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第2話

昨日は結局、あまり眠れなかった。

顔を洗って頭をすっきりさせる。ふと、父の書斎のドアが目に入った。


「ここに入るのは、子供のとき以来だな」

父の数十年の歴史がここにある。たくさんの本と、たくさんのお土産。

人付き合いを重視する父はなにかにつけ、贈り物をする習慣があった。その分お返しも増える。それらがこの部屋に所狭しと飾られていた。

「…でも、この人形はちょっとなぁ」

どこの国のお土産だろう。ヘンテコな姿の人形が裸のままで飾られている。

机の上には殴り書きのようなメモがたくさんあった。


――今夜も仲間とうまい酒を飲み…

――叶ったとき共に喜ぶ人が

――お前たちじゃ無理だと 言った奴ら思い出せ!


「何が言いたかったんだろう?」

俺の脳内でジジッと音がしてアイツが出てきた。

(好きな言葉を並べただけなんとちゃうかな?せやけど、それ…)

「なんだ?」

(上手に組み合わせるとエエ歌ができそうやな)

「そうか、そうなのかもしれないな」


客間の時計が大きな音で時刻を告げる。

「そろそろ準備しなきゃな」

(よっ、がんばれよメインMC!)

「お前は気楽でいいな」

(ワイも手伝ってやろうか?お前の脳内を操ってタコ踊り…)

「馬鹿っ、やめろ!」

(デヘヘ☆冗談や。他の人間にワイの正体がばれるとマズイからな。せやから今日は…)

シュゥゥと音がしてアイツがどこかに去っていった。

「ん?」

(おーい、ここやここや~)

声の出所はすぐにわかった。さっきのヘンテコ人形からアイツの声が聞こえてくる。


(なかなか居心地エエな。この中に入ってばれんように…)

ガタッ、ゴトゴト。

「わっ、待て!」

(ん?あれ?動きにくいな。どうも手足が…)

「わわわ…」

気持ちの悪い人形が笑顔でクネクネと動いている。こんなところを人に見られたら明らかに怪しい。


「もういい!」

(うわっ!)

俺はヘンテコ人形を持ち上げて首の部分から出ている紐を腰のベルトに結びつけた。

「これなら少しぐらい動いても怪しまれないだろう」

(男の尻なんぞ見てもちっともうれしくないけどな)

「我慢しろっ!いくぞ!」

(せめて服ぐらい着せてくれや)

「じゃあそんな人形、選ぶなよ」

あまり時間はない。俺は父の机の上にあったイチゴのブローチに乱暴にボンドを塗りたくり、人形の体にベタリと貼り付けた。

(お、お前っ!こんなヒワイな場所にっ!)

「うるさい、それはヘソだっ!」

(蝉にヘソなんかあるかいっ!こら、おい、おいって!)



