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家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~  作者: 水瓶シロン
第二章~白魔力回復作戦編~

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第19話 いや、もうお母さんなのよ

「念のためもう一日くらい休んでもいいんじゃないか?」


 火曜日の朝のこと。

 すでに制服を着込んでいる望はキッチンで洗い物をしながら、朝食後に洗面所でシャカシャカと歯磨きをしている妃菜まで聞こえるように、少し張った声で心配する。


 妃菜は金曜日の夜に無茶が祟って限界を迎え、土曜日に熱を出し、つきっきりで看病した甲斐あって日曜日には微熱程度にまで落ち着き、まだ少し平熱より高かったので月曜日の学校も休んだ。


 望としてはもう一日くらい様子を見てくれた方が安心出来るのだが、どうやら妃菜は登校する気満々らしい。


「あいよーうやよぉ~」


 歯磨き粉で泡立った口で頑張って返事をしてくれた妃菜。


 望はコンマ数秒掛けて脳内で「だいじょーぶだよ~」に自動変換して理解する。


「月ヶ瀬の大丈夫は信用出来ないんだよなぁ……」


 そんな独り言を呟いた望が、洗った最後の食器を水切り台に立てて濡れた手をタオルで拭くと、洗面所からシャーと流水の音が聞こえたあとに妃菜が姿を見せた。


「えぇ、私そんなに信用ない?」

「逆になんで信用されると思った」

「ん~、ほら」


 妃菜はほんの数秒思考を巡らせた結果、胸の前でギュッと両手を握って上目遣いで望を見つめるという結論に至った。


「……どう? 信じたくなるでしょ?」

「どうと言われましても。もしかしなくてもソレって『可愛い私の顔を見たら何でも信じたくなるでしょ?』とでも言いたいのか?」

「流石、御守くん。一言一句違わずそう言いたかったの」


 感心したように小さな音を立てて拍手してくる妃菜に、望は呆れて半目を向けた。


(マジでコイツ……自分の容姿に対する自信だけは揺らがねぇな……)


 妃菜はいつもそうやって言い切ってみせる割には、自信満々に振る舞ったり、得意気な様子を見せたりすることはなく平然としている。


 大言壮語ということではなく、ただ本当に自分の容姿が優れていることを事実として認識しているからこその発言なのだろう。


「あ、あのなぁ。お前が可愛いのは周知の事実で俺も認めざるを得ないところだが、だからって何でも都合よく物事が運ぶと思ったら大間違いだぞ?」

「認めざるを得ないところなんだ……?」

「え?」


 望は『可愛いからといって何でも上手くはいかない』ということを言いたかったのだが、妃菜は一体なぜそこに引っ掛かりを覚えたのか『妃菜の可愛さは望も認めざるを得ない』という点を切り取った。


 一歩、二歩、三歩、妃菜が近付く。

 思わず一歩、望は後退る。


 妃菜は小首を傾げてじぃ、と自分より少しばかり高いところにある望の顔を覗き込んだ。


「御守くんも、私のこと可愛いって思ってくれてるってこと?」


 にわかには信じがたい、といったような半分懐疑的な目を向けられるので、望はそんな視線から逃れるように顔を適当なところに背ける。


「い、いや、月ヶ瀬が自分で可愛いって……」

「私じゃなくて」

「み、みんな言ってるし。学校でも人気だろ?」

「みんなじゃなくてぇ……」


 のらりくらりと言い逃れようとする望を、妃菜が拗ねたように見つめる。


「御守くんがどう思ってるのかが知りたいんだよ……?」

「……っ!?」


 少し顔を背けている程度では隠せないくらいに顔を赤くする望。


(お、俺がどう思ってるかとかどうでもいいだろ……ってか、そんなこと聞いてどうすんだよ……)


 顔を逸らしたままチラリと視線だけを妃菜に向けて確認してみるが、どうやら答えるまで逃がしてくれるつもりはないらしかった。


 望はため息一つ吐くと、後ろ首を撫でながらどこかぶっきらぼうに言った。


「か、可愛いとは思ってますよ、はい。一応、俺にだってちゃんと美的感性は備わってるっつうの……」

「ふぅん?」

「……何だよその顔」

「ううん、何でもないよ?」


 半目のまま口元で弧を描く妃菜。

 望は何やらからかわれているような気がして、眉をピクッと動かした。


「んあぁ、もう。素材が良いのはわかったからさっさと着替えろ。いくら可愛くてもそんなだらしない格好してたら意味ないぞ」

「はーい」


 しっし、と望が手で追い払うようにすると、妃菜は一番上のボタンが外れていて着崩れた寝間着姿から学校モードに変身すべく、階段を上がって自室に向かって行った。


 その間に、望はキッチンの一角に置いてあったモノを完成させて、風呂敷でキュッと包む。


「よし」

「御守くぅん……!」

「……今度はなんだ?」


 タッタッタ……と階段を駆け下りる音。

 少し慌てた様子の妃菜が再び望の前に立った。


 ブラウスにベージュのカーディガンを重ね着し、その上から灰色のブレザーを前ボタンを留めずに羽織っている。

 チェック柄のプリーツスカートの裾は太腿の少し高い位置で揺れており、しなやかなおみ足を包むニーハイと結託して絶対領域を展開していた。


(ちゃんと制服に着替えられてるな……って、ん?)


