第14話 限界って他人に決められても納得出来ないからね
数日が経過し、三月に入っても妃菜の生活は変わらなかった。
魔法少女として限界に近い状態にあることを協会に報告しない代わりに、無茶だけはしない――そんな約束を守る気があるのかないのか。
学校の授業中、保健室で休むという言い訳を使って街へ繰り出し、どこかで怪異と戦っていたことも一度や二度ではない。
時には、あまりに体調が悪いからと早退することもあった。
それに関しては、体調が悪い部分は嘘ではないが、早退して家で休むなんてことはせず、やはり魔法少女としてどこかで戦っていたのだろう。
学校では人気者として気を張り、必要以上に心配させないように明るく振る舞い、時々は異性に呼び出されては受けた告白を断って精神をすり減らす。
放課後は本格的に魔法少女として怪異を倒して回る。
被害が起きてから駆け付けるのではなく、被害が起きる前に、怪異が何か行動を起こす前に探し出して排除する勢いで。
もちろん、流石に望も妃菜を心配はしてみるのだ。
しかし…………
『白魔力は三、黒魔力は十、か……なぁ、月ヶ瀬。もう少し魔法少女活動の頻度を抑えるっていうのは――』
『だ、大丈夫大丈夫。ノープロブレムだよ』
毎晩、額を合わせて魔力を計測したあとに、妃菜は決まってそう言う。
バレバレの作り笑顔を貼り付けて。
『御守くんのお陰で食生活が改善されたからかなぁ……以前よりかなり調子が良いんだよね……!』
健康面では確かにそうなのかもしれない。
だが、望が心配しているのは精神面だ。
魔法少女は、精神面の状況が色濃く身体の具合に影響してくるのだから。
『だったら、戦うときは俺も連れていけよ。魔法少女の戦闘をサポートするのが御使いの役目だろ?』
『ううん、大丈夫だよ。今のところ魔力補助がなくても何とかなってるし、やっぱり戦闘は危険だから……御守くんを危ない目に遭わせるつもりはないの……』
違う。
違うのだ。
望は妃菜に気を遣って欲しいんじゃない。
自分が妃菜に気を遣わせてほしいんだ。
心配させてほしいんだ。
でも、それでも妃菜は――――
『あはは……御守くんは心配しすぎだよ……』
妃菜は乾いた笑みを浮かべて、望が寝たあとも密かに深夜の街に繰り出し、怪異を狩りまくるのだ――――
◇◆◇
「――ってな感じで、月ヶ瀬は相変わらずだな」
「んむぅ~、そうですかぁ~」
三月上旬のある日、望は放課後に誰もが知る大手チェーンのドーナツ屋の一角にある席で、一人の少女――いや、幼女と向かい合っていた。
第一印象として強かったぬいぐるみのような姿でもなければ、魔法少女協会の制服を着込んでいるわけでもないが、その尖った耳と触角のようなアホ毛は紛うことなくテュカである。
実は、望がこうしてテュカとコンタクトを取るのは、魔法少女として妃菜が危険な状態にあると知った翌日から始まり、これで三度目。
妃菜と交わした約束は、魔法少女協会に報告をしないということ。
しかし、この場にいるのは魔法少女協会所属の妖精テュカではなく、一個人としてのテュカである。
協会の制服を身に付けていないことがその証明。
なので、あくまでプライベートにおいてテュカに相談を持ち掛けること自体は妃菜との約束に反しないだろうという屁理屈によって正当性を主張し、望はテュカに把握している現状をありのまま伝えていた。
一通り望の話を聞き終えたテュカは、カップに入っているボール状のドーナツを一口、二口、そして三口も掛けて咀嚼し、飲み込んだ。
ちゅるちゅる、とストローでオレンジジュースを吸い上げて、糖分で甘ったるくなった口内をサッパリさせてから口を開く。
「それほどまでの状況でしたらぁ、流石にそろそろテュカも協会に報告しなきゃなんですよねぇ……」
そう語るテュカの表情は渋く、オレンジジュースのフルーティーな酸味など意味を成してはいなかった。
望はスゥと目を細めて、不敵に口角を持ち上げる。
