新たな技
怪我が完治するまで後2週間……。
俺は朝早く、愛梨が起きる前に楽尚さんにあるお願いをするために楽尚さんのいる居間へと向かった。
この時間はいつもテレビの天気予報を見ながらお茶を飲んでいるはずだ。
予想通り楽尚さんは居間にいた。
「楽尚さん!俺に結界の張り方を教えて下さい!」
「結界だと……?本気で言っているのか?」
楽尚さんの目がいつになく真剣なものとなった。
「はい!本気です!お願いします!」
「……やめておきなさい。今の君では体にかかる負担が大きすぎる」
結界。または結界術とも言う。
これは霊力などの力を霊装の要領で空間に壁を作る技だ。
用途としては、大まかには空間を分けるためと、壁として使用し、つまりバリアの役目を果たすために用いる。
しかし、霊装は体という媒体に直接霊力を流して強化するが、結界の場合は何もないところに壁を作るため霊装より高度な霊力操作の技術が必要になってくる。
つまり、集中力も更に必要になり、もともと霊力操作自体が体に負担をかけるため、とてもじゃないが万全な状態とはいえない今の隼人には負担が大き過ぎるのだ。
「それでも、今のこの怪我じゃいざとなったときに防御力にあまりにも欠けています!多少体に負担をかけてでも習得する価値はあります!」
「防御力なら霊装で十分補えるだろう?」
「確かに俺自身ならば霊装だけでも十分です……。けど!それじゃ他の奴らを守る事が出来ない!」
俺は楽尚さんの説得になおも食い下がる。
「……ダメだ」
「お願いします!!!」
俺は楽尚さんに向かって土下座する。
「隼人くん、頭を上げてくれ。こればっかりは譲れない」
俺だって譲る気はない。反対されるのは承知の上だ。
「いいえ上げません!!!楽尚さんが教えてくれると言うまで上げません!」
楽尚さんの顔が悲痛の表情に変わる。
罪悪感はあるがそれでも譲るつもりはない。
「……くっ。分かった。教えて上げよう。……だから顔を上げてくれ」
「ほ!本当ですか!!!ありがとうございま……!」
「しかし!」
楽尚さんが俺の言葉を遮るように言った。
「完全な結界は体の負担を考えると教えられない。その代わり部分結界というものを教えてあげよう」
「部分……結界……?」
「そうだ。本来、結界とはドーム状、または球状に周り全てを囲むものだが、部分結界とはその名の通り、一部分にだけ結界を張ることだ」
そう。
結界とは先ほども説明した通り、空間を分けるものだ。
しかし、部分結界はある一方向にだけ壁を作る。
そのため結界は全方向に均等に集中し、霊力操作を行わなければならないが、部分結界ならば一方向だけでいいため負担が少ない。
しかも、霊装と同レベルの霊力操作なのでコツさえ掴めばある程度の練習で形にはなる。
「これならば、多少なら離れていても遠くから結界を張れる。といっても数m程度だがな。使い方によっては近くの者を自力で守りつつ、少し離れたところにいる者も結界で守れるはずだ。まあ、一方向だけだがな」
「ありがとうございます!……それが今の俺に出来るギリギリならそれでなんとかしてみせます!」
「よし。そうと決まれば今から特訓だ。隼人くん、今日は学校を休みなさい。学校にはインフルエンザとかなんとかいっておけは数日休めるだろうし、そしたら土日だから愛梨も部活だし沢山特訓出来るだろう?」
楽尚さんがいつも以上に悪意のこもった楽しそうな微笑みを浮かべた。
(「嫌な予感しかしない……」)
愛梨が学校にいった後、俺たちは早速部分結界の修行を始める事にした。(愛梨は仮病だとかなんとかいって散々俺の事を疑っていて大変だったが……)
「それでは修行を始める」
「はい!」
部分結界の修行はまず霊力操作で前方の空間に霊力を放出する事から始める。
