゃないでしょう?」
後半は大能に向けて。
そうでなければ、あれだけ堂々としているはずがない。案外、戸田も知っているのではないかと、高階は思う。
「まあ、そうなんだけど」
「それで、どんな人なんですか?」
「別にいいじゃない、そんなこと」
「えー、教えてくださいよ」
口を尖らせる後輩に、「私のことはいいの!」と言ってから、大能は高階の方へ身体を向けた。
「それより、高階君のことよ」
「はい?」
「どうなの」
「なんでまた、こっちに……?」と言いたげな高階の視線を無視し、大能は追及を続行する。話題が逸れたことで安堵していた高階は、面倒臭そうに溜息を吐いた。
「何もありませんよ」
「いやいや、それはないでしょう」
「なんで、そう言い切れるんですか?」
「いやだって、ねえ?」
「ほら、根拠なんてないじゃないですか。ただ言ってみただけでしょう」
「あ、高階君の性格が悪くなった」
「すいませんね、元からです」
ぽんぽんと会話が続くのは、付き合いの長い二人ならではのものだ。
高階がこんなにテンポよく喋る場面は多くない。普段素っ気ない印象を与えているだけに、もっとこんな風にすれば良いのに、と板倉は常々思っている。彼は、絶対に第一印象で損をするタイプだ。
「――板倉さんも、知りたくない?」
「え」
「だから、高階君のことよ」
「え……別に……」
そんなことを考えていた板倉は、急な問いかけに、つい素で答えてしまった。
思い切り、真顔で。
「ほら、彼女も知りたくないって言ってますし」
板倉の顔には、はっきりと「興味ありません」と書いてある。正直なところなのだろうが、高階はほんの少しだけ傷ついた。
「ちょっと、空気読んでよ。板倉さん」
「え、あ、すみません」
大能は「もうっ」と言ってから、ますます盛り上がる都甲研グループを見た。
「ほら、高階君。あっちに負けないように、頑張って盛り上げて!」
「無理です」
「うわ即答」
「無理して盛り上がらなくてもいいんですよ。こっちはこっちで静かにやりましょう」
ゆっくりとグラスを取る高階。そして、静かにグラスに口をつけた。
「う~ん……」
「そうですね……」
ウーロン茶を静かに飲み続ける高階を見ながら、確かにこれじゃあ盛り上がらないよねぇと思った二人だった。




