第16話 ドクターストップならぬ御使いストップです
「三十八度六分。疑う余地のない風邪だな」
「う、うぅ……」
翌朝。
望は体温計を片手にして、ベッドの上で仰向けに寝ている妃菜へ事実を告げた。
昨夜、雨に濡れて帰ってきたあと、すぐに風呂で身体を温めて薪ストーブの熱にもしっかり当たっていたが、この結果は免れなかったらしい。
魔法少女として戦い回って、沢山の疲労を蓄積させていたところにトドメが入ったという具合だろう。
「今日が土曜日で良かったな。しっかり休めるし」
望としても、体調の悪い妃菜を一人家に残して学校に行かなければいけないなんてことにならなくて安心だった。
「でまぁ、熱の原因だが……もちろん雨で身体が冷えたっていうのもあるんだろうけど、一番は魔力の影響がそのまま体調に出てきてるんだろうな」
魔法少女の力となる白魔力はほぼスッカラカンで、出来れば溜めたくない黒魔力を闇堕ち寸前と呼べる状態まで蓄えてしまっている。
「う、うん。私もそう思う……」
「ならわかってるとは思うが、しばらくは魔法少女活動は休止な? これは決定事項です。ドクターストップならぬ御使いストップです」
「……わ、わかってるよ」
「ホントかぁ?」
これまでもずっと『わかってる』『大丈夫』と口にしては無茶を繰り返してきたのだ。そう簡単には信じてやれない。
望がずいっと顔を近付けて瞳を覗き込むと、妃菜はさらに熱くなってしまった顔を、勢い良く持ち上げた布団で隠す。
「さ、流石に私もこれ以上は動けないよ……」
「それもそうか」
布団でくぐもった妃菜の返事を聞いて、望は人差し指で頬を掻いた。
「食欲はあるか?」
「ちょっとだけなら……」
「りょーかい。お粥作ってくるから、ちょっと待ってろ」
確か昨日炊いたご飯が残ってたはず……と、望は昨晩覗いた炊飯器の中身を思い出しながら、妃菜の部屋を出ようとドアノブに手を掛ける。
「……戻って来るよね?」
心細そうにそんな問いが背中に掛けられた。
振り返ると、妃菜が布団から顔の上半分をひょっこり出して見詰めてきていたので、望は安心させるように優しく微笑んでみせた。
「ああ。すぐにな」
「……ん」
妃菜が満足げに目を細めたのを確認してから、望は部屋をあとにした――――
◇◆◇
十分と掛からないうちに戻ってきた望。
ベッドの上で身体を起こした妃菜の前に、出来立てのお粥がふわふわと湯気を立ち昇らせている皿をトレーに乗せて差し出す。
「はい、熱いから気を付けてな」
「わぁ……美味しそう……」
お米の白だけでは目で見て美味しくないだろうと思い、卵と梅干を混ぜ込み、上からネギをふりかけて彩り豊かに仕上げられていた。
妃菜はそんなお粥に目を奪われたように釘付けになって、一緒にトレーに置かれていたスプーンを右手に取って――――
ピタッ、と動きを止めた。
「ん、月ヶ瀬?」
「…………」
妃菜はお粥に向けていた視線をスプーンに落とし、さらに望を見る。
不思議そうに首を傾げる望の顔。
右手に持ったスプーン。
望の顔。
スプーン。
妃菜はそれぞれを交互に見やってから俯く。
「お、おい、どうかしたか? 熱上がってきたか?」
望が心配そうに顔を覗き込ませると、妃菜がボソッと呟くように尋ねてきた。
「御守くん、言ったよね……?」
「……え?」
「もっと頼って、ワガママになって、遠慮せずに甘えていいって……」
つい昨晩のことだ。
忘れるわけもないと、望は深く頷いた。
それをチラリと横目に確認した妃菜は、下ろされた白髪の合間から覗く耳の先端を紅潮させる。
「だ、だったら、さ……」
妃菜は静かにスプーンを望に差し出して、恥ずかしさの隠しきれない淡紅色の瞳を上目に向けて言った。
「食べさせてほしいな、なんて……」
「えっと、俺が?」
「ダメ……かな……?」
「う、うぅん……」