「それではやってみなさい」
俺は楽尚さんの声を合図に集中力を高めて霊力を放出する。
「ふぅー……」
息を吐き出すイメージでやると上手く前に放出出来るらしい。
「……あれ?」
しかし、霊力が四方八方にバラバラに広がる。しかも、均一に広がらずにただの水色の煙のように見える。(霊力は水色)
「はっはっはっはっは!最初はそんなものだよ。練習あるのみだな」
楽尚さんが愉快そうに笑っている。
それから半日程、前に放出するだけの修行をした。
少しずつだが前に向かって出せるようになってきた。
「この基本をしっかり出来ていれば次の段階の修行に進んだときに部分結界の習得もだいぶ楽になるよ」
昼の休憩中に楽尚さんがそう言った。
「はい!少しずつですが、前に出せるようになってきました!」
楽尚さんの修行は基本を忠実にしっかりやって、基礎を固める修行方針だ。
「この様子なら3日もあれば前に出せるようになりそうだね」
「本当ですか!?」
「けど、これはあくまでも第一段階だからね?まだまだ習得には困難が待っているよ」
それから数日はひたすら前に飛ばす練習をした。もちろん型も。
「ふぅー…」
なんとか前に霊力を放出してそこに維持出来るようになった俺は次の段階に移ろうとしていた。
「よし。そろそろ次の段階に入ってもいいだろう」
「はい!」
「次は前方に固めた霊力を薄く広げる修行だ。これをクリアすればあとはこれの形を整えて強度を加えれば部分結界は完成する」
隼人は改めて霊力を集中して高める。
(「……固めた霊力を薄く広げる。固めた霊力を薄く広げる……」)
頭の中で何回も復唱する。
「ふぅー…。はぁあぁあぁ!!!」
勢いをつけ、一気に広げようとした。だが、霊力は砕け散って消えた。
「こらこら。そんなに無理やり引っ張ってもダメだよ。優しくゆっくりしなければ」
「しかし、俺には時間がないんです!」
「いったい何を焦っているんだい?」
余裕のない表情の隼人に対し、楽尚はいたって冷静に問う。
「焦ってなんかいません!……ただ、こうしている間にも誰かが襲われているかもしれないと思うと……」
「焦ってるさ。自分の顔を鏡で見てみなさい。そんな不安げな表情では下の者を不安にさせるだけだよ」
隼人はその言葉にはっとした。
「……っ!」
そして、悔しそうにそれでいて一皮剥けたような爽やかな表情を浮かべた。
「……そうですね。上にたつものは常に冷静であれ。これを忘れてはリーダーとして失格だ。楽尚さん……ありがとうございます」
「うむ。それでいい」
楽尚も子どものような笑顔を浮かべた。
「しかし、時間がないのは本当だ。少々急がねばな」
「はい!ふぅー…。はぁー…」
優しく丁寧に。落ち着いてゆっくりと。
前方にただ集まって固まっていただけの霊力が中心に集まり潰れたあんパンのような形になった。
「……ぐっ!はぁはぁ……」
しかし、そこで隼人の集中力は途切れ、それとともに意識も途切れた。
「……はっ!」
隼人が勢いよく起きるとそこは自分の布団の中だった。
「起きたかい?」
人の声がして初めてその気配に気づいた。
それほど、隼人の集中力は枯渇していた。
「大丈夫。霊力がつきる前に集中力が尽きたようだ。少し休むといい今日の修行は終わりだ」
「し、しかし!……いえ、休みます」
隼人もこの状態で修行をしても体が悲鳴を上げるだけで、何の特にもならないことは分かっていた。
それに自分を見つめ直すいい機会だ。
「それでいい。晩ご飯が出来たら呼ぶからそれまで寝ていなさい」
そう言って楽尚は隼人の部屋をあとにした。
(「焦るな。焦るな、俺!今焦ったところで意味がない。今は修行に徹するんだ!」)
そして隼人はまた深い眠りに落ちていった。