メインステージがある広場にはすでに観客が少しずつ集まり始めていた。

「はい、進行表。最初の挨拶だけしてくれたら後は私たちが何とかするわ」

「母さん…」

「任せなさい!」

ドンと胸を叩く母。周りの大人たちも心配要らないといった表情をしている。


「お兄、大丈夫。お兄がコケても俺たちが後半で盛り返すから」

「おいおい、ユウ。俺は後半の方が心配だぞ」

「大丈夫だって、ヒロシ兄ちゃん」

「はぁ…」

ため息を漏らすヒロシだが、なんとなくこの状況を楽しんでいるようだ。


「ア、アカン。俺ちょっと、トイレ…」

「んもう、緊張するとすぐに下痢ピーになるんだから。もうなんにも出ないでしょー!」

今日六回目のトイレに向かうトシさんと悪態をつきながらもケイタイは手放さないユキ。


「みなさーん、差し入れ持ってきましたよー」

裏の駐車場に三台の車が止まった。颯爽と車を降りるヒロミは有名大学出のエリートだ。

「さすが、優等生は立ち居振る舞いが違うね」

「馬鹿なこと言ってないで手伝ってくださいよ!」

車の中からたくさんの量の食べ物が運び出された。

小さい頃、ヒーローごっこが好きだった俺はヒロミを連れ回してこの町のあちこちを駆け回ったものだ。

毎回、俺が地球を救うという身勝手な設定にヒロミは文句ひとつ言わず付き合ってくれていた。

「ほらほら、メインの四人はあっちでゆっくりしてくださいね」

「それから、少しは身だしなみも整えてくださいよ」

おむすびを一つかじってみる。この町の味がする、というのは我ながらカッコつけすぎな表現かもしれない。

懐かしい顔、懐かしい味。俺はいつしか子供のころに戻っていくような気がしていた。



そっと会場をのぞいてみる。汗を拭いながら開演のときを待つ老人たち。会場にはまだ空席が目立っている。

「そうだな。みんな、この町を出ちゃったんだな」

高校を卒業したらこの町を出て新しい生活を始める。それが当たり前だと思っていた。

そして、俺たちが好き勝手に暮らしている間、

母は母のまま、お年寄りはお年寄りのままで俺たちを待ってくれていると思っていた。

しかし…


「このままだとこの町は…」

「なーに暗いこと言ってるのよ!」

母が笑いながら俺の背中を叩いた。

「トシ君のようにこの町で暮らすことを選ぶ人も居る。ここでしか出来ないことはいっぱいあるよ。ムカイさんやテツヤ君、ヒロキ君、アイカちゃん、ケンタ君、みんなここに来て新しいものを生み出している。そして…」

母の視線の先にはシンタ、コウヘイ、タクヤの悪ガキ三人組がいた。ステージの前をバタバタと元気よく走り回っている。

「あの子たちもいずれはこの町を出るかもしれない。それでも私たちはあの子を育てる。この町と、ここに住む人にはその力があるんだ。そしてそれは、アンタたちが作り上げたものでもあるんだよ」


「そうか、そうだよな」

「子供は難しいこと考えるんじゃないの。ほーら、もうすぐ出番だよ」

「ああ」


(お前のオカン、エエこと言うな)

「まったく、いつまでも子ども扱いなんだから」

(そう言いながらも、笑っとるやないか)

「…あんまり見るなよ」



ステージの裏で最終確認を行う。屋台から香ばしい匂いが伝わってくる。

父が居ない夏祭り。俺たちだけでやる最初の祭りはおそらく…


「ん?」

トシさんが不思議そうに顔を上げる。会場入り口のほうからなにやらざわめきが聞こえてきた。

「どうしたんです」

「あ、あぁ…あれはっ!」

口を大きく開けて入口を指さす。

「え…うそだろ…」


「お待たせーっ」「間に合ったかな?」

都会に出ていたマイとサエの姿が見える。

「もーっ、ユキのメール攻撃がすごくてさ」

「飛行機のチケットなかなかとれなかったんだよ」

「みんなも連れてきたよー」


都会に出て行った先輩、後輩、幼馴染。

もう何年も会っていない顔がそこにはあった。


「おそーい!」

隣でユキが大きく手を振る。その手にはいくつものマスコットがぶら下げられたケイタイが握られていた。

「お前、昨日からずっと…」

「アタシは、これしかできないからさ。もう、ネイルも剥げちゃって大変だったんだから」

「ユ、ユキちゃあん…」

「ほーら、泣くのは早いっ!」

トシさんのほほを両手で挟んで厳しい顔をするユキ。

「だって、だってこんなに頑張って…ぐずっ」

「もうっ…ふふっ、トシちゃん、いい年して恥ずかしいんだからぁ」

大人と子供の入り混じったような妹の顔が頼もしく見えた。



ジャーン!

大音量で音楽が流れる。

「さあ、本番だ。しっかりやるんだよ!」

「はいっ」

階段を駆け上ると大きな拍手が俺たちを包み込んだ。

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