四話 南の大都市 アルバス
旅はおよそ五日間続いた。基本的に平原を通って移動したため、危険な魔物に出会うこともなかった。
それでも五日目の昼頃、フィオ達一行にはほんの少しだけ危うい瞬間があった。
それはフィオ達が街道で休憩をとっているときだった。北の方からやってきたと思われる馬車がこちらの馬車の近くに止まったのだ。しかしそのことに誰も気が付かなかった。
フィオとニーナは絵を描くのに夢中になっており、今思えば皆その和やかな空気の中で油断していたのだろう。
「武器を捨てて両手をあげろ!」
フィオ達の三倍の人数はあると思われる盗賊の一派が馬車の周りを囲んだ。
「うぅ、助けてぇ!助けてくださいぃ!」
フィオ達が乗っていた馬車の御者が盗賊の一人に人質にとられたようだ。喉元に短剣をあてられ、危険な状態だ。
だが、ニーナとローランは全く動揺する気配を見せなかった。
ニーナはローランに小声で合図を送る。
(私が後ろ三人をやる…!ローランは人質をお願い!)
(承知しました…!)
「………今だ!」
二人は寸分たがわぬタイミングで細剣、杖を抜いた。
まずローランが人質をとった盗賊の懐に素早く潜り込む。
「ま、待て!止まらないとこいつの首を…」
ローランは男が言い終わらないうちに細剣を刺突した。直後、男の持っていた短剣が地面に落ちる音が聞こえた。ローランは一撃で男の意識を刈り取ったのだ。
盗賊達はその光景に立ちすくんだ、そしてその間にニーナは魔力を集中させ魔法陣を構築した。
「風よ吹け!」
ニーナの杖から放たれた見えない刃は盗賊達の膝関節を損傷させた。
「ぐ…クソっ!足が…!」
ニーナの魔法を受けた三人は体重を支えられず、為す術なく地に伏せた。
残りの盗賊は五人、人数に有利があるのは依然として盗賊側だ。しかしローランとニーナの実力を目の当たりにして、愚かにも戦闘を続けようと考える者はいなかったようだ。盗賊達は自分達の乗ってきた馬車を置き去りにして四方八方に逃げていった。
「ニーナ様、お怪我は御座いませんか?」
「当たり前でしょ、旅に出る前どんだけ訓練したと思ってるの」
フィオは驚きっぱなしだった。たった今盗賊に襲われたというのに、なんなく撃退し平然としている…?
村にいたらめったに見られないような本物の命のやり取りであり、五歳のフィオには少々刺激が強すぎたようだ。腰が抜けて動けなくなってしまった。
「ほらフィオ君も行くよ。あ〜動けなくなっちゃったか…ローランお願い」
「承知しました。ほら、掴まるんだ」
フィオはローランに抱きかかえられて馬車に乗った。
「凄かった…でも僕、なにがなんだか分からなくて…」
「ふふ。フィオ君がそう言ってくれるなら訓練した甲斐があったね」
「訓練ってなんのこと?」
さっきも何か似たような事を言っていた気がする。
「ほら、私って宮廷画家じゃん?しかも女だから中々旅に出るのを許してくれなくてさ。危険だから。それで父上にどうしても旅がしたいってお願いしたらね、護衛を何十人も寄越そうとしたんだよ!?そんなの嫌だから頑張って実力を証明したってわけ」
なるほど。戦闘が本職のローランはまだしもニーナの一連の動きはたしかに素人離れしていた。
「そっか、僕も強くならなきゃ…!」
「うんうん。いい心がけだね!将来が楽しみだよ」
「お客さん方!そろそろ町が見えてきますぞ!」
馬車の御者がそう言ったのが聞こえたので、フィオは窓の外を覗いてみた。すると遠くに城壁のようなものが見えた。目的地はすぐそこだ。
「お、大きい…!」
「見えた?あれがドラヴェス帝国の南の大都市、アルバスだよ」
大都市とはよく言ったものだ。仮にフィオのいた村を三百個並べたとしても都市の半分を埋められるかどうか怪しい。
さらに近づくにつれその壮大さが露わになっていく。また特徴的なのは都市の色だ。城壁、建物の色、全てが美しい白色で統一されている。
「どう?綺麗でしょ?」
「うん…!でも大きすぎて描くのが大変そう…!」
