第17話 自分が可愛いことだけは信じて疑わないらしい
「……御守くんが拭いてよ」
「へっ……!?」
それは、濡らしたタオルをレンジで温めて蒸しタオルを作った望が、部屋に戻ってきて妃菜に渡そうとしたときのこと。
予想だにしていなかったお願いに、望はつい間抜けな声を上げてしまう。
一瞬聞き間違いを疑ったし、間違いだと信じたかったが、固まっている望に向けられる妃菜の視線がそれを許さない。
「子供のお世話、なんでしょ……?」
熱で顔が火照っているせいもあって一層恥ずかしそうにしているようにも見えるが、こちらに向けられる瞳には咎めるようでいてどこか挑発するような意思が籠められているようだった。
望はゴクリ、と唾を飲み込む。
(ね、根に持ってるなぁ……)
確かに、妹か子供を世話するような感覚に近いとは言った。
それは単純に、日々生活力皆無な妃菜の身の回りの世話をして、今回は体調を崩したからその看病をして――という立ち回りから、どうしてもそういう感覚になってきてしまうというのもある。
ただ、やはり望が妃菜を前にしても平然としているように見えるのは、変に動揺して下心があるように思われると、一つ屋根の下で暮らす関係として安心出来ないだろうと考えているから。
ゆえに、望は意識的に妃菜を異性として見ないように自制してるのだ。
しかし、流石に理性の固さにも限界というものが存在するワケで…………
「い、いや、それは言葉の綾と言いますか。別に月ヶ瀬のことを子供っぽいとか思ってるワケじゃないんだが……」
「そう思ってるようにしか見えないもん」
「見えないようにしてんだよ……」
はぁ、とため息を溢す望。
妃菜はどうやら頑なになっている様子。
恐らく、言葉でどれだけ説明しても、今は言い訳のようにしか聞こえないだろう。
「……わかった。でも、せめて月ヶ瀬の手が届かない背中だけで勘弁してくれ。それ以上は無理だ」
説得を諦めた代わりに妥協点を提示する望。
妃菜は数秒間、じぃ……と半目で睨むようにして見つめてきたが、これ以上の要望は受け入れられないだろうと察したようで、小さく頷いた。
「うん、それでいいよ……」
妃菜はベッドの上で脚を折り畳んで座り直すと、望に背中を向けた。
そして、寝間着のボタンを上から順に一つ、二つ、三つ……といつもより器用に動かない指でゆっくり外していく。
(お、俺は何を見せられてるんだ……!?)
そんな妃菜の後ろ姿を見守る望は気が気ではなかった。
バクバクと唸る心臓は今すぐ救急車を呼びたいくらいには痛くて弾けてしまいそうだし、妃菜の熱に犯されてしまったかと疑うほどに体温が急上昇している。
まさか人生初めて見るストリップが同級生の――それも実は魔法少女のものになるなんて、一体誰に想像が出来ただろうか。
(想像出来た奴は一旦病院行ってこいっ……!!)
と、望が心の中で誰へともなく叱責を飛ばしている間に、ボタンを外し終えた妃菜が寝間着をスルリと肩から落とす。
――ドクッ、ドクッ、ドクッ……!
妃菜が背中に掛かっていたセミロングの白髪を、右手で左耳の後ろから掬い取るようにして右の肩口から身体の前に持ってくる。
――ドドッ、ドドッ、ドドッ……!!
華奢でこそあるが、年頃の少女特有な発展途上の身体の丸みも感じさせるその白い背中が、望の目に眩しいほどに晒される。
熱で体温が上がっているせいか、それとも羞恥心の悪戯か――白い肌は薄ら赤く上気しており、汗ばんでいることもあって一層瑞々しい。
それを見せ付けられる望の心境を知ってか知らずか、妃菜は首だけを少し振り返らせて、流し目に望に呟く。
「そ、そんなにジッと見つめられると、流石に恥ずかしいよ……」
だったらやらなきゃいいじゃん!? とつい口を衝いて出そうになるツッコミを引っ込める。
それを言ったところで、今更妃菜が引き下がるとは思えない。
「すぅ……はぁ……よしっ」
望は深い深呼吸によって、今掻き集めてこられるだけの理性をありったけ練り固めて、健全な思春期男子が持ちうる有り余るほどの煩悩に蓋をして押し込んだ。
「さっさと終わらせよう」
「そんな作業みたいに言わなくても……」
「そう言わないとやってられんわ」
何故か悲しそうにする妃菜のことは一旦捨て置き、望は傍によって片膝を立てると、右手に持った蒸しタオルをギュッと握り締める。
(心頭滅却、煩悩退散っ……!!)
