第30話 流石にこの戦いは小さなお友達泣くて……
サアァァァ…………
ひび割れた地面。
散乱した瓦礫。
元は住宅街の一角だった土地が更地と化し、吹き抜ける風が虚しく土煙を運ぶ。
半ばから薙ぎ倒されたマンション、抉り取られるように砕かれたアパート、その他多くの倒壊した家々が、まるで人の営みの終焉を描いているようだった。
「いやぁ、傑作傑作ぅ!」
そんな破壊し尽くされて積もった瓦礫の山の頂で、一人の黒装束の男が大袈裟に両腕を開いて高らかに叫ぶ。
背は成人男性の平均身長よりやや低くて中肉ながら、態度だけは人一倍大きい。
「魔法少女が五人も十人も寄って集ってきたかと思えば雑魚ばっか~! おっかげで想定以上の黒魔力を収集出来たぜ!」
そんな男の煽り文句を聞く意識が残ってる者は、果たしてそこら辺で力なく身体を投げ出している魔法少女達の中に何人残っているだろうか。
「ボスもきっと喜ばれるぜ……!」
立ち去るつもりか、男が自身の隣に黒く渦巻く大きな穴を生み出した。
戦いが終わる。
負けて終わる。
そう確信したとき。
「……に、がすかっ……!」
自分の隣で倒れていた魔法少女が、ザリッ……と地面を掻きながら無理矢理に身体を起こす。
ダメ……ダメダメダメ……!
お願いやめて!
もう勝ち目はない!
このまま倒れていよう!
いくらそう願っても、力を出し尽くした身体を言うことを聞いてくれず、口もまともに動かない。
「ここで、倒す……私がここでっ……!!」
ぶわっ!! と最後の力を振り絞って立ち上がった魔法少女が、全身に魔力を滾らせながら男を睨む。
「あん?」
「はあぁぁあああああッ!!」
右拳に残りの魔力を絞って絞って絞りきって、残りカスまで凝縮した魔法少女が勢いよく飛び掛かった。
一瞬で男に肉薄し、渾身の一撃を叩き込もうとする。
男は眼前に迫った魔法少女をどこかつまらなさそうに流し見て、「……あ」と何か思い出したように呟いた。
「そういや、ボスが一人魔法少女を欲しがってたっけな」
ズパァアアアンッ!!
「くっ……!?」
「ナイスぱーんち」
最後の力を振り絞って放った右ストレートをあっさり片手で受け止められて顔を顰める魔法少女に、男はニヤリと口角を吊り上げる。
「ん~、この中じゃ一番マシだったし……お前にしよっかなぁ!」
男は受け止めた魔法少女の拳を掴むと、そのまま魔法少女を勢いよく地面に叩きつけた。
「かはっ……!?」
「はーい、大人しくなった~」
力を出し尽くし、トドメの一撃も喰らった魔法少女は完全に意識を刈り取られる。
男はそんな魔法少女を担ぎ上げると、他の魔法少女らへ目をやることもなく黒い穴へと入っていった。
そんな光景を前にしても身体が動かせない。
今すぐ助けに行きたいのに、力が入らない。
やめて、お願い、連れていかないで……!
「ゆ……な……」
乾いて埃っぽくなった喉を全力で震わせる。
「由菜ぁあああっ……!!」
………………。
…………。
……。
「――っは!? はぁ、はぁ、はぁ……」
激しい動悸と荒い呼吸と共に目蓋を開けると、一気に覚醒した意識が、ここが自室のベッドの上であることを望に教える。
(朝……今のは夢か……?)
控えめに言って最悪の気分。
春になったばかりだというのに、まるで夏に冷房をつけ忘れて寝たみたいに大量の汗を掻いていた。
ゆっくりと上体を起こした望が手で額を押さえる。
(……いや、あんな鮮明な夢があってたまるか。記憶だ。それも、俺のじゃない……妃菜の記憶……)
一人称視点で見た夢の中で自分が叫んだ名前――由菜。
それは、以前妃菜がうなされていたときに口にしていた名前であり、本人から悪の組織に連れ去られた妹だと教えてもらった名前だ。
「月ヶ瀬由菜……」
まだあったこともない妃菜の妹の姿をこの目で見た。
(ちょっと気の強い感じだったけど、妃菜とよく似てたな……)
まるで自分のことのように寂しく感じる。
夢を通して妃菜の記憶を――そのときの感情を体験したのだから無理もない。
(でも、なんで俺が妃菜の記憶を夢に見たんだ……?)
