第3話
「ただいまより、毎年恒例の夏祭りを開催します!」
おーっという歓声と共に拍手が巻き起こる。
彼らと共に次の声を待つ。
「…?トシさん?」
脂汗をかいたトシさんが大きく息を吸い込む。
「ミッ、ミナサマ~~ッ!」
緊張のあまりトシさんの声が裏返ってしまった。クスクスと笑い声が起こる。
「こらあっ!しっかりしろ、オヤジィ!!」
笑い声をさえぎるかのようにユキが野次を飛ばす。さすがにこれには…
「くっ、ぶふっ、あっはっは!二人とも面白すぎますよ!」
俺の声につられるかのように会場からも爆笑が巻き起こった。
笑いが収まるのに時間がかかってしまったが、そのおかげで二人とも肩の力が抜けたようだった。
ステージの上というのはやはり緊張する。
頭の中で考えていた言葉がうまく出てこない。
そんな俺たちを助けてくれたのは会場のみんなだった。
野次を入れ、ツッコミを飛ばし、進行を促す。
自分でも何をやっているのかわからないままに時間が過ぎていった。
和太鼓の披露では町のアイドル、アキちゃんが勇壮な姿を見せてくれた。
コーラ早飲み大会は今年もワタナベのおじさんが優勝だった。
カラオケ大会はイケマの兄ちゃんが優勝候補だったが、ユキがマイとサエを率いて乱入してきたあたりからおかしくなった。
最後は悪ガキ三人組が大暴れで結局「全員が審査員特別賞」ということでケリがついた。
トシさんが連れてきた「学生時代の友達」というのがローカル番組で活躍しているお笑いタレントだったから会場はちょっとしたパニックになった。
特にすごかったのはヒロシの変わりようだ。
「おおーっ!すげぇ!マジかよ!こんなところにつれてきていいのかよ!」
矢継ぎ早にギャグを連発する彼らをヒーローショーでも見るかのような目つきで見ていた。
「俺はっ、一兆個のギャグを持つ男やでぇ!」
「うおーっ!」
「なんだよ、その単位は…」
力自慢のトモさんとダイさんは警備を担当してくれた。
屋台でひたすら焼きそばを作り続けたのはタクさんとヨシさんだ。
マリちゃんとヒトミちゃんはひたすらナンパをかわし続けている。
いつしか通りかかったミィちゃんと座り込んでガールズトークに花が開いている。
コウヘイが友達を呼んだらしい。チャリンコに乗った子供が四人ばかりやってきて、あっという間にこの空気に溶け込んでいった。
マツムラのおばちゃんが作るヤギ汁は今年も罰ゲームを盛り上げてくれた。
着流しで歩くハタ君はお年寄りたちを丁寧に気遣ってくれている。
ぽん。と肩に手が置かれた。
「ほらね。アンタが心配することなんかなんにもないんだよ」
「母さん…」
「頭がいい奴、元気な奴、おしゃれな子、みんなこの町で大きくなったんだ。そしてそれを抱きしめて都会に出る。私たちはこの町に生まれたことを胸を張って自慢するべきなんだ」
「うん、そうだね」
「おばちゃーん」
「あらあ、タクヤくん。かっこいいわねー」
悪ガキ三人組が伝統芸能の衣装を身にまとって現れた。
「僕たち、いっぱい練習したんだよ」
「絶対にがんばるからね」
祭りで必ず披露されるこの土地に伝わる踊り。俺も小学生のときに踊った経験がある。
口々に自慢話を繰り広げる子供たちの言葉にひとつひとつ答える母。
そんな母が遠い目をしたような気がしたがそれも一瞬のことだった。
「ちょっとぐらい間違ってもいいから思いっきりやってきなさい!」
「うん!」
「あ~~っ、なんか楽しくなってきたぁ」
後半の進行を担当していたユウがマイク越しに大きな声を出した。
「全員注目!これから『好きな人のいいところを10個言っていく大会』やりまーす!」
「おっ、お前勝手なことをっ!」
「誰でもいいからあがってきてねー。最初は俺からー。ヒロシ兄ちゃんのいいところー」
「いいぞー」「やれやれーっ」
「わーっ、恥ずかしいからやめろ!」
「あっはっは。結局こうなるのはわかってたんだよ」
「残りのステージはいいのかよ」
「あれ見てみな」
「あーなるほど」
ボディビルショーを披露する予定だった幼馴染のよっちゃんは浴衣姿の女性に囲まれてその肉体を惜しみなく披露している。
老人会の面々はすでに宴会が始まっていてすっかり出来上がってしまっている。空のの酒瓶があちこちに転がっているのが目に入る。
「最後の踊りだけやればオッケーだよ」
いたずらっ子のように笑うその笑顔はステージで叫ぶユウと同じ表情だった。
「孝子さーん、お酒がないですぞー」
「あらあらアキオさんったら。お酒なら裏に置いているから自分で取ってきてくださいね。私はちょっとステージに行ってきますから」
「あ、おい…」
「はいはーい、次は私が参加しまあす!ヒロシ君のいいとっこっろ♪」
「いえーい!!」「また俺!?」
「まったく、なんだよ…ブツブツ」
小声で文句を言っていたアキオ叔父さんだったが、突然ぴたりと口をつぐんだ。
そのまま眉をしかめ、深刻そうな顔をして駐車場のほうへ行ってしまった。
「なんだ?」
後を付いていこうとしたがそれは出来なかった。
腰の辺りを誰かが掴み、思いっきり引っ張ったのだ。
「痛っ」(イテッ)
「アニキー、その人形、見せてよー」
(わっ、なんやコイツ、引っ張んな!)
