第06話 これ以上寝ようったってそうはさせません
チュン。
チュン、チュン…………
「……そりゃ、眠れるワケないよな」
翌朝、日曜日。
住宅街を外れたところにある小高い丘の上に建つ、趣ある洋風レトロな家の一室で目を覚ました望。
そう。
ここは昨日、家事代行サービスで訪れた妃菜の家である。
昨夜の怪異との戦闘によって家が半壊し住めなくなった望は、魔法少女である妃菜の御使いとして契約し、生活力皆無な彼女に代わって家事を行うという約束で一緒に暮らすことになったのだ。
なったのだが…………
「よくよく考えてみれば、ヤバいよな……学園で人気の美少女と同棲してますとか。もしバレたら、いつ夜道で背中から刺されることか……」
さらに付け加えるなら、その妃菜が実は魔法少女という口外厳禁の秘密も知ってしまっている。
……と、そんなことを考えているとまったく眠れなくなり、意識を保ったまま目蓋を閉じているだけの状態で夜を明かしてしまった。
「ま、まぁ、住む家と生活費の心配がなくなったんだから、文句は言えないな……」
望はベッドを降りて、カーテンと窓を開ける。
眩い日差しと、まだ陽光で暖まりきっておらず寒さに鋭さを感じる冬の空気が、望の新しい自室に行き渡る。
「うぅ、さっむ……」
ここは二階。
部屋を出て、階段を降り、洗面所で手早く顔を洗う。
そのまま寝間着を脱いで自室に戻り私服に着替える――と、本来であればいしたいところだが、もし廊下で妃菜と鉢合わせてしまったら、誰得スケベ展開になってしまいかねない。
もう一人暮らしではないのだから、その辺りに配慮して、一旦自室に戻って着替えてから洗濯物を持ってくることにした。
(んまぁ、月ヶ瀬は多分まだ寝てると思うけど……)
いつ起きてくるのかわからないので、望は取り敢えず簡単に自分の朝食を作ることにする。
昨日の家事代行で、この家の冷蔵庫事情は把握している。
夕食を作るために買い出しには行ったが、あくまで最低限の食材しか購入していない。
なので、取り敢えず今家にあるもので手早くトーストと目玉焼きを作り、牛乳を用意して静かなダイニングで一人朝食を済ませる。
やはりまだ、妃菜が起きてくる気配はない。
「買い出し、行ってくるかぁ~」
同棲するにあたって渡された合鍵を忘れず持ち、望は最寄りのスーパーへと向かった――――
◇◆◇
そして、昼下がり…………
「ぜんっぜん起きてこないんですけど……!?」
とっくにスーパーで買い物して帰ってきている。
あまりに暇すぎて、まだ手の行き届いていなかった場所の掃除や整理整頓も完了させてしまった。
それからしばらく自室で勉強して待っていたが、向かいにある妃菜の部屋の扉がガチャリと開く気配がこれっぽっちもない。
休日だ。
もちろん日頃の疲れが溜まっていて昼間で寝てしまうことは誰にでもあるだろう。
しかし、朝食も口にしないまま、もう昼を過ぎて久しい。
「流石に起こすか……」
望は妃菜の部屋の前に立つ。
そして、コンコンコンと扉を三回ノック。
返事がないので、更に呼び掛ける。
「お~い、月ヶ瀬ぇ~。起きろ~」
「…………」
「もう昼すぎてるぞ~」
「…………」
「……ダメだこりゃ」
望はため息を溢して諦めようとしたが、ふと脳裏に昨日の妃菜の様子が過った。
家事代行で家を訪れたとき、顔色や素振りから体調が悪いように見えた。
魔法少女として助けに来てくれたときだって、最初からかなり汗を掻いていて余裕がなさそうな顔をしていたし、戦いが終わったあとにもよろけていた。
本人は大丈夫だと口にしていたが…………
(嫌な予感がする……)
望は再度扉をノックする。
先程より少し強めにだ。
「月ヶ瀬。おい、月ヶ瀬……!」
「…………」
やはり返事はない。
「っ、悪い。入るぞ!」
ガチャッ。
勢いよく扉を開けて、部屋を見渡す。
生活力皆無な妃菜のことだ。
てっきり絶句するほどの汚部屋かと思ったが、生活する上で最低限の物しかなく、整理は出来ていないが散らかっているという印象よりも、閑散としているという感想が強かった。
(って、そんなことより……!)
望はベッドの傍まで駆け寄った。
すると、布団の中で身を屈め、眉間にシワを寄せて唸っている妃菜の姿があった。
うなされている。
「お、おい……月ヶ瀬……!?」
「うっ、うぅ……由菜ぁ……」
「由菜……?」
誰か女性の名前だろう。
うなされて苦悶の表情を浮かべながら、妃菜が繰り返し口にしている。
「行か、ないで……わた……置いてぇ……」
気付けば、目尻にキラリと光るものがあった。
(泣いてる、のか……?)
これ以上悪夢にうなされ続けるのは酷だろう。
望は妃菜の身体を揺らした。
「おいっ、月ヶ瀬! 起きろ!」
「っ、うぅん……」
「月ヶ瀬?」
「……ん、うん……?」
寝起きで不鮮明な意識の中で、妃菜が薄っすら目蓋を持ち上げた。
焦点を合わせているのだろう。
しばらく覗き込む望の顔を見詰めてから、ようやく妃菜の口が開かれた。
「御守、くん……?」
「ああ」
「……え、御守くん?」
「はい」
徐々に、徐々に徐々に妃菜の瞳が丸く大きく見開かれていき、一緒になって顔の赤みも増していく。
そして、バッ!! と勢いよく掛け布団を頭まで被って隠れてしまった。
「ちょ、おい! 起こしに来たんだけど!?」
「っうぅ~~!!」
妃菜の声にもならない悲鳴が布団の中からくぐもって聞こえる。
「み、御守くんが私の寝顔見たぁ……!」
「そ、それは悪かった。いやでも、全然起きてこないから心配になって……!」
決してやましい理由ではないんだということを必死に訴えると、妃菜が布団を顔の半分までずらして、半泣きになった目を向けてきた。
「心配……?」
「あ、あぁ。実際うなされてたみたいだしな……」
望がそう呟いて不安そうに視線を下げる。
「そっか……」
「……大丈夫なのか?」
望の問いに、妃菜はどこか嬉しそうに目を細めて答えた。
「うん、ノープロブレムだよ」
「……なら良かった」
望は少し安心したように表情を綻ばせて、無意識のうちに手を妃菜の頭に伸ばしていた。
ポンポン、と優しく撫でるように叩く。
妃菜は一瞬キョトンとしたように目を丸くしたが、すぐに恥じらい混じりのジト目を作って睨んできた。
「み、御守くん……」
「ん?」
「私、子供じゃないんだよ……?」
「……あっ、悪い……!」
指摘されて初めて自分の行動を認識した望。
慌てて手を離すと、妃菜は小さく「……ぁ」と声を漏らして名残惜しそうに望の手を見詰めた。
「別に、やめてとは言ってないのに……」
「え、なに?」
ボソッ、と一言溢した妃菜の呟きは聞き取れなかった。
妃菜はどこか拗ねたような口調で「何でもないよ」とはぐらかして、再び布団を頭まで被り――――
「――って、自然な流れで二度寝しようとしてるけど、させねぇよ?」
「うぅ……」
そこだけは、はぐらかされない望だった――――




