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虚白のキャンバス  作者: ラクスイ
侯爵家編
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十話 五人目の家庭教師?

「え!?右手が生えるんですか!?」

 神父の言葉にニーナ達は驚いた。

「ちゃんと話は最後まで聞くのです。貴女の右手が復活するために必要なモノは三つです」


――ゴクリ…


 買い物をした後、ニーナの用事でアルバスの教会にやってきた一行であった。半分ダメ元で来たのだが、思わぬ収穫があった。まさか右手が治る可能性があるとは…


「まず一つ目は聖女様の力です。完全に欠損した部位を治す治癒魔法を使えるのは…世界で彼女ただ一人でしょう」

「…二つ目は?」

「二つ目は大量の魔石です。体を再生させる程の大規模な魔法となると、聖女様自身の魔力量では足りません。外部からの供給が不可欠です」

 雲行きが怪しくなってきた。さっき魔石がほんの一欠片使われた塗料に一喜一憂していたニーナである。大量の魔石なんて考えたくもない。

「…み、三つ目は…?」

「三つ目は聖女様を見つけて説得するまで諦めない根性…といったところでしょうか」

「え?どういうこと?」

 何故か急に根性論になってしまった。彼は何を言っているのだろうか。


「この情報は本来外部の人間に話してはいけないのですが…侯爵家の貴女になら構わないでしょう。簡単に言うと、今代の聖女様は何処にいて、何という名前なのか…そういったことが判明していないのです」

「「………?」」

 一同は神父の言っていることが理解できずに固まってしまった。だが、ヴァルテルは何かを思い出したようだ。

「あ……!私はどこかで聞いた記憶があります。聖女とは身分を指す言葉ではなく、能力を指す言葉であると。つまり…聖女とは呪子(カース)と同じように、先天的なものであるということですね?」

「はい。全くもってその通りでございます。先代の聖女様がお亡くなりになってから五年が経ちましたが…未だに今代の存在は確認されておりません。自身の能力に気づいていないのか…気づいた上で正体を隠しているのか…何とも言えません」

「なるほど…色々教えてくれてありがとうございました!」

「いえいえ、貴女方に神の御加護があらんことを」


 難しい条件があるとはいえニーナの右手がまた使える可能性があると分かった。それだけでも朗報であった。ニーナの当面の目標は聖女を見つけることとなった。


「ニーナ先生、僕も頑張って聖女様を探すよ!右手がなくなったのは僕のせいだから!」

 帰り道、夕陽が射し込む馬車の中。フィオはニーナにそう言った。

「そっか。ふふ、じゃあ期待してるね」

 ニーナは微笑んでフィオの頭を撫でた。



◇◆◇◆



「おはよーフィオ君。何描いてるの?」

「あの鳥だよ!あの灰色のヤツ!」

 家庭教師の初回授業が一通り終わった後の週末、庭でのんびりと絵を描いているフィオであった。

「ハトのことか〜。おおー!中々可愛く描けてるね!よし、私も一緒に描こうかな」

「そうおっしゃるかと思い、事前に道具をもう一式用意しております」

 ヴァルテルがそう言って紙と羽根ペンをニーナに渡した。


「え!?あ、ありがとう……」

 気が利きすぎて恐ろしいとさえ感じるニーナだった。


――シャーッ…シャーッ!


