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一話 宮廷画家

 ―――シュッ!サーーーッ!シャシャッ!


 少年は蜂が飛ぶような速さで羽根ペンを走らせる。とてつもない集中力だ。そして目の前の風景とパレットをよく観察しながら、綺麗な色を作りペタペタとキャンバスに塗ってゆく。塗るにつれて少年の集中力はさらに増していき、やがて一枚の風景画が完成する。


 見事な一枚である。青い空、白い雲。そして緑の草木達。だが誰もが唸るような美しく描かれた絵画とは対照的に少年の顔は薄暗い。なぜなら…


 ―――サーーッ…………


 少年が描いた美しい世界は嘘のように消え失せた。線は形を失い、色は空気へ霧散した。とうとう少年の目の前には新品同様のキャンバスだけが残された。


「もう……僕には無理なのかな」



◇◆◇◆



 大陸の北部に広がる大帝国の一角。寂れた村に今日もまた一つの生命が芽吹いた。


「フィオ…!フィオっ…!貴方見て!フィオが笑ったわ!」

 優しい顔をした女性は、夫ともに息子の誕生に喜びを隠せないでいる。

「あぁリーア…!たしかに今俺を見て笑ったぞ!」

 二人は狭い平屋の一室で、キャッキャと嬉しそうに騒ぎ散らかし、幸せを噛み締めた。二人にとっては念願の第一子であった。


「……」


 フィオはその大きな目で不思議そうに両親を眺めている。その時二人はあることに気づいた。否、気づいてはいたがあえて触れていなかった。わざわざこの幸福感に水を差す必要はなかったからだ。


「あの…ゴードンさん、リーアさん。フィオ君は…」

 出産に立ち会った年老いた町医者は話かけるタイミングをずっと伺っていたが、ついに切り出した。途端に二人は真剣な顔になる。


「フィオ君は…呪子(カース)だと思われます。何らかの呪いが刻まれている。専門的な事は分かりかねますが…これは明らかに…」

 緊張した面持ちで町医者が言いづらそうにそう言った。

「あぁ…分かっている。ターナーさん、別にあなたが気負う必要はないんだ。知識のない俺達でも見たらわかるよ」

「…フィオ…」

 夫婦は表情こそ取り繕ってはいるが、どうしても不安気な様子だ。二人は今一度息子の顔を覗き込んだ。


 フィオの身体は真っ白なキャンバスののようだった。


 父のゴードンは黒髪、母のリーアは焦茶髪である。絶対に白い髪の子は産まれてくるはずがない。それに肌も両親のものより薄い色をしている。誰がどう見ても異質だった。


「リーア……」

「分かっているわ貴方。大丈夫よ。フィオは私達の大事な子よ。呪われてるかどうかなんて関係ない」

「あぁ、もちろんだ。そんな些細なことは関係ない。きっとそうさ」

 二人は強く抱き合ってそう言った。


 幸いなことに、フィオは親に恵まれた。異質であることには変わりない。それでもそこら辺の男の子と変わらぬように普通の生活をし、両親からたくさんの愛を注がれ、すくすくと成長した。


 ただ、やはりどうしても普通の子と同じようにはいかなかった。転機はフィオが五歳の時に突如として訪れた。


「母さん!ちょっと散歩してくる!」

 そう言ってフィオは小さい体で外へ飛び出す。

「すぐ帰ってくるのよ!分かった〜?」

「はーい!」

 フィオは元気にそう返事をする。呪いのこともあってフィオは産まれてからずっと母から愛のある監視を受け続けてきた。それでも未だにこれといった重大な症状は現れていない。強いていえば多少日差しに弱い体をしているくらいのものだ。


 と、そんな母も二歳の妹の相手につきっきりだ。やっと一人でのびのびできる時間を得たフィオは、家の近くの見晴らしのいい丘へやってきた。

 フィオはここからの眺めがお気に入りだった。大帝国の西部に位置するこの村の付近には大きな山脈がある。その雄大な山々がフィオは好きだった。そしてそんなフィオと同じ考え持った者がもう一人いたようだ。