望がどうしたものかと考えながら唸っているのを見て、妃菜は徐々に表情を暗くしていき、手元のお粥に視線を落として乾いた笑みを溢した。
「あ、あはは……じょ、冗談だよ? ゴメンね。私、ちょっと調子に乗っちゃったかも……急にこんなこと言って、困らせちゃったよね……」
「いや、別にそんなことはないけど」
「えっ……?」
表情を曇らせていた妃菜は、望の言葉を聞いて顔を上げる。
「い、いいの……?」
「月ヶ瀬がそうしてほしいなら、俺は構わないよ」
望はそう答えると、妃菜の手からスプーンを優しく奪う。
「でも、覚悟しとけよ? 頼んだのはお前だからな。恥ずかしくなっても知らないぞ?」
「う、うん……」
静かに頷く妃菜の口元は緩く弧を描いており、嬉しさが滲み出ていた。
望はそんな様子気に付くことのないまま、スプーンでお粥を掬う。
「ふぅ、ふぅ。ほい」
「ん、あーん……」
こういうとき、目を開ける派と閉じる派のパターンが存在するが、妃菜は後者だった。
望は火傷しない程度に冷ましたお粥を妃菜の口に運ぶ。
ぱくっ。
もぐもぐもぐ。
「どうだ……?」
「うん、凄く美味しいよ」
「そりゃ良かった」
「でも、ちょっぴり恥ずかしい……」
「言わんこっちゃない」
モジモジする妃菜に、望は少し呆れたようにジト目を向けた。
しかし、そんな望の反応が不服だったようで、妃菜は頬を膨らませる。
「でも、御守くんは平然としてるよね」
「いやまぁ、流石に少しは気恥ずかしいけど……」
望にとっても、同級生の美少女に食べさせるというのは普通にドキドキするシチュエーションだ。
しかし、今のこの状況においては若干認識が違って…………
「正直、お世話してるって意識の方が強いんだよなぁ」
「お、お世話……」
「ほら、こう……妹の面倒を見る兄の気分か、何なら子供の世話をする親の気分ですらあるかもしれん……」
自分で口にした表現が想像していた以上に腑に落ちたので、望は一人でコクコクと何度も頷いた。
しかし、対照的に妃菜は面白くなさそうに目を細める。
「私も一応女の子なんだけどなぁ……」
「いや、わかってるけど」
「全然わかってないよ、御守くんは」
ふいっ、とそっぽを向いた妃菜。
望は何がそんなにご機嫌斜めなのかよくわからないまま、取り敢えずお粥を掬ってはスプーンで運んでいく。
そこまでの食欲はなさそうにしていたうえ、機嫌を損なっていてても、妃菜は望が口許にお粥を持ってくると、黙ってパクリと食べた。
そして、気付けばお粥は完食されていた。
「じゃ、俺は食器片付けてくるから、月ヶ瀬はしっかり休んでてくれ」
望が空になった皿の乗ったトレーを持って立ち上がると、妃菜は横になるかと思われたが、何故か布団から足を出そうとしていた。
「お、おいおい。どこ行くんだよ?」
「寝る前に、お風呂に……」
「やめとけやめとけ。お風呂って意外と体力使うんだぞ? それに湯冷めしても良くないし……」
「うぅん、でも……」
妃菜は寝間着の襟首に指を引っ掛けて、居心地悪そうに眉を寄せた。
「汗掻いてて気持ち悪いよ……」
「あぁ、だよなぁ……」
確かに不快感のある中で熟睡なんて出来ないだろうし、何より汗によって体温が奪われるのは良くない。
「なら、濡れタオル持ってくるからそれで身体を拭こう。だいぶスッキリすると思う」
と、安易に口にしたそんな提案。
望はタオルを用意する。
あとは着替えた妃菜の寝間着を洗面所に持っていく。
やることとしてはそのくらいで、あとは妃菜を寝かすだけ。
その程度のことだと当たり前に想像していたのだが――――
「……御守くんが拭いてよ」
「へっ……!?」
「子供のお世話、なんだよね……?」
まさか、些細な発言を根に持っていた妃菜にやり返させることになるなとは、予想出来るはずもなかった――――