まずは蒸しタオルをうなじに当てて――――
「ひゃっ……」
「変な声出すな……!」
「ご、ゴメンなさい……」
望はうなじに当てた蒸しタオルを優しくそのまま背中に向かって撫で下ろす。
上から下に。
上から下に。
不快感のもととなる汗を拭き取って清潔にしていく。
「ぅん……あったかくて気持ちいい……」
「…………」
『変な声出すな』ではなく『一切喋るな』と言っておけばよかったと後悔しながら、望は妃菜の背中に蒸しタオルを優しく当て続ける。
(これは看病これは看病これは看病っ……!)
今自分がどんな顔をしているのかは鏡がないので確かめようもないが、少なくとも今年一番赤くなっているであろうことは、熱くなってクラクラしそうになる頭でも確信を持っていた。
「ありがとうね、御守くん」
「ま、まぁ、いいけど……少なくともお前、今俺に変なコトされても文句言えるような立場にないからな?」
仮にこれで理性のタガが外れて押し倒しても、警察のお世話になる可能性が高いのは望なのだから、本当に世界は理不尽に満ち満ちている。
そうならないように、沸騰するやかんの蓋を押し込むようにして煩悩を制御しているのだから、これくらいの小さな文句を吐いても許されるだろう。
「御守くん、私に変なコトするの……?」
「いや、しないけど。もしもの話だ」
「うぅん、もしそうなっても大丈夫かな」
「は……?」
手を出されてもそれを受け入れる準備があるということだろうか――と、一瞬そんなことを考えずにはいられない望だったが、突き付けられたのは非情な現実だった。
「いくら弱ってるとはいえ、変身すれば御守くんを返り討ちにすることくらいノープロブレムだし……」
「いや、俺にとっては大問題なんだが……」
どうやら警察のお世話になる前に、魔法少女のお世話になって目も当てられないことになるらしかった。
そんな未来を想像してしまった望が苦笑いを浮かべていると、妃菜がくすっと一笑を溢した。
「でも、安心した」
「何が?」
粗方背中を拭き終えた望が顔を上げると、ちょうど顔を振り返らせていた妃菜と目が合った。
「そういうことを聞くってことは、御守くんもちゃんと男の子だったんだなって」
「いや、安心されるまでもなく歴とした男児ですが」
望が半目を向けると、妃菜が再び可笑しそうに笑う。
「だって御守くん、私と一緒に生活してるのに、全然下心とか出してこないから……男の子として大丈夫かなぁって、ちょっと心配してたの」
「余計なお世話すぎるわ!」
「ふふっ、そうだったみたい」
「ってか、そこは流れ的に『私に魅力がないんじゃ……』って不安になるところじゃないのかよ」
大抵のラノベや漫画では、主人公に異性として認識されていないように思ったヒロインは、自分の魅力を疑い始めるものだ。
それがどうしたことか。
妃菜は自分を疑うどころか、望が本当に男子なのかどうかを心配してきた。
なんて奴だと思った望の言葉に、妃菜は返って不思議そうに答える。
「だ、だって、私……儚げで可愛いところだけが取り柄だから……」
「自己肯定感低いクセにその一点だけはホント揺るがないんだな、お前……」
はぁ、とため息を吐いて、望は背中を拭き終わった蒸しタオルを妃菜に手渡す。
「……まぁ、私のことタイプじゃないのかなって思っちゃうけど……」
「ん、なんて?」
「私が身体を拭くところを見てたいのかなって聞いたんだよー」
真っ赤に染まった耳の先っぽを見せながら、振り向かせていた顔を戻した妃菜が、どこか素っ気なく拗ねたような口調で言う。
望はバッ! と慌てて立ち上がった。
「わ、悪い……! 部屋出てるから、身体拭いて着替え終わったら呼んでくれ。すぐ洗濯に持ってく……!」
途中躓きながら、慌てて部屋をあとにした望。
バタン、と閉まった部屋のドアをチラリと一瞥した妃菜は、密かに口角を緩める。
そんな妃菜の周りには、ポゥ……と見える者には見える、幸せや安らぎなどの正の感情から生み出される白魔力の淡い光の粒がふわふわと漂っていた――――