「……ソレ、食べたよな?」
「な、何ですかぁ、急に……」
「他人の奢りで食うドーナツ。さぞ美味かったことだろう」
テュカが警戒するように眉を寄せる。
「は、はい、美味しくいただいていますけどぉ」
「少しは感謝の気持ちもあるんじゃないか?」
「え、えとぉ、ありがとうございます……?」
「いやいや、それほどのことでは。でも俺は優しいから、テュカが変に気を遣わなくていいように、恩返しの機会を作ってあげることにした」
「い、いりませんよぉ……!」
「一つお願いを聞いてくれればそれでいい」
「望ちゃんがテュカの良心に付け込んで来ようとしてますぅ……!」
望はテーブルに肘をついて組んだ手で口元を隠し、巨大な人造人間だかロボットだかに搭乗するよう圧を掛けてくる怪しげなオジサンを想起させる格好でテュカを見詰める。
対するテュカは、そんな望の恐ろし気な視線に射抜かれて、ちょっぴり涙目になっていた。
確かに妖精であるテュカの年齢は、望のそれを軽く上回る。
しかし、傍から見れば、男子高校生が幼気な女の子に対して大人げのないゲスな取引を持ち掛けている様子がそこにはあった。
そして、その男子高校生は紛うことなく御守望であった。
「……いやまぁ、冗談はさておき」
「冗談にしては怖かったですぅ……」
「悪い悪い。一回こういうクズっぽいムーブしてみたかったんだよ」
ほらもっと食べな、と望は自分の分のドーナツが乗った皿を、テュカの前にスライドさせる。
「でも、頼みたいことがあるのは本当だ。まぁ、内容は察してると思うが……」
望は真剣な表情をテュカに向けた。
「月ヶ瀬の状態のことは、まだ協会には言わないでほしい。頼む」
正直、協会に妃菜の状態をバラしたくないのであれば、テュカにも事実を隠蔽したまま報告書にも虚偽の内容を記せば、当分の間は露見せずに済むだろう。
しかし、そうとわかっていても望がテュカにこうして事実を伝えているのは、やはりまだ御使いとして新人同然の立場で勝手に判断するわけにはいかないという責任感と、有識者から妃菜の助けになれることを教えてもらい気持ちがあったから。
そして何より、きちんと誠実さを示したうえで、テュカに妃菜の頑張ろうとする気持ちを尊重してあげたいという考えを伝え、お願いするためだ。
「そ、そう言われましてもぉ……」
「もちろん、これ以上は無理だと判断したらすぐに休ませる。力尽くでも休ませてみせる。でも、それまではアイツのやりたいようにやらせてあげたい。頑張ろうとしてる奴の限界を他人が線引きすることは、したくないんだ」
望もついこの間まで限界ギリギリの生活を送っていた。
平日は帰って来たら夜遅くまで勉強。
名門である英志院学園で特待生枠を死守するために、睡眠時間を削るなんて珍しくもなんともなかった。
休日と長期休暇は生活費のためにバイト漬け。
田舎に住む祖父母に出来る限り負担を掛けたくなかった。
辛いし、苦しかった。
でも、それを自分でやると決めた以上、頑張りたかった。
その思いや覚悟に対して、半端な同情や心配で周りからとやかく言われることだけは嫌だった。
そして、それは妃菜も同じはず。
だから――――
「月ヶ瀬に、やれるところまでやらせあげてほしい」
「う、うぅん……!」
真っ直ぐ視線を向けて頼み込む望。
考え込むように腕を組んで、ギュッと目蓋を固く閉じたまま天井を仰ぎ見るテュカ。
「……はぁ、わかりましたぁ」
「ほ、ホントか……!?」
ため息を溢して項垂れるテュカに、望は表情を明るくした。
「その代わり、きちんと妃菜ちゃんのことを管理しておいてくださいよぉ? そして、闇堕ちするなんてことがないように、限界が来る前に休ませることぉ。良いですかぁ~?」
「あぁ、わかってる」
ありがとな、と望はテュカに感謝を伝えた。
そして、望はこのあとしばらく、テュカがドーナツをもぐもぐする姿を微笑ましげに見守り続けるのだった――――




