七話 魔法の先生 前編
あっという間にフィオの家庭教師は決まった。マグヌスがかなり無理を通して腕のいい先生を呼びつけてくれたようだ。本当に感謝しかない、
会議から一週間が経った頃、授業が始まった。
最初に来た先生は、フィオが思い描く先生像そのものを体現したような人だった。
「はじめまして、フィオ君。僕は帝国立総合学校の教師をしていたターナーです。これから二年間みっちり指導させて頂きますので、どうぞよろしく」
「う、うん!よろしくお願いします!」
「うん、ではなく、はい。ですね。このような丁寧な言葉遣いも教えるようにと侯爵閣下から言われておりますので、ご承知おきください」
ターナー先生はそう言いながら小綺麗な眼鏡をさらにレンズクロスで磨く。満足したのかよく分からないがスチャッと眼鏡をかけてフィオを見据える。
「まずは文字の読み書きや簡単な歴史から始めていきましょうか」
「はい!先生!」
ターナー先生の授業が始まった。結論から言うと、フィオは勉強が得意なタイプだった。
呪いのせいで、村では他の子と遊ぶことが全くなかった。その為、家で母リーアと絵本をよく読んでいたのだ。結果として文字の読み書きは同年代の子供より上手くできていた。
そして何よりも飲み込みが早かった。基本的に勉強ができない子というのは、勉強以外に何か夢中になるものがある子。または勉強する時にもその事を考えてしまう子。が大半を占めるとターナーは考えている。
フィオにはそんな気をそらすような邪念が無く、新品のキャンバスのように色んなことを吸収していった。
「よく出来ました。今日の授業はこれにて終了といたしましょう。宿題を出しておくので来週の授業までにはやっておくように」
「はい、先生!ありがとうございました!」
(ふむ、特別勉強の才能があるようには感じませんでしたが…入学試験を合格させるだけなら十分可能性はありそうですね)
ターナー先生は満足そうに去っていった。
こうして最初の授業は終わった。ただ問題なのは次の授業だった。
「俺の名前はエドガーだ。帝国立防衛学校を卒業し、今は傭兵をやっている身だ。あ、そうだ。ローランを知っているだろ?あいつは俺の後輩なんだ。よろしくなフィオ」
「はい!お願いします!」
エドガーの授業は単純明快だった。とにかく体力と筋力をつけさせる。スタミナ・スピード・パワーと、まずこれらの基礎を体に叩き込むところから始まった。
そして、フィオは絶望的に体力がなかった。スピードは人並みではあったが、外で遊ぶことが少なかったフィオにとってエドガーの基礎訓練は体力的にキツかった。
「はぁ……はぁぁ……」
「おぉ、もう日が暮れそうだな。フィオ、ゆくゆくはこれを午前中に終わらせられるようにするんだ。そうしたらやっと武器を使った訓練を始められる」
「……………はぃ…」
フィオは今にも死にそうな声でそう言った。
(これを午前中!?今先生は午前中って言ったの!?ぜ、絶対無理!無理だよぉ…)
フィオは防衛学校の試験がどんなものかは知らないが、合格できる未来が全く見えなかった。
次の授業は商業学校の試験対策だ。
「こんにちは、フィオ君!私は商業学校でマグヌス君と同級生だったアマンダよ。今は主婦だけど、仕事を任せられたからにはキッチリ指導させてもらうわね!」
「はい!頑張ります!」
凄く感じのいいおばさんの先生だった。マグヌスと同級生と言っていたが、まさかマグヌスが商業学校の卒業生だったとは。どうりで彼が商業学校を推すわけだった。
「今日は簡単なお買い物の計算から初めて行きましょうね〜。最初の問題は銅貨三枚のリンゴが2個と…」
アマンダ先生は優しい先生だった。最初は簡単な問題から始めてくれたし、授業で使った果物などをおやつにくれた。
「じゃあまた来週の授業でね!」
「ありがとうございました!」
(この授業なら僕、頑張れそうかも!)
