第23話 人気のない場所で食べてやるぜ……お弁当を
『先に行って待ってるね』
妃菜からそんなメッセージがスマホに送られてきたのは、ちょうど学校で昼休みになったタイミング。
望は短く『了解』と返信してからスマホをポケットに仕舞い、机の横に掛けてあったカバンを肩に掛けて立ち上がった。
ちょうどそんなところにいつもの如く俊也がやってきて、
「よーし、飯行こうぜ~」
と、誘ってくれる。
いつもなら気の抜けた返事をして一緒に食堂へ行くところだが、今日はそういうわけにもいかない。
「悪い、俺ちょっと用事あってさ」
「えっ、マジ? 昼休みに?」
「あ、あぁ。だから今日は他の奴と食べてくれないか?」
別にいいけど……と俊也は納得しつつも不思議がっている様子なので、望は追及されないように「悪いな!」と一言謝ってから小走りで教室をあとにした。
「あれぇ~、ミモリンは~?」
望が去ったあと少し遅れてやって来た香澄に、一人残されていた俊也が頭を掻きながら振り返る。
「よくわかんねぇけど、何か用事あるってさ」
「えぇ~、今日も一緒に食べようと思ったのに~」
残念がる香澄を見て、俊也が「仕方ねぇな」と呆れたように笑って言った。
「今日は俺達二人で食おうぜ?」
「え、普通に嫌だけど」
「ひどぉいっ!?」
マジトーンの即答で断られた俊也は、香澄が今まさに学食へ向かおうと教室を出るところだったクラスメイトの女子達に「一緒していい~?」と合流していく様子をただ眺めることしか出来なかった――――
◇◆◇
私立英誠院学園の敷地は広く、現在本校舎として使用されている棟ではない、長い歴史の中で使われなくなった木造の旧校舎が取り壊されることなくそのままの形で残されている。
生徒が普段出入りする本校舎や、そこから渡り廊下で繋がっている特別棟から離れた位置に建っていることもあって、わざわざ訪れる者はそういない。
だからこそ、人目を忍びたい事情――例えば誰か意中の相手に告白する場として利用する生徒などはいるが、そう頻繁に告白なんてものが行われるほど現在の若者の積極性は高くない。
そして、望はそんな旧校舎の廊下に、木造特有の籠った足音を響かせていた。
日ごろ使われていないだけあって埃っぽく、窓から差し込む日光が宙に舞う塵をキラキラと反射させていた。
「っと、この教室か……」
望が空き教室の扉を開けると――――
「あっ……」
「おまたせ、月ヶ瀬」
すでに到着していた妃菜が窓際の床に座っており、教室に入ってきた望を見付けて淡く微笑んだ。
「ううん、私もさっき来たところだから」
「そっか」
望は妃菜の隣に腰を下ろして、カバンから弁当を取り出す。
そう。
何のために望がこんな人気のない場所で妃菜と待ち合わせをしていたのかと言えば、学校で一緒に昼食を食べるため。
昨夜、やや変なスイッチが入ってしまっていた様子だったものの、妃菜が密かに抱え込んでいた悩みを聞き出すことが出来た。
そのすべてをいきなり叶えることは難しいかもしれないが、学校でも時間を共有するくらいのことは出来る。
(早く溜まった黒魔力も減らしていかないといけないしなぁ……)
そう考えながら、望が弁当箱の蓋を開けるのと同じタイミングで、妃菜も隣で同じ中身の弁当箱を見た。
「あはは、ゴメンね……一緒にお昼食べたいなんて私のワガママで、わざわざこんなところまで……」
妃菜が曖昧な笑みを浮かべながら謝ってくるので、望はそんなものは不要だとばかりに澄まし顔で言った。
「いやいや、この程度ワガママでも何でもないっての。それに、一緒に食べてるとこ見られて騒がれないように旧校舎を選んだのは俺だし」
