前編:弁明
※なろうコン応募作品です。お楽しみいただけると幸いです。
国立第5魔法学園の職員室。
そこに、2人の教師と4人の生徒がいた。
アインは顎鬚をいじり、マリアはホウっと溜息をついた。
彼と彼女の目の前に立っているのは、彼らが担任している4人の生徒である。
それもただの4人ではない。学問・武技・魔法の総合成績、及び素行の過激さにおいて入学以降独走を続けているトップ4の生徒達であった。
アインはまず、総合成績4番目のウォルフを複雑な思いで見た。
「ウォルフ、君は教頭先生の頭を魔法で燃やしましたね。教頭先生はショックで寝込んでいますよ?」
ウォルフはそっぽを向いた。
「あのハゲ、俺の尻や股間を撫で回したんです。正当防衛ですよ」
なるほど。アインは納得した。教頭の少年愛好疑惑はガセではなかったようである。
唯一の救いは、燃やされた頭が、地毛ではなく鬘だったことだ。
そしてウォルフと教頭双方にとって不運だったのは、ウォルフが自他ともに認める学園一の美少年であり、教頭が男だったことである。ウォルフに同性愛の嗜好はこれっぽっちもないことも。
よりにもよってあのハ…げふんげふん、教頭の野郎、ウォルフに手を出すとはなぁ。
何にせよ、生徒に猥褻行為をするとは言語道断である。それに、疑惑の内容や流布の状況から見て被害者が他にもいる可能性がある。アインには教頭への同情を微塵も持ち合わせなかった。
教頭の素行に関して内部告発することをアインは記憶にとどめた。
次にマリアが、総合成績3番目のエミリーを悲しそうに見つめた。
「エミリー、あなたは体育館の西壁を全壊させたね?体育館は今にも屋根から崩れ落ちそうだ。建替費等々を試算した経理部長が失神しそうになっていたよ?」
エミリーは小柄で華奢な女子生徒という外見に反して、学園一の怪力の持ち主であり武技の成績のトップでもある。彼女は口を尖らせた。
「体育部の全主将が、わたしに入部を強制しようと一斉に飛びかかってきたのです。早い者勝ちとか何とかで。多勢に無勢だったのです。手加減などできませんでした。ちぎっては投げてを繰り返していたら、いつの間にか、やけに西側の空調が良くなっていたんです」
エミリーの運動神経のあまりの素晴らしさが、かえって特定の部活動に専念させることを妨げていた。事実、エミリーは弓道部に入部しようとしていたのだが、他の部から信じられないほどのいやがらせを受け、部長及び一部の部員がノイローゼになったのだ。
それにしても全主将とは…マリアは内心舌を巻いた。
全主将を相手にしたということは、23人の男子生徒を一度に相手したということである。この場合、エミリーを賞賛すべきか、主将のレベルの低さを嘆くべきかは、判断の分かれるところではあるが。
まあ、怪我人が出なかったのは幸いだった。
体育部運営委員会に、部活動の停止や勧誘に関する規則改正、違反した場合の罰則強化を指示しなくては。マリアは委員会メンバーの顔を思い描いた。
マリアは今度は、総合成績2番目のトムを見下ろした。
「トム、あなたは第1魔法学園の生徒を10人病院送りにしたね。知ってのとおり第1の生徒は貴族階級だ。病院送りにされた生徒達の親が、貴族院の特別裁判で君を訴えると言ってきている。貴族院の特別裁判では、平民の言い分は通りにくいぞ」
トムはマリアを睨んだ。4人の中で最も背が低い彼は、マリアよりも低いので上目遣いになってしまい、それがよけいに眼光に鋭さを加える。
「あいつら、うちの病院の前で、夜に自動二輪で暴走行為したり、魔法花火を打ち上げたり、音痴な歌を歌ったりして、夜明けまで騒ぎを繰り返したんだ。僕が抗議に行ったら『貴族に逆らうな、平民ごときが』って言って、挙句の果てには『言い掛かりで金をせしめる気か、無礼者』て言いやがった。証拠を見せたら襲いかかってきたから、返り討ちにしてやった」
どこの大馬鹿者だ、トムをキレさせたのは。そして、病院の前、それもよりにもよってトムの両親が経営する病院の前で騒ぎ出した救い難い馬鹿野郎は。マリアは無言で天井を仰いだ。