◇◆◇◆
アマンダ先生の初授業が終わった晩に、ニーナがフィオの所へ急いでやってきた。
「どうしたの?ニーナ先生」
「フィオ君にこれを渡すの忘れてたって気づいてね」
そう言ってニーナが取り出したのは…
「魔法の杖…?僕にくれるの?」
「うん!ホーリーウッドで作られてるから君の白い髪にも似合うと思ってね!ふぅ〜、魔法の授業までに間に合って良かったよ〜」
綺麗な杖だった。暖かみを感じる薄いベージュ色の木材に銀色の装飾が散りばめられている。
「どう?いい感じでしょ?……え?…ど、どうしたの!?なんで泣いてるの?」
「うぅ…あり…がとう…ぼ、僕っ…う、嬉しくてっ…」
ニーナと出会ってからというもの、フィオは彼女達から与えられてばかりだ。フィオはニーナの右手を奪ったというのに。本当に感謝してもしきれない、そんな思いがとめどなく溢れてしまったのだ。
「そっか、まだ五歳の男の子だもんね。よしよし」
ニーナはフィオの頭を撫でた。
「このニーナ先生が直々に杖をあげたんだから大事にするんだぞ〜」
「うん…!ずっと大切にする!」
フィオはギュッと杖を握りしめた。
◇◆◇◆
翌日、魔法の先生がやってきた。
「お主がフィオ・ファルネーゼだな?ワタシはリューディア。侯爵閣下からお主の魔術指南役にと頼まれた者だ」
フィオの前に現れたのは十五かそこらの女の子だった。しかし若いのは見た目だけで、立ち振る舞いや所作はなにか老練さを感じさせる。そんな不思議な人物であった。
「はい!お願いします!」
「うんうん、いい返事だな。お主、杖は持っておるか?」
「持ってます!」
フィオは昨日ニーナから貰ったピカピカの杖をサッと取り出した。
「いい杖だ。ではお主の適正属性を申してみよ。ふむ……そうか、知らんのか。いや、いいんだ。少々時間はかかるが」
そう言ってリューディアはフィオの顔面を鷲掴みにした。
「ふごっ!…ぇ!?」
「すまんな。こうしないと発動しない魔法なんだ」
リューディアの手に魔力が集まっていくのを感じる。そしてフィオの足元に大きな魔法陣が構築される。
「魔調」
すると足元の魔法陣が七色に光だした。赤、青、緑、どんどん魔法陣は変色していき、最終的には白色になった。
「無属性のようだな」
「え?無属性?属性が無いってこと?それって、まずい…?」
「まずいかどうかは人によって意見が分かれる。そしてお主の勘違いを一つ正そう。無属性は属性は無いが、れっきとした魔法だ」
イマイチよくわからない。属性はないが魔法、とはどういうことなのだろうか。そして何より、試験を受ける上で問題になったりしないだろうか…
「困惑しているな。では無属性の魔法を実際に見せてやろう。空をよく見ていろ」
「え?空?」
そうしてリューディアは右手を天高く掲げた。すると彼女の右手に魔力が集まり、青色の巨大な魔法陣が上空に構築される。
「たった今私は、水魔法「龍の涙」をこの屋敷に向かって展開した。一分後に魔術は発動し、我々は屋敷諸共押し潰される」
「え!?そんな…!皆が…」
「まぁ見ておれ。これが無属性魔法だ」
リューディアは懐から真っ黒な杖を取り出して、空の魔法陣に向けた。今度は白色の魔法陣がつくられた。
「ひび割れ!」
「わっ!…すごい…!」
パキッと青色の魔法陣の一部が瓦解し、水魔法は発動する前に粉々になった。
その様子はまるで青色の染料に使われる宝石粉のようにキラキラと輝いて見えた。
「これが無属性魔法、魔法が五大属性に分化されるよりさらに昔から存在する原初の魔法。魔法の起源だ」