◇◆◇
「――ん~、それは私の御使いだからかな」
朝食後。
今朝見た夢の話をした望に、妃菜がその原因を答える。
「正確には、御使いとして場数をこなしてきて、魔法少女と繋がってる魔力パスがより強固なものになってきたから、だと思うよ」
「魔力パスが強く繋がると、記憶が流れるのか?」
キッチンで食器を片付けた望は、濡れた手をタオルで拭いてから、妃菜が座っているリビングソファーに並んで腰を下ろす。
「魔力というものについて完璧に解明されているわけじゃないから詳しいことはわからないし、そもそも私難しいことはよくわかんないから感覚的なことしか言えないんだけどぉ……」
あはは、と乾いた笑みを浮かべながら指で頬を掻いた妃菜。
「正の感情から白魔力が、負の感情から黒魔力が生み出されるように、魔力っていうのはやっぱり感情と凄く関係してるんだよね。それで、同じように感情っていうのはその人の――まぁ、人に限らずだけど、生き物の体験とか経験によってどう感じるかで生まれるもでしょ? だから、うぅんと……」
説明したい理論は確かにあるが、それをどう説明したらいいのかわからなくなったようだ。
腕を組んだ妃菜が眉間にシワを寄せて天井を仰ぎ見て唸るので、代わりに望が受け取った情報を元に整理する。
「つまり、経験と感情は紐づいていて、感情から生み出された魔力にもその情報が含まれているから、妃菜と魔力的に繋がっている俺に妃菜の記憶が流れ込んできたってことか?」
「えぇっと……うん、多分そう?」
「ふーむ」
科学では説明のつかないマジカルな理屈ながらも、おおよそ原因というものを理解することが出来た。
望が顎に手を当てて情報を自身に落とし込む作業をしていると、妃菜が申し訳なさそうに眉を落とした。
「その、ゴメンね、望くん……」
「ん? 何で妃菜が謝るんだ?」
「怖くて辛い記憶、見せちゃって……」
妃菜が表情を暗くして俯くので、望は半分呆れたように笑ってその頭に手を伸ばす。
「ばーか。一番怖くて辛い思いをしたのはお前だろ?」
うりうり、と少し雑に頭を撫でると、白い毛並みが崩れてしまったが、妃菜は気にした様子もなく不安そうに上目を向けてくる。
「それに、俺はあの妃菜の記憶を共有出来て良かったと思ってる。一緒に妹を助け出そうって目的意識が更に強くなったからな」
「望くん……」
「悪の組織なんてぶっ飛ばして、妹を連れ戻そうな」
元気づけるように望が笑い掛けると、妃菜は嬉しそうに目尻を垂らして「うん」と首を縦に振った。
「あ、望くん。実はその魔力パスに関係するんだけど……」
妃菜が思い出したように話題を口にする。
「テュカがね、そろそろ望くんも遠隔で魔力補助出来るように特訓した方が良いんじゃないかって言っててね?」
「あー、確かに……」
ここ数日のシャドウとの戦いの中で、望も薄々思ってはいたのだ。
大技を放つ前に魔力補助するたび、妃菜に自分の近くまで下がってきてもらうのでは戦闘の流れを途切れさせてしまうことになる。
それに、今後互いに近付けない状況だってやってくるかもしれない。
非接触の魔力補助技術は、御使いにとって必須技能だ。
「その特訓ってどうやってするんだ?」
「え、えっとね。説明するより実際にやってみた方が早いかもだから……」
何か恥ずかしがるような様子で、妃菜が望の方を向いて両手を広げた。
「と、取り敢えず……ハグ、しよ……?」
「……はい?」