彼の両親は医者でもあり、腕の良さは国でも五指に入る。加えて貴族平民分け隔てなく診ることでも高名で、貴族平民問わず人気が高い。
それにしても騒いだ貴族の馬鹿子息どもに親どもめ。子が子なら、親も親だな。
この件は学園総帥の耳にも入っており、直接事情を説明するように命じられている。学園総帥を通じて、国王陛下の御前で
トム・トムの両親・その他証人が反論する場、つまり公開反論の場を設定しなければならなさそうだ。
マリアは、根回しにかかる時間をフル回転ではじき始めた。
アインは、総合成績ナンバー1のリカルドに疲れたような視線を向けた。
「リカルド、君は王都の防衛騎士の第7駐屯所と第7地区の自警団本部を全壊し、第7隊長と自警団長を病院送りにしたそうですね。加えて、第7地区の管轄貴族であるロズウェル公爵の奥方を誘惑し一夜を過ごしたとも聞きました。ロズウェル公爵は、今後魔法学園に対する全ての寄付を打ち切ること、君と公式で無制限の試合をさせてほしいということを総帥室に怒鳴り込んできたそうですよ」
リカルドは静かに反論した。
「先生方も御存じのとおり、かねてから覚醒剤の元締めは第7地区にあるのではとの噂がありました。たまたま知り合った友人が秘密裏に調査をしているとかで、私はそれに協力しただけです。元締めの幹部は第7隊長、第7地区の自警団長、ロズウェル公爵夫人です。ロズウェル公爵は、覚醒剤の密造・密売の総元締めです。それと、私は確かにロズウェル公爵夫人と一晩一緒でしたが、事が露見した夫人の逃走防止のためでした。メイドも2人おり、同じ部屋に一緒にいました」
アインは顎の骨が外れそうなほど口をあんぐりさせた。マリアがすかさずフォローする。
「その友人の言った事を信じた根拠は何だ?」
「王室の紋が彫られた玉石を友人は持っていました。地水火風の全属性が玉石に込められていました。念のため鑑定しましたが、本物だと自信を持って言えます。玉石が友人本人の物である事も確認済みです」
王室の紋が彫られた玉石を持つ者は国王陛下直属の部下で、他のどんな組織にも属さない。命令できるのは国王陛下ただ一人である。
そして彼らが持つ玉石の特徴は、通常1つの属性しか込められないのに対し王家の秘術を使って全属性が込められていること、悪用防止のため持ち主以外は触れられず本人の指紋が刻まれていることである。
なおロズウェル公爵は、前国王陛下の御世に宰相を勤めていた大物である。おまけに、魔法学園への寄付額が2番目に多い貴族だ。
事態の大きさと深刻さに、アインとマリアは顔を見合わせた。
「……アイン先生、どうする?」
アインは額に手を当てた。
「…………マリア先生、トムの件で、公開反論の場の設定とその根回しをお考えですよね」
「はい」
「リカルドの件も一緒にしましょう」
アインとマリアは、主担任・副担任としてのコンビ歴が長い。そのためか、お互いの行動は大体予測できるので、 このテの打合せは非常に効率的であり、実行に移せた。
「アイン先生、マリア先生、俺達への御用件はこれで終わりですか?俺、これから堤防工事の作業バイトに行かなければならないんです」とウォルフ。
「わたしもこれから花屋のバイトに行きたいんです」とエミリー。
「僕は家庭教師のバイトがあります」とトム。
「私は保育園へ弟達と妹達のお迎えに行き、夕飯の支度をしなければならない時刻が迫っています」とリカルド。
「………ああ、今日はこれで終わりだ。アイン先生は?」とマリア。
「今日の件に関しては、追ってまた連絡します。それと、家計が苦しいことや家の手伝いをしなければならないことは理解できますが、君達は全員、出席日数がギリギリです。それだけが心配です。学園へできるだけ来てください」とアイン。
4人の元気な返事が職員室に響き渡った。
4人が出たあと、マリアはアインに微笑んだ。
「アイン先生、コーヒーでもどうだ?」
「いただきます。それにしても、毎度の事とはいえ、今回は特に派手でしたね」
