三話 自由がモットー
「おはようフィオ。ほら朝食できてるわよ」
「う、うん。ありがとう母さん」
フィオは昨日の出来事がどうも頭から離れず、よく眠れなかった。
なぜ自分が許されたのか。なぜ自分がニーナからご指名を受けたのか。一晩中考えてみたが見当もつかなかった。
家族全員揃ったテーブルで最初に口を開いたのは父のゴードンだった。
「フィオ、実はお前が生まれた時から父さんはこうなるかもしれないと思ってたんだ。お前は良い意味でも悪い意味でもこんなちっぽけな村に収まるような子じゃない」
「でも父さん…僕なんかが、呪子の僕なんかが上手くできるかな…」
「それは父さんにも分からない。だが、フィオがうちに居ても父さん達は普通の道しか示してやれないんだ。きっと彼女についていけばお前の呪いを活かす道を示してくれるんだろう。悔しいがそれが最善なんだと思う」
ゴードンはフィオの瞳を見据えてそう言った。
「フィオ。まだ五歳のあなたに難しいかもしれないけれど、父さんの言ったことが理解できる時が来るわ。それよりも…礼儀や作法を教える暇が無かったのが心残りだわ…あっちで上手くやって行けるかしら…」
リーアは不安そうだ。
「よし!あれを出す時が来たか!」
そう言ってゴードンは家の棚をガタゴトと漁り始めた。
――ドンッ!
「父さん?これは?」
「あぁ、これは父さんと母さんが貯めたへそくりだ。持っていきなさい」
「こ、こんなにたくさん…」
フィオの両手には収められないくらいのお金が袋に詰められていた。
「フィオ、面倒を見てやれない代わりと言ってはなんだが。いつか役に立つ時が来るだろう」
「父さん、母さん。ありがとう…僕…頑張るね」
フィオは袖を濡らしながら覚悟を決めた。二人達の期待に応える為に。そして二人を後悔させない為に。
「もう出発か。あっという間だったな」
「フィオ。失礼のないようにするのよ」
「うん。大丈夫だよ!…行ってくるね!」
扉を開けると向こうに手を振るニーナと馬車が見えた。
「フィオ君、もう準備はできた?そしたら馬車に乗って」
「うん」
馬車に乗った時、遠くから何かがこっちに走ってくるのが見えた
「いつか帰ってくるんだぞぉぉー!いつでも待ってるからなー!!」
フィオの後ろから父の声が聞こえてくる。この時、フィオはやっと旅立つということを理解した。
もう二度と会えないかもしれない、考えたくないが人一人の命なんて儚いものだ。何があるか分からない、そんな世界でフィオはどうしても伝えなくちゃいけないことがあった。
「絶対!!絶対帰ってくるから!!…ぜったい…だから…待ってて…!!」
――きっと伝わったはずだ。親の気持ちも子の気持ちも。だからきっと大丈夫だ。
◇◆◇◆
「じゃあ改めて自己紹介でもしようか」
馬車の中にいるのはフィオ、ニーナ、護衛のローランの三人だ。
「まずは私ね。私はニーナ、二年前に帝国の宮廷画家になったんだ。そん時十七歳だったから、今は十九歳だね。ってことでよろしくねフィオ君!」
「…私はニーナ様の護衛という任を預かったローランだ。いや、今の私に護衛と名乗る資格なんてないか…はぁ…とんだ失態だ…」
ローランはニーナの右手を見て苦々しい顔をした。
「あっあの。ごめんなさい!本当に…」
フィオは青い顔をして縮こまる。
「もう!いいでしょその話は!それより話さなきゃいけないことはたくさんあるでしょ!」
ニーナはむくれた顔でローランの肩をポカポカ叩いた。
「す、すみませんニーナ様」
「うむ。では気を取り直して……うーん、そうだなぁ。話すことがいっぱいありすぎるからまずはフィオ君の中の疑問を消化しようか。何か私に聞きたいことはある?」
そうだ。フィオは聞きたいことがたくさんあった。まずは…
「なんで…なんで僕なんかを連れていくの?」
なぜフィオなのだろうか。養子にすると言っていたが、もっと血筋も能力もある子供はいっぱいいるはずだ。
「なんで、か…そうだなぁ。多分…私は君にチャンスをあげたかったんだろな。それに君にチャンスをあげられるのは私しかいない…って思ったんだ。私は自由に生きるのがモットーだから、そんな私から見れば君はどうしようもなく不自由に見えた。右手が無くなった今なら私にも分かる気がする、絵が描けないのはとっても不自由だ。ま、君と私じゃ勝手が違うけどね」
不自由。フィオはそんなこと考えたことがなかった。呪いはフィオにとって当たり前のものだったから。
「それで?他には?」
「えっと…僕達はどこに行くの?母さんや父さんにはいつ会えるの?」
「今向かっているのは帝都より少し南にある私の実家だよ。話が上手くいけば君の第二のお家になるところだね。ちょ、そんな怖がらないでよ!私のお願いだったら父上は絶対頷いてくれるから!」
フィオは不安になってバッとローランの方を見た。
「ニーナ様の仰ったことは本当だ。安心していい」
「ねぇ!なんか私が信用できない奴みたいじゃん…!えーっと、そうだ…君が帰ろうと思えばいつでも帰れるはずだよ。そんな時間があればね」
何か含みのある言い方だった。ただ、フィオはそれよりも聞きたいことがあった。
「じゃあ…最後にもう一つだけいい?」
「うん」
「どうすれば僕の呪いは治るの?」
これは以前のフィオなら考えもしなかったことだ。
ニーナとの出会いで自分が不自由なんだと気づいてしまった。ニーナのようになりたいと思ってしまった。どうしても絵が描きたいと願ってしまった。
今のフィオの心には熱い思いが溢れていた。
「そうだね、当然の疑問だ。さっきチャンスをあげるって言ったばっかだしね。ただ勘違いしちゃいけないのは、私が直接呪いをどうにかする訳じゃないってこと。私があげられるのは君が呪いを解くための挑戦権ってとこかな。呪いを解けるかどうかは君の頑張り次第だよ」
そしてニーナは懐からサッと杖を出した。
「そこで鍵になるのが君の固有魔術だ」
「こゆうまじゅつ…?」
「そう、君は絵を描くことで魔法を発動できるみたいだね。おそらく呪いの副産物のようなものかな?なんにせよそれを活用しない手はないね」
「えっと…」
「ごめんごめん。まだちょっと早かったかな」
フィオの頭は混乱し始めていた。ニーナもそれを察したようだ。
「まぁ、それはおいおいだね。それよりなんか私眠くなってきちゃった」
「今朝は早起きでしたからね」
「うん。ごめんローラン膝借りるね」
そう言ってニーナはものの数秒で眠ってしまった。
(これが自由に生きるってことなんだ…!僕も見習わないと…!)
フィオは大きな勘違いをしていた。
ニーナが眠り、静かになった馬車の中でフィオは思いを馳せていた。
考えてみるとフィオは村から一度も出たことが無かった。馬車の中から外を眺めていると、そんないつもと違う景色が広がっているのだ。
(あれは、僕らのと違う村だ!あ、あっちは大きい町だ…!)
これから新しい生活が始まる。フィオは新鮮な景色を見てその事実をひしひしと実感していた。