 何かが足りないような気がしたところで、妃菜が困り眉を作りながら手に持ったネクタイを差し出してきた。


 学年ごとに色が統一されているネクタイで、望や妃菜もそうであるように、高等部一年次は赤色である。


「なんだか、今日はネクタイが上手に結ばせてくれないの……」

「月ヶ瀬のネクタイは気まぐれだなぁ……」


 もちろんネクタイに意識があろうはずもない。

 ただ単に、妃菜が不器用ゆえにネクタイを結んだ出来の良し悪しが日によってバラバラなだけである。


「一応リボンも持ってるんだから、そっちにすればいいのに」


 そうは言いながらもネクタイを受け取る望。

 妃菜は邪魔になる髪の毛を両手でふわりと浮かせるように持ち上げる。


「うぅん、でもネクタイが良い……」

「こだわりかぁ」

「うん」


 そうあまりジッと見ることのない妃菜の首に意識を向けなければいけないため、微かに胸の奥でさざ波が立つが、そこはあまり考えないようにした。


 妃菜の首に手を伸ばす。

 ブラウスの襟を立ててネクタイを通し、いつも自分でやるのと逆向きであることを考慮しながら結んだ。

 最後にサッと立てていた襟を寝かせる。


「……ふぅ。はい」

「ふふ、ありがと。やっぱり御守くんにやってもらうのが一番綺麗だから、これからはずっとお願いしようかなぁ……?」

「勘弁してくれ……って言いたいところだが、その方が朝の支度が早く終わりそうで悩ましい……」


 うぅむ、と望はシワを寄せた眉間に手を当てたが、今結論を出すのは後回しにすべきだった。


 望はリビングにあるアナログ時計と正面に立つ妃菜の姿を交互に見やって、少し慌てる。


「ってか、早くしないとマジで遅刻するって」

「あー、最悪私が変身して御守くんを抱っこして走って行くよ? どんな乗り物よりも早く着く自信アリです。今までもそうしてたし……」


 任せて、とでも言いたそうにポンと胸を叩く妃菜。


 そんなくだらないことで変身するなとか、子供の夢を壊すなとか、女子に抱えられて登校するのは男子として複雑とか……色々ツッコミを入れたくてたまらない望だったが、そこはグッと堪える。


「最悪の事態を想定する前に、最悪の事態を避ける努力をしてくれ。はい、こっちこっち」


 望は妃菜の手を引いて洗面所へ。

 ヘアブラシを取り出し、妃菜を鏡の前に立たせると、後ろから櫛を通していく。


 ボサボサというほどではないにせよ、無造作に流れていた毛束が秩序を取り戻す。


「髪型は?」

「んー、いつものが良いな」

「うい」


 望は横髪を残したまま妃菜の白髪を耳の後ろ辺りから取ると、後頭部の少し高い位置で括ってハーフアップを完成させた。


「今日は時間ないから編んでないぞ」

「うん、ありがと~」

「その代わり、お団子作った」

「あ、ホントだ~。可愛い」


 鏡に向かって横を向いた妃菜は、ハーフアップにされた髪が小さくてふわっとした団子に束ねられているのを見てクスッと笑う。


「忘れ物ないか?」

「うん、多分」

「……怖いなぁ」


 先に玄関でローファーを履く妃菜に、望はキッチンに置いていた風呂敷で包んだモノを持っていって差し出した。


「月ヶ瀬、これ」

「えぇっと、これは……?」

「お弁当」

「ええっ、お弁当……!?」


 妃菜は「わぁ……」と感嘆したように声を漏らしながら受け取った。


「なんで急に……?」

「んまぁ、学食とかコンビニで買うよりこっちのが経済的ってのも理由だけど、月ヶ瀬を魔法少女として万全な状態にする第一歩は食生活からって思ってな」


 魔法少女は身体が資本。

 そして、身体の健康を作るのは食事。


 望がこの家で家事をするようになってからは、インスタント食品尽くしだった妃菜の食生活も改善されているが、登校している平日の昼間はそれぞれ適当に買って済ませていた。


 だが、同棲生活に慣れてきてからはかなり時間的余裕が出来たので、どうせならと望は弁当を作ることにしたのだ。


 それに、例の『誰でもわかる!御使い業務マニュアル!』によれば、魔法少女の力の源となる白魔力を回復させるためには幸福感といった正の感情が鍵となるらしい。


 弁当を用意することで、妃菜が少しでも喜んでくれたら良いなと思ったのだ。


「その、余計なお世話じゃなかったらいいんだが……」


 望が不安げな表情を見せると、妃菜は受け取ったお弁当を大事に両手で抱えて微笑んだ。


「ううん、嬉しい……凄く嬉しいよ。ありがとっ……!」


 屈託のないその微笑みに、望は身体の奥が温かくなるようだった。


「ふふっ、お昼に楽しみが出来たなぁ」


 そう言って玄関扉を開いた妃菜の笑顔は、これまでの朝に見せていたどんな表情よりも幸せそうだった――――

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