 暖かい風の音や小鳥のさえずりと共に、二人が羽根ペンを走らせる音が庭に響き渡る。

 フィオが隣で描いているニーナの絵をチラッと見ると、驚きで思わず声が出てしまった。フィオの何百倍も上手かったのだ。

 いや、フィオも分かっている。ただの五歳のフィオと宮廷画家のニーナとを比べるのは烏滸がましいとさえ思う。だが……ニーナはつい先日利き手を失ったばかりだ。

「凄い…!利き手じゃなくてもそんなに上手く描けるなんて…」

「うーん…そんなことはないよ、謙遜でもなんでもなく。あ…そうだ!じゃあ五人目の家庭教師として私がフィオ君にお絵描き講座をしてあげましょう!」

「うん!お願いニーナ先生!」

 家庭教師が一人増えてしまった。五人も家庭教師がついている子供なんてこの世界でフィオだけだろう。ニーナのは無料だが。


「じゃあ聞くけどフィオ君、私はある条件下では右手で描く絵と遜色ないものを左手でも描ける…と言ったらそれはどんな条件だと思う?」

「…うぅ…分かんないよ…そんな魔法みたいなことあるの?」

「魔法か…面白い答えだ。ヴァルテルは?なんか分かってそうだね」

 ヴァルテルはいつもの穏やかな笑顔で答えた。


「時間を考慮しない…という条件でしょうか。失礼ながら、いつものニーナ様であれば今の数十分間で三羽は描いていらっしゃったかと」

 フィオはヴァルテルの言葉を聞いてフィオはニーナの絵を見てみた。たしかにニーナのハトはまだ半分程しか描かれていなかった。


「正解!そう…時間だよ。フィオ君、一つ君にアドバイスするとすればそれだね。気が向いた時に長〜〜い時間をかけて絵を描いてみるといいよ。でも、本当に気が向いた時でいいからね!君には楽しんで絵を描いて欲しいし、私の教えが苦になってしまったら元も子もないもん」

「そっか…分かった!今度やってみる!でも、なんで時間をかけると上手く描けるの?」


「そうだね…例えば、剣の達人がいたとする。その達人は複雑に、そして高速に剣を振るうことができる。私達はそれを真似することはできないだろうか?否、速さを全く考慮せずにゆ〜〜っくりであれば…ある程度似た動きは再現できるだろう。っていう逸話があるんだけど。絵を描くことに関してはこれで十分なんだよ。何故だと思う?」

「もしかして…相手は動かないから?」

「そう!達人同士の闘いで速度を考慮しないなんてありえないけど、絵を描く上で相手になるのはピタリとも動かないキャンバスだからね。焦って描いても無駄だってこと!」


「……焦っても無駄…なんか分かった気がする…!」

 フィオはキラキラした目でまた絵を描き始めた。ニーナとヴァルテルはその様子をニコニコした笑顔で眺めていた。


 少し時間が経ち、太陽が真上に昇った頃…


「「完成!」」


 ほぼ同時にフィオとニーナが羽根ペンを地面に置いた。


「これはこれは…二つとも素晴らしい作品ですね」

 ヴァルテルが褒めると二人は期待のこもった眼差しで彼のことを見た。

「具体的に!どう素晴らしいの?」

「ふむ…そうですね。まずフィオ様の作品は、細部の書き込みが丁寧ですね。羽の模様やクチバシの形まで、よく観察して描かれています。ニーナ様の作品は…何かこう、生き生きとした風情を感じます。ハトが本当にそこにいるかのような…なぜこうもリアルなのでしょうか」


「明暗のコントラストを強めてみたんだよ。実際の景色より誇張してね。現実をそのまま描かないことで逆にリアリティが生まれることもあるんだよ。面白いよね」


 凄い。フィオにはまだレベルの高い話かもしれないが、頭に入れておいて損することはないだろう。それより驚いたのはヴァルテルの発言だ。

「もしかしてヴァルテルも絵が上手いの?」

「上手いよ!」

 ヴァルテルが答えるより先にニーナが口を挟むと、彼は困ったように笑った。

「決してそのようなことはありません。ただ…多少観察眼に優れていると自負しております故、簡単なスケッチであれば得意と言ってもいいかもしれませんね」


「そうなんだ!じゃあ来週は三人分の道具を用意してね!」

「…承知いたしました」

 フィオの眩しい笑顔をヴァルテルは拒むことなんてできなかった。


 こうしてフィオは一週間のうち五日も家庭教師による授業を受けることになり、怒涛のハードスケジュールが幕を開けたのである。


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