頭や髭に白いものが増えそうだと思いながら、アインは手元の書類に目を落とした。書類は全て、あの4人の被害者…と言えるかどうか…からの意見書・報告書・陳情書である。
「何にせよ、一方的に処分を決めなくてよかった」
マリアがコーヒーを入れながらひとりごちると、アインは大きく頷いた。
「そうですね。行動がやや行き過ぎなところがあるだけで、みな性根の真っ直ぐな生徒達ですからね。何かしら理由はあると思っていましたが……『事実は小説より奇なり』を地でいってましたね」
アインは苦笑した。
「処分はどうする?」
マリアはコーヒーが入ったカップをアインに差し出した。アインは礼を言って受け取り、コーヒーを口に運ぶ。
「行為が過剰だったことへの処分、で学園長と学園総帥にお伺いを立てます。まあ、停学といった重い処分にはしませんし、させません」
アインの目が底光りした。
「相手の皆様方もそれ相応に脛に傷持つ身ですからね。そこはせいぜい思い知らせてやることにしましょうか」
*****
夕陽で真っ赤に染まった空の下を、4人は仲良く歩いていた。
「あの教頭がウォルフに手を出してたなんて、僕、びっくりしたよ。まあ、いい気味だね。僕、あいつに手を握られたことがあるんだ。とっちめてくれて礼を言うよ」
トムが頭の後ろで手を組んだ。ウォルフは自分の闇の歴史に触れられることがイヤで憮然としている。
エミリーはクスクスと笑った。
「トムにもびっくりしたわよ。どおりで最近夜中が静かだと思ったわ。ありがとね〜」
リカルドも笑顔でトムを褒めた。
「私も感謝している。おかげで皆、朝までぐっすり眠れている。そうだ、この前エミリーがくれた花を妹達がとても喜んでくれていたよ。お礼が遅くなったが、ありがとう」
エミリーはバイト先で花をもらう事があり、皆にお裾分けしていた。
「どういたしまして。ウォルフ、堤防工事のバイトは順調なの?寝不足の作業員が多くて捗らないって言ってたわよね」
「ああ。予定よりは遅いが、さ来月いっぱいで終わりそうなんだ。そろそろ次のバイトを探さないとな」
「じゃあ、僕と一緒に家庭教師する?もう1人教えてほしいって言われているんだ」
「う〜ん。できれば肉体労働系に絞っときたいんだよな。実入りがいいし」
「じゃあ、私が頼んでもいいか?あ、できれば小さい子同伴でもOKかどうか聞いてもらえるとありがたい」
バイトを増やしたいが、弟妹達の世話が必要なリカルドができるバイトは、自然と限られてくる。トムは快諾した。
「肉体労働系なら、意外に花屋も筋肉使うわよ。聞いてみましょうか?」
「頼む」
こうして全く反省していない4人は、いつものとおり仲良く帰って行き、バイト先や保育園へとそれぞれ足を向けたのだった。
*****
数日後。アインとマリアは、4人を職員室に呼び出した。
直立不動の4人を前に、アインは厳かに告げた。
「君達の処分が決定しました。正当防衛上止むなしとの結果でしたので、特に重大な処分はありません」
4人はそれぞれ顔を見合わせた。喜びと困惑がないまぜになっている。
マリアが「ただし」と4人の注意をアイン達へ戻した。
「少しばかり過剰な行動があったのも事実。そして、出席日数がギリギリという、あまりよろしくない素行実態もある」
4人はごくりと唾をのんだ。
「なあに、そんなに緊張することはありませんよ。学生らしく、魔法学園らしい処分です。『指定する課題を全てクリアすること』。これが処分の内容です。頑張ってクリアしてくださいね」
「なお、1か月以内に課題を全てクリアすれば、今年度の出席日数は満たしたものとされる」
マリアが補足した内容に4人は歓喜した。出席日数を気にせずにバイトに励むことができるのは彼らにとっても、彼らの家族にとっても非常にありがたかった。
「ではついて来てください」
アインとマリアを先頭に、4人はあとに続いた。
《後編:課題編に続く》
後日改稿するかもしれません。大筋は変えません。




