13.ジャンケンする四人
蓬田を発見した乃依は、高階から言われた座席の件を話そうとしたのだが――。
「どうも、はじめまして。都甲研の蓬田です。佐合さんだよね? 藤谷女子出身の。卒論は何書いたの?」
爽やかな好青年を演出している蓬田を、乃依は無表情で見つめる。
(誰、この人……)
ゼミが終わった頃を見計らって(実際には扉の開閉音を聞きつけたのかもしれないが)やって来た蓬田は、座席の相談をしようとした乃依を無視し、一直線に佐合絢子のところへ向かっていった。完全に視界から消された乃依は、「別にいいんだけど」と思いながらも、もやっとする感情は抑えられず、彼を見る目は若干冷めたものになっている。
そんな彼女の視線には全く気付かず、蓬田はぺらぺらと喋り続ける。どこかで見たような光景に、やはりあの先輩にしてこの後輩あり、と言わざるを得ない。
「――へぇ。それ、面白そうだね。早く活字化しなよ」
「でも実証が甘いところがあるから、統計取り直さないとって思ってて」
「ああ、なら早くやった方がいいよ。前期は授業詰まってて大変かもしれないけどさ」
「大変なの?」
「まあ、単位は楽に取れるけど。講義は毎週あるわけだし、時間は取られるよね」
そこから親切にも履修の仕方を説明し始めた蓬田を、乃依は辛抱強く待った。そろそろ「待っている」という事実に気付いてくれても良さそうなものだが、彼にそれを期待するのは難しそうである。
乃依はいっそ帰ってやろうかとも思ったが、高階には、今日中に座席を決めてほしいと言われている。それを無視して帰れるわけがなかった。
「あの、蓬田君……」
丁度二人の会話が途切れたところで、乃依は勇気を出して蓬田に話しかけた。
乃依は蓬田とは同期だというだけで、大して仲が良いわけではない。どちらかというと、彼のようなタイプは苦手だ。
声が大きくて態度が大きくて、ついでに図体も大きい。何でもかんでも大きければいいってもんじゃないんだぞ! とは心の叫びである。
ちなみにこれは、蓬田の先輩である辻原にも当てはまり、さらに厚東にも当てはまりそうである。やはりあの先輩にしてこの後輩あり、だ。
乃依が申し訳なさを滲ませた声を発した途端、蓬田は明らかに迷惑そうな顔つきをした。「今話しかけるなよ」という声が聞こえてきそうな雰囲気に、乃依は一瞬怯む。しかし、
(こっちだって用事があって話しかけてるんだし)
でなければ、割り込んでまで話しかけようなどと思うものか。
高階から言われたから、という正当性を武器に、なんとか蓬田を見返す。
「院生室の座席、今日中に決めてほしいって。高階さんが」
「座席ぃ? んなの適当でいいんじゃね?」
「適当って……」
「じゃあ俺、奥がいいわ。あそこ、静かだし」
周りへの配慮など一切なしに、勝手なことを言う蓬田。
乃依は即座に「待った」をかけた。
「でも、西家君にも聞いてみないと」
「あいつなら、どこでもいいって言うんじゃねぇの?」
「そうかな……」
曖昧に首を傾げながらも、乃依は内心「それはないだろう」と思った。なんと身勝手な発想か。
そんな乃依の心の声が聞こえたのか、
「いや、ちゃんと聞くけどさ。……冗談だって。信じるなよ」
「あ、うん。そうだよね」
蓬田は機嫌を窺うような目で乃依を見た。どうやら彼女にこの手の冗談は通じないらしい、ということを認識したようだ。
「西家ならさっき下で見たから、あとで言っとくわ。昼食べてから院生室に集まるのでいいか?」
「うん」
「佐合さんも、それでいい?」
くるりと向きを変え、ついでに話し方も百八十度変えた蓬田に、乃依の視線は冷たくなるばかりだ。
いくら知った仲だからといって、自分に対してぞんざい過ぎないだろうか。そして美人に弱すぎではなかろうか。今度有馬にチクってやろう、と乃依は心に決めた。
結局、蓬田が西家を呼び出し、四人のM1は院生室に無事集合した。
久しぶりに西家の顔を間近で見た乃依は、やはり蓬田に連絡してもらって良かったなと思った。
正直に言って、「こんな顔だったっけ」、だ。
昔からどこかオタク的な雰囲気を醸し出していた印象の彼だが、それがとんでもなく増している。大学から一歩出たら、不審者認定されても可笑しくないほどだ。
乃依が「久しぶり」と言うと、西家は顔を隠すようにして三度ほど頷いた。どうやらそれが挨拶らしい。
「よし、じゃあとっとと決めるか」
グーを掲げて宣言する蓬田に、その場にいた誰もが「それ」を予感した。
「ジャンケン……?」
「なんだよ、ジャンケンで悪いか?」
「ええと……ううん。そんなことないよ」
思わず呟いてしまった乃依だが、じゃあどうやって決めるのか、と言われると代替案を出せる頭はない。ここは従っておいた方がよさそうだ、と判断した。
「んじゃ、勝った奴から順番に希望を言ってく、ってことで。いいよな?」
勿論、誰も否を唱える者はいない。
蓬田は頷くと、律儀に「最初はグー、でいくから」と言って了解を求めた。
(ここが運命の分かれ目だ……)
蓬田の言葉に頷きながら、乃依はそう考える。
たかが席決め、されど席決め。
よほどのことがない限り、修了するまでの二年間を過ごす場所となるのだ。これがもたらす影響は計り知れない。
空席は全部で四つある。
一つは、蓬田が言っていた奥――窓際の席。冬場は寒いだろうが、片側を気にしなくてよいので気が楽そうである。
あとの三つは、入口から最も近い席と、厚東の隣。そして高階の隣だ。
(やっぱり高階さんの隣がいいんだけど! でも、そのためにはジャンケンに勝たないと!)
蓬田は問題ないとして、あとの二人とは希望が被る可能性がある。特に、佐合絢子は要注意だ。
(でも、一番に勝ったとして――?)
果たして、その席を選べるだろうか。みんなの前で。堂々と。
(それ無理……!)
直後、乃依はぶるぶると身体を震わす。そんな勇気はどこにもない。
何かしら理由があれば、それにかこつけて希望を言えるのだが、あいにくそんな理由もない。
(ってことは、自然にあの席が回ってくるのを待つしかないってこと……?)
恐ろしい事実に気付いてしまった乃依だが、無情にも「最初はグー」という蓬田の声が発せられた。




