第04話 (文字通り)ぶっ飛んでる魔法少女との契約
「私と契約して、御使いになってくれる?」
絶体絶命の状況の中。
白い前髪の合間から覗く淡紅色の双眼がジッと望の顔を見詰める。
そんな魔法少女の問いに対する返答は一つしかない。
「それで、俺と貴女がこの状況を切り抜けられるなら」
「……っ!?」
望の即答が意外だったのだろう。
魔法少女は大きく開いた瞳で街灯の明かりをキラリと受け止めた。
「……ふっ、そんな簡単に答えちゃって良いの?」
「一応性格的にはきちんと契約書の内容とか吟味したい人なんですけど、とはいえ状況が状況なので」
望が肩を竦めてみせると、魔法少女はクスッと口許に手を当てて笑みを溢す。
「だね。じゃあ、契約を――」
「――あ、それって時間掛かりますか? あそこでお待ちの方々、多分そこまで気が長くなさそうなんですが……」
変身中や契約中など、重要な場面で外部から茶々を入れないというお約束が通用するほど、現実は優しくないだろう。
事実、突然の魔法少女の登場と一体が撃破されたことによって様子見していた人影らが、今にも飛び掛かろうと構え始めている。
望の心配に、魔法少女は「ノープロブレムだよ」とウィンク。
その根拠はどこから来るんだろうか、と望が苦笑いを浮かべたときだった。
身構えていた人影五体が一気に飛び掛かってくる。
「ほら言わんこっちゃない……!」
「大丈夫っ……!」
「どこがっ――」
次の瞬間、望の全身にぐわんっ――と強力なGが伸し掛かった。
足裏は地表を忘れ。
上下左右は意味を失い。
大きな満月を背後にして、人々の営みを感じさせる明かりの散りばめられた夜景パノラマが、眼下にどこまでも敷き詰められている。
魔法少女の手によって遥か空中へ投げ上げられたのだと状況を理解するには、しばらくの時間を要した。
「は……はぁぁあああああああっ!?」
「ふふっ、これでシャドウ達の手は届かないよね?」
それはもう、夜の天蓋に衝突してシミになるのではないかと錯覚するほどの衝撃だった。
何の前触れもなく空中に放り出されて絶叫する望に、隣で同じく空中に身を投げている魔法少女が、愛嬌たっぷりに唇へ人差し指を当てながら言う。
「『届かないよね?』じゃないですよ!? 可愛い子ぶったからって何でも許されるわけじゃないですからねぇ!?」
「そう……? 私だったら、自分の顔を見たらつい何でも許しちゃいそうになるのに……」
何だこの自信過剰魔法少女は、とツッコミを入れたい望だったが、鉛直上方向への加速度がゼロになって唾を飲み込む。
それは、いざ落下しようとするジェットコースターがレールの頂上で焦らすように停止するようで、高台に立ってバンジージャンプのカウントダウンを聞いているようで…………
(……まぁ、レールも命綱もないんだけどね)
重力にピンと引っ張られる。
引っ張られ、落ちる……落ちる、落ちる、落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる――――
「落ちてるってぇえええ!!」
「御守くん、手を」
「……っ!」
やはり一緒に落下している魔法少女が差し伸べてくる両手を、望は空中で必死に体勢を保ちながら掴む。
すると、魔法少女が掴んだ諸手の指をギュッと絡めて握り込んできた。
こんな美少女に恋人繋ぎをされているのだ。
望だって本来であれば心臓の一つや二つドッキドキにさせていただろうが、今は違った意味でドッキドキで口から心臓が飛び出してきそうだ。
レールなしジェットコースター。
命綱なしバンジージャンプ。
パラシュートなしスカイダイビング。
冬の夜の空気がごうごうと唸りを上げて、身体の下から殴り掛かってくる。
そんな中で二人顔を合わせて両手を握っている様子は、まるでどこぞの川の守り神である白龍の神名を言い当ててみせたかのよう。
「ここに契りを――」
パァッ……!!