 大人の女性だ。大人と言ってもフィオから見ればの話で、母のリーアよりは十歳くらい若そうだ。ふわふわと波打つ漆黒の長い髪は朝日に照らされて輝いている。

 彼女は木製の小さな椅子に座って何やら忙しなく右手を走らせている。不思議に思ったフィオは恐る恐る近づいてみた。


 彼女は絵を描いていたのだ。爽やかな春風に包まれながら、遠い山々を目の前のキャンバスに写し取っていた。


「あ、あのっ…!」

 フィオは勇気を振り絞ってその黒髪の女性に話しかけた。だが女性は気づかない。恐らく絵を描くのに夢中になっているのだろう。

 五分くらいフィオはそのまま気まずそうにモジモジしていた。その時女性の視界に不自然な白が映りこんだので、やっとフィオの存在に気づいた。雲一つない晴天の今日に、フィオの真っ白な髪はさぞ目立ったはずだ。


「ん?えっ……子供?村の子かなぁ…って君とっても綺麗な髪だね。この絵に興味ある感じ?」

 思ったより気さくな人だった。絵を描いている横顔を見た時は大人だと思ったが、フィオの見立てよりさらに若いかもしれない。フィオはホッとした様子だ。

「うん…!凄い!どうやったらそんなふうに出来るの?」

 フィオは目を輝かせながらそう言った。その様子にどうも女性は胸を打たれたらしい。

「うぅ…やっぱり子供の素直な感想は刺さるなぁ〜。へへっ…そんなに凄い?ふーん…そっかぁ。ふふ…教えてあげちゃおっかな〜」

 ニヤニヤしながら女性はずいっとフィオに顔を近づけた。

「ねぇ君、名前は?」

「フィオだよ」

「そっか、フィオ君ね〜。私はニーナだよ。君にだったらニーナ先生と呼ばれてもいいかな〜…ふふ」

 ものすごく期待を込めた目でニーナはチラチラと見てきた。

「うん!ニーナ先生!教えてください!」

 ニーナは満足気にフィオの頭を撫でた。

「よし、分かった!じゃあニーナ先生が教えてあげましょう。君を一人前の画家にしてあげる」

「ほんと!?約束だよ!」

「うん、約束ね!じゃあまた明日ここにおいで」


 こうしてフィオはニーナから絵を教わることになる。


 その晩フィオは家族みんなにこのことを自慢しまくった。二歳の妹のソフィアは理解できているか怪しかったが、それでもみんなフィオの成長を素直に喜んだ。

「リーア、良かったな…」

「そうね!とっても楽しそうよ」

 子供達がぐっすりと眠りについた後、夫婦は静かな夜で感慨にふけっていた。

「聞くところによると明日から本格的に教えてくれるそうじゃないか」

「ええ。彼女にはちゃんとお礼をしなきゃいけないわ」

 つい最近この村にやってきたという旅人、ニーナの事だ。

 夫婦は一晩中飲み明かした。息子の将来を願って。



「え?どうしたの…フィオ…」

 その最初のレッスンの日、家を出てから数時間でフィオはニーナと一緒に帰ってきた。リーアが驚いたのはフィオの顔が涙でぐちゃぐちゃに濡れていたことだ。隣のニーナも悲痛な表情だ。リーアは家事をほっぽって急いでフィオを抱きしめた。裏庭で薪を割っていたゴードンも何事かと駆けつけた。


「……何が…あったんですか…?」

 リーアはニーナに顔を向けた。ニーナもニーナで辛そうだ。リーアはその顔を見ただけで原因がニーナではないことを悟った。それなら間違いない。ついに呪いの影響が出たのだろう。


「なんというか、呪いですね…ふむ、あなた方の髪色を見て確信に変わりました。ただ、私も絵が描けない呪いなんて初めて見ました」

 夫婦はニーナの言葉を聞いて呆気にとられた。彼女は今絵が描けない呪いと言ったのだろうか。

「えっ………それ…だけ…?」

「はい。まぁざっと言えばそれだけですね」

 夫婦はなんと言えばいいのか分からないような複雑な気持ちになった。その程度の呪いだったらまだフィオにとっては良かったのだろうか、と。だがまだニーナの話は終わらなかった。


「ただ!フィオ君も運が悪い。私と出会ってしまったのが運の尽きでしたね」

「え?それはどういう…」


 刹那。夫婦はニーナのことを改めて見て違和感を覚えた。彼女の格好だ。彼女の衣服はそこら辺の旅人とは比べ物にならないほど高貴なものであった。

 先程の悲痛な表情から打って代わり、泣きじゃくるフィオの顔を悪戯な笑顔で見下ろしながらニーナは話を続ける。


「これが運命のイタズラというヤツでしょうか。絵を描くことの出来ない彼は不幸にも私の絵を見て憧れてしまったんですよ。世界三大画家であるドラヴェス帝国宮廷画家のこの私。ニーナ・ファルネーゼの絵をね」



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