これが例えば妃菜もクラスメイトで、他の友人達も交えて昼食を一緒にするということであれば特別目立つこともないだろう。
しかし、お隣とは言え違うクラスの生徒で、接点不明な望と妃菜が二人きりで昼食を取っていたら、話題に上がることは間違いないし、妙な憶測が飛ぶことだって充分あり得る。
「とはいえ、流石に毎日は無理だけどなぁ……今日もシュンに適当な理由つけてから来たワケだし……」
「うん、わかってるよ。そこまで欲張るつもりはないから。ただ……」
妃菜は照れ臭そうに微笑み掛けた。
「時々で良いの。時々、こうして一緒に食べてくれたら……嬉しいなぁ、って……」
「あ、あぁ。それくらいなら全然」
望はドキッと心臓が跳ねたのを誤魔化すように、慌てて箸を持った。
「ほ、ほら、早く食べよう……!」
「うん」
いただきます、と二人で声を揃える。
食べている間に話したことと言えば「これ美味しい」とか「今度一緒に作るか」とかその程度の他愛のないものであったが、人目を忍んで会っているというロミジュリ的なスリルゆえか、望も妃菜もどこか気分が高揚していた。
「ごちそうさまでした。ん~、今日も美味しかったぁ……」
「そう言ってもらえると嬉しい限りです」
望は嬉しそうに口元で弧を描き、空になった弁当箱を風呂敷に包んでカバンに入れる。
「本校舎まで戻らないといけないしそろそろ帰るか、月ヶ瀬」
何気なくそう言って立ち上がろうとした望だったが、腰を浮かせる前に妃菜がグイッと袖を引っ張ってきたので動けなかった。
疑問に思って隣を見れば、妃菜が不服そうに眉を寄せて唇を尖らせていた。
「また言った」
「え……?」
「昨日言ったのに……二人のときは名字じゃなくて……」
じぃ、と妃菜のジト目に見つめられて、望は「あぁ……」と気まずそうに適当な場所へ顔を逸らした。
「ほ、ほら、一応ここ学校だし。気を抜いて人前で呼んじゃっても大変だしさ? 俺的には別に名字でもいいかなって思うんだけどぉ……」
それっぽい言い訳を述べてはみたものの、本音を言えば気恥ずかしいだけ。
俊也や香澄のときのように、交流の中で自然と下の名前やあだ名で呼び始めるなら特に抵抗はないが、こうして改まって「呼んでほしい」とお願いされると、変に恥ずかしさを伴ってしまう。
なので、望はせめてもう少し気恥ずかしさを克服する猶予が欲しかったのだが――――
「……望くん」
「……っ!?」
妃菜に名前を呼ばれ、望はカァと顔を紅潮させる。
「ねぇ、私だけ? 望くんは……呼んでくれないの……?」
望は顔を背けたまま横目に妃菜を盗み見る。
すると、不安げに、遠慮がちに淡紅色の瞳を揺らして、恥じらい混じりに見つめてきている姿があった。
(これは、逃がしてくれそうにないな……仕方ない……)
望は気恥ずかしさを誤魔化すように「んあぁ~」と唸りながら後ろ頭を掻き、妃菜の方へ顔の向きを戻した。
「わ、わかった……」
ドッ、ドッ、ドッ……!
人気のなさゆえに異様に静かな旧校舎の空き教室の中に、早鐘を打つ鼓動の音が響いてしまうのではないかと恥ずかしくなりながら、望は覚悟を決めて口を開いた。
「ひ、妃――」
「――好きですっ! 俺と恋人になってください!!」
「「……っ!?」」
望と妃菜は同時にビクッと身体を震わせた。
特に望は、一瞬自分の口が意識に反して叫んでしまったのかと思って焦ったが、少ししてそうではないことに安心する。
旧校舎の前で、誰かが今まさに告白したのだ。
望と妃菜はそんな他人の告白現場の空気に当てられて、思わず驚き顔を突き合わせていた――――