魔法少女がそう口にした途端、両者をすっぽり納める巨大な魔法陣が展開され、ふわりと落下の勢いが和らぐ。
月光を粒にしたような淡い光が漂う中、魔法少女が目蓋を閉じ、薄い唇を動かして言葉を紡ぐ。
「《貴方は神秘に見初められし御使いとして、病めるときも、健やかなるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しきときも、魔法少女に仕え支え助け、これと共に暗澹たる運命に拒抗することを――」
スゥ、と目蓋の奥から淡紅色に澄んで煌めく瞳が問う。
「――誓いますか?》」
ドクン……ドクン……ドクン…………
突然人影に襲われ、空中に放り投げられ――あれほど激しかった鼓動が、今は不思議と穏やかで。
しかし、高揚していないかと言えばそんなこともなくて。
望は、目の前の魔法少女にどこか目を奪われたまま口にした――――
「……《誓います》」
「ふふっ、ここに契約は成ったよ……」
魔法少女が望の身体を引き寄せ、その額に自身の額をトンと当てる。
突然整った顔が文字通り目と鼻の先に来たせいで、望の心臓が一際大きく跳ねる。
いや、その鼓動は恥ずかしさだけによるものではないのかもしれない。
二人を包み込む光が一際大きく輝いた瞬間、望と魔法少女の間に不可視のパスが繋がれ、両者がシンクロしたような感覚があった。
そんなとき。
望が眼下を見やると、五体の人影がぐにゃりとその輪郭を解いて寄り集まり、小太りの大きなカラスにも思える、翼ある獣の形を取った。
「魔法少女さん、アレ……」
「うん、わかってる。私達の初仕事といこうか」
緩やかに落下する望と魔法少女を見上げた巨大なカラスが、双翼を力強く羽ばたかせて接近してきた。
「俺は何をすればいいですか?」
「少し、魔力を分けてくれるかな?」
魔力? と、まさか現実で実際に使うとは想像もしていなかったファンタジー用語に首を傾げる望。
「今回は時間もないし、君からちょっと強引に抜き取らせてもらうね」
切迫した状況だ。
詳しい説明は省かれて、望の疑問が解消されないままに魔法少女がどこからともなく長杖を右手に取り出した。
そして、反対に空いている左手を望に差し出す。
「……握って?」
「は、はいっ……!」
少なくとも英志院学園で特待生に選抜されるくらいには頭の良さに自信がある望だが、それは既存の原理や古典的な物理法則や現象に発揮されるものであって、未知なるマジカルなパワーにまで働くものではない。
今は何も考えず、言われた通りに魔法少女の手を握った。
「慣れない虚脱感に襲われると思うから、先に謝っておくね……」
魔法少女はそう一言断って、空を駆け上がってくる巨大カラスに向かって長杖の先端を構えた。
同時。望は自身の身体の奥底でブワッと何かが沸き起こって、込み上がったソレが、腕から繋いだ手を介して魔法少女に向かって流れていくのを感じた。
「うっ……!」
二時間ほどプールを全力で泳いだあとのような倦怠感が、一気に押し寄せる。
それでも半ば気合で持ちこたえ、こちらに向かってくる巨大カラスへ睨みを利かせる。
「……うん、充分かな」
魔法少女がそう呟くと、杖の先端に魔法陣が展開された。
その中央にみるみる白く発光する魔力が集束していき――――
「はぁっ!!」
ズバァァアアアアアンッ!!
夜闇に、光の奔流が一直線に駆け抜ける。
それは巨大カラスを丸々飲み込み、輝きの中で輪郭を掻き消し、遂には跡形もなく消し去った。
一瞬の轟音はすぐに夜の帳の中に吸収され、あとには静寂が訪れる。
一件落着。
一体どんな力学か、緩やかに着地した望と魔法少女。
ふぅ、と一息ついて見上げたその先に、望の自宅アパート。
一難去って一難とはまさにこのことか。
先程巨大カラスを打ち払った魔法が掠めたようで、丁度望が借りている一室の壁と屋根が抉り取られるように吹き飛んでいた。
望と魔法少女は並んでその光景を見詰める。
「…………」
「…………」
「……ここ、俺ん家です」
「…………」
「正確には、俺ん家だったモノです……」