「おお〜。やっぱりフィオ君もそう思う?私もあれを描くのは骨が折れたよ…」
ニーナは悪夢を見た朝のような顔をして遠い空を見ている。
「ニーナ先生は描いたことがあるの?」
「一年くらい前にね。皇帝様に命じられたから必死の思いで完成させたんだよ。確か今は…帝都の城に飾ってあったと思う」
「…あの時のニーナ様は目も当てられませんでした。服や体が絵の具塗れで、髪はボサボサでしたし目のクマも…」
「しょうがないでしょ!野外の作業でお風呂に入る暇が全然なくて、ってそんな事はどうでもいいの!ほ、ほらもう着くよ!」
憤慨するニーナの言う通り、馬車は都市の南門に到着した。フィオ達と似たような馬車がたくさん列になっている。
「あれ?なんか全然進まないね」
南門に着いてからもう五分くらい経ったはずだが、馬車が進む気配がない。
「少々お待ちくだされお客さん方、何やら列の前の方で問題があったようで」
馬に乗っていたので、少し目線の高いところから様子をうかがえる御者がそう言った。
さらに五分くらい経ったが、一向に列が進まない。痺れを切らしたニーナが不機嫌そうに提案する。
「うーん。ちょっと様子を見てこよっか。ローラン、着いてきて」
「はい」
「フィオ君は?」
「僕も行く!」
三人が列を伝って歩いていくと、やかましい声が聞こえてきた。
「だから身分を証明するものはないんですよね?ないなら通すことはできません」
「バーーーカ!だから金はいくらでも出すっつってんだろが!ほんとにバカだなお前!バカ門番!」
「いや、だからそう言われましても」
「じゃあほら、もう一袋追加してやる!これでどうだ!?」
「ちょ、やめてください本当に」
なんとも異様な光景だった。眩しくて見ていられないような黄金の装飾を身にまとった褐色肌の少年と、山のような金塊を押し付けられる門番がいた。そしてその山がまた一段と高くなる瞬間をフィオ達は目撃した。
「あのアレナ人…貴族か王族の子っぽいね」
「うん!キラキラしててカッコイイ…!」
フィオも母リーアから聞いた事があった。大陸の南の方には小さい国々が乱立している砂漠地帯がある。そこに住む人は一般的にアレナ人と呼ばれているのだと。
あのアレナ人の少年はフィオより数歳は年上だろうか。態度はフィオより子供っぽいが。
「おいおいこれでもダメかよ!?どんだけ強欲なんだよこのバカ門番!」
「いやだから、受け取っているつもりはなくて。身分を証明するものが…」
「なんか終わらなそうだね〜。あんま関わりたくないけど、しゃーないか」
そう呟いてニーナは少年の方に歩いて行ったので、フィオとローランは慌ててそれに続いた。
「ちょっと!どうなってるの!?列が全然進まないんだけど!?」
「いやそれは彼が、ってニーナ様!?ちょうどよかった!どうにかしてくださいませんか!?」
ニーナの存在に気づいた門番は安心した様子だ。
「わかった。じゃあ私の名の下で入門を許可する」
「助かります!では通ってどうぞ!」
アレナ人の少年はポカンと口を開けて佇んでいた。
「この金塊もお返しします。ほら、どうぞ。列が進まないのでお早めに」
「え?通っていいのか?…じゃあ…通るけど…あ、ありがとな可愛い姉ちゃん!」
そう言って少年はニーナに金塊を一つ渡して門を通って行った。
フィオは一連の流れを不思議そうに眺めていた。
「ねえニーナ先生、あんなに簡単に通れるならなんでこんなに待たされたんだろう?」
「簡単なことだよ。門番の彼が少年を通さなかったのは、規則を守るためじゃなくて規則を破ることで上司に怒られたくなかったから。その上司より上の立場の私が規則を破れば怒ろうにも怒れないってわけ」
「ふふ。やっぱりニーナ先生は自由だね」
フィオは可愛らしく微笑んでそう言った。ニーナも悪戯な笑みを浮かべ、頷いた。
「権力ってのは自由の象徴だからね。フィオ君も覚えておくといいよ」
(ニーナ様に似てきた気がする。当然悪い意味で…)
心の中ではそう思いつつも、口には出せないローランであった。