「これ、外れないように留めているから…」
「じゃあ、こっちきてよ」
「あ、おい!」
気が付くと俺はユキの友達たちに囲まれていた。
(うひゃー、なんやこら。カワイコチャンが勢ぞろいやないか)
「お兄さん、この人形超カワイイんですけどぉ」
「はぁ?」
「やぁん、わたしにも見せて」
「私も見たい~」
「わ、わ、ちょっと順番に!」
(うひゃっ、うひゃひゃ。くすぐったいわ。ひゃ~、こりゃたまらんわ☆)
「ねえ見て。このイチゴ可愛くない?」
「きゃー、カワイイ!」
「なにこれー?オヘソかな?」
(あっ、あっ、そこはアカン。そこはヘソやなくて…うわーっ!)
色とりどりの浴衣、派手なネイル、女の子独特のにおい。
そんな物に囲まれて俺はもみくちゃにされていった。
(こりゃあ楽しまなソンやな。よっしゃ、姉ちゃん!思う存分触ってくれやぁ、デヘヘ☆)
「あっ、アイツ!」
(うーん、そこそこ。はぁぁ、もっと後ろも触ってやぁ…)
「あの馬鹿…この娘たちにばれたら絶対に殺されるぞ…」
(おほっ、ひゃひゃひゃっ。あっ、そんな強く握ったら…なんやこれ、天国やぁ♪)
まもなく日が暮れようとしている。屋台の人たちが片づけを始めた。
ツッコミ過ぎで喉がガラガラになったヒロシが最後の力を振り絞って声を出す。
「最後は子供たちによる…」
「ちょっと待たんかーい!」
よく通るアキオ叔父さんの声。
老人会の面々がステージに上がってきた。
「ワシらの出番がまだじゃろうが」
「でも皆さん酔っ払って…」
「うるさいわい!」
俺とユウの両手を老人たちが掴み、強引にステージからおろす。
「え?ええ?」「なに?どうなってんの?」
ステージ裏に連れ込まれた俺たちを老人たちが囲む。
風呂敷包みの中から何かを取り出し、俺たちの目の前で広げた。
「え?」「こ、これって…」
「わかるよな」
「で、でも…わわっ!」
「ワシらに任せとけ。お前たちは記憶をたどるんだ。あの頃を思い出せ」
「そ、そんな突然…」「ちょっと、待って…うわーっ!」
「さあ、行け!」
ユウと二人でステージに上がる。大きな歓声と拍手が沸き起こる。
俺たちは子供たちと同じ、踊りの衣装を着ていた。
「なんで…」
ヒロシとトシさんがいつもとは違った笑顔を向ける。
「この祭りを引っ張っていたのはお前ら二人だ。最後はお前らで締めないとな」
ヒロシが笑顔を向ける。
「そやそや、最高の祭りやったで。ありがとな。」
照れくさそうにトシさんが笑う。その横でユキが二人を見つめている。
鼻の奥がツーンとしてきた。なにか答えようとするが言葉が出ない。
どうしてよいかわからなくなってユウのほうを振り向く。弟は…
「うっ、ぐずっ。みんなぁ、ありがどぉぉ…ふぃ~」
「わっ、お前ずるいぞ!」
「だっでぇ、勝手に目から水がぁぁ」
「お前が先に泣いたら俺……うぅっ」
「大きな感動を与えてくれた二人に盛大な拍手を~~」
たくさんの笑顔が俺たちを包む。あいかわらずユウは俺にもたれかかってグジグジ言っている。
「そ~し~て~~、最後のプレゼントだっ!」
ヒロシがなにやら太い紐を引っ張った。
「え?」
上を見上げるとくす球が割れて紙ふぶきが舞い降りる。
その瞬間。
「わあああっ!」
一瞬にして足元の床がなくなり、俺たち兄弟はステージの下に転がり落ちてしまった。
「やったー」
「大成功!」
「やっぱり最後は、父ちゃん直伝のこれだね」
満足そうに笑う母の笑顔が見える。
「くっそー、最後の最後までっ…!」
「もう、ばっかやろ~~っ!」
泥だらけの二人を子供たちが囲む。
「さあみんな、踊るぞっ!」
聴きなれた音楽が流れる。
太陽の恵みに感謝し、人々の力を称える。そんな内容の歌詞だ。
古い言葉だからほとんど意味はわからない。もちろん、歌も踊りも全然思い出せずにぐちゃぐちゃだ。
それでも俺たちは歌い、踊り続けた。
男も女も、年寄りも子供も。みんなで、笑顔で。
もうすぐ陽が沈む。そうしたら祭りは終わりだ。
そして、おそらく…
おそらくこれが俺たちが行う最後の祭りになるだろう。
母さんはすでにそう決めているようだった。
たとえ祭りが終わっても、この人たちとの繋がりは切れることはない。
そう、たとえ沈んでも…
陽は、また昇る。