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第1話

窓を開けるとさぁっと涼しい空気が部屋に吹き込んでくる。

「そろそろ夏も終わりだな」

今年の夏はなにかと忙しくて実家に帰ることができなった。

仕事、バンド、友達づきあい、そして…


(うわー、助けてくれ!)

「…またか」

(おい、ちょっと休ませてくれ。息が、息がっ!)

俺に取り付いている自称蝉人間一号。スキを見ては俺にちょっかいをかけてくる奴だ。


今日はいつもにも増してうるさい。ガサゴソと音を立てながら俺の脳内に侵入してきた。

「いったいどうしたんだ?」

(どうしたって、わかるやろ!外の空気、メチャメチャクサイやないか!)

「は?」


窓から顔を出して息を吸い込んでみる。俺の好きなキンモクセイの香りが安らぎを与えてくれる。

(ちょっと遠出したら、なんや甘ったるい臭いがしてきて…うわー、たまらん!)

「お前、この香り嫌いなのか?」

(当たり前や!)

「俺は大好きだけどな」

(うわっ、マジ?やっぱり変態は感性も違うんかいな?)

「誰が変態だっ!」

(とにかく少し匿ってくれ。これではワイの方がストレスエネルギーが溜まってまうわ)

「勝手にしろ」


その時、携帯の着信音が鳴った。

「マキハラの伯父さんだ…もしもし、お久しぶりです……え!父さんが!!」

(ん?)



翌日、俺は小さな田舎の駅に降り立った。

(なぁ、一体なにがあったんや?)

「…父さんが失踪した。事情はわからないけれど家族全員に集合がかけられた」

(ホナ、ここは)

「俺の故郷だ」


(ふーん、お前意外と…)

「なんだ」

(田舎モンやったんやな)

「ほっとけ!」


くだらない会話を交わしているうちに実家にたどり着いた。

玄関を開けると母が電話の前で頭を下げていた。

「はい、はい。祭りはちゃんと執り行ないます。はい、申し訳ありません…」

「母さん…」

「あ、帰ってきたんだね。兄さんから事情は聞いたと思うけど…これ」

受話器を置いた母が一枚の手紙を手渡した。


「父さんの字だ」


―― スマン!仕事でしくじった。迷惑かけられんからちょっと身を隠すわ。後は頼んだで! オヤジ


「なっ、なんて無責任な!」

「あっはっは、昔からそういう人じゃないの。さ、そんなことはいいからご飯にしましょ」

「そんなことって…」

俺の心配をよそに母はまるでそれが日常であるかのように大量の食事を用意し始めた。


(お前のオカン、なかなか肝が据わっとるようやな。あの電話の態度もタテマエっちゅうヤツやろ)

「なんだかなー」

(ところで、ここの家の子ってお前だけなんか?)

「いや、ウチは四人兄弟だ」

(多っ!)

「蝉に言われたくない」

(まあ、繁殖は二人でやる作業や。三人以上作らんと繁殖とは言わんからな)

「俺もそうありたいと思ってるよ」

(ククク…そのわりには最近ご無沙汰みたいやないか)

「誰のせいだと思ってるんだ!」


廊下を通って茶の間に向かう。ふすまの取っ手に手をかけた瞬間、

「わっ!」

大きな声とともにふすまが開き、ドカッと重いものがのしかかってきた。

「うわっ、ユウ!」

「お兄、お帰りぃ」

「挨拶はいいからどけっ。お前俺よりでかいんだぞ!」

「へへへ」

弟のユウが子供みたいな笑顔で俺にまとわりついてくる。

「アニキ、おかえり」

「おかえりなさい」

妹のユキとその夫のトシさんが声をかける。

「なんだユキ、大人みたいな格好して」

「ばーか、もう大人だよ。こう見えても人妻だからね。これからはセクシー路線でいくんだ」

「ちょ、ちょっと、ユキちゃん」

トシさんが慌てて止めようとする。ユキが高校生のときから見てきた光景だ。


その他にも広い茶の間にはおじ、おば、いとこ、はとこなど、親戚の人間が二十人ほど集まっていた。

(これみんな、お前の家族か?)

「家族というか、親戚だ。狭い町だからな。この町の三分の一ぐらいは何らかの形で血がつながっている」

母が大きな鍋を持って入ってきた。

「たいしたものは出来なかったけど、お刺身と鍋を用意したわ」

「いただきまーす」

「子供たちにはから揚げ」「わーい」「孝子さん、ビール」「はぁーい」


テーブルいっぱいに広げられた料理にみんなが箸をつけていく。

子供のころは、年に二回のこの集まりが大好きだった。

「お前、今年の盆は帰ってこんかったそうじゃな」

「すみません、忙しくて」

「まあ、この町の男どもはそうやって大人になるんじゃが…」

父の義弟、俺の叔父であるアキオさんが寂しげな顔でコップに口をつける。



「さあて、こっから少し真面目な話をするよ」

母が大きな声を出して立ち上がった。みんなの視線が母に向けられる。

「知ってのとおり、父ちゃんが消えた。これから、何が起こるのかは私にもわからない」

状況を考えると深刻な事態なのだが母の声はそれを感じさせないほどにあっけらかんとしていた。

「さしあたって考えなくちゃいけないことは、明日の夏祭りだ。毎年父ちゃんが仕切ってきた祭りをウチの事情で勝手に中止するわけには行かない」


「確かに…」

十年ほど前、町内会の祭りの実行委員をやった父は何を思ったのかそれ以降毎年新しいアイデアを出してきては実行委員に居座り続けた。

他にやりたがる人もいないので好きなようにやらせていたが、よその町では見たこともない奇抜な企画がそこそこ受けていた。

子供たちを集めて駅伝をしたり、自主制作で映画を撮ったり、いかだを作って海に出たりとよくもまあこんなに思いつくものだと感心していた。

その分、裏で動いている母の気苦労は大変なものだった。警察や消防に頭を下げるところを何度も見てきた。

しかし、母はその苦労を微塵も感じさせない笑顔でこう言い切った。

「今年も祭りを成功させるよ!企画は父ちゃんの焼き直しだけど準備も間に合った。そして、メインステージの司会は…」

母が視線を俺とユウに向けた。

「アンタたちがやるんだ」

「えっ?」「俺ぇ?」


「そ、そんな大役、俺には…」

「母ちゃん、俺、そんなのわかんないよぉ」

「うるさいね、もう決めたんだ。たまには親孝行しなさい」

母親にそう言われて断れるものなどいない。どうしたものかと考えていると、それまで母の話もそこそこにケイタイをいじっていたユキが割り込んできた。

「そうだ!アニキ、トシと一緒にやりなよ」

「えっ!ユキちゃん、なんで…」

「コイツ、学生時代にイベントとかやったことあるってさ。ほら、覚悟決めろよ!」

「えっ、え…」

戸惑うトシさんの背中をバシバシと叩くユキ。


「じゃあ俺もっ」

ユウがいとこのヒロシにガバッと抱きつく。

「ヒロシ兄ちゃんと一緒ならやってもいいよ」

「うそっ、俺?」

「兄ちゃん、お笑い目指してるんでしょ。ねーやろうよー」

「いや、少しなら出来るけど…お前とかぁ」

「ねーねー、いいでしょー」

「しょうがねえなぁ」


「ちょっ、母さん!」

振り返ると母とアキオ叔父さんを中心に大人たちはすでに打ち合わせに入っていた。

「孝子さん…クイズは例年通りに」「はい。そして、歌が……この時間に…」


「はぁ…とんでもないことになったな」

(ククク、面白そうな展開になってきたなぁ)

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