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第五話


 「ふぅ......よしっ」


 朝食の分の皿を洗い終わり、一息つくとまた寝室へと向かう。少女はどうしているだろうか。スーレィは心を少し躍らせながら階段を駆け上がる。

 寝室に着くと、少女はまたビクッとし、少し怯えた顔で布団を握ってこちらを見ている。しかしスーレィは先程の少女の顔を覚えている。


 ━━まだ私に安心していないだけ。こういうときは、時間をかけてゆっくりと。大丈夫━━


 スーレィは内心をそう整理しながら敷布団に座ると、(おもむ)ろに話を始める。


「まだ、身体は痛い?」


 少女は一瞬ビクッとすると、ちょこんと頷く。それをスーレィは見ると続けて、


「喉も?しゃべるの、辛い?」


 少女は喉に手を当てると、少し辛そうな顔をした。


「そっかぁ......つらいよね......ちょっとまっててね」


 立ち上がると、スーレィは棚から錠剤を一つ取り出す。そして、何をしているのだろう、とこちらを窺う少女を横目に、机の上の水を紙コップに入れると、


「はい、あ〜んして?」


 と、またベッドに乗って少女に言う。少女はまたも怯え、少し戸惑うが、素直に口を開ける。そこにスーレィは錠剤を入れ、水を入れて流し込んでやる。けほっ、けほっと少女は少し咳き込んだものの、無事に飲み込めたようだ。少女は少し不思議そうな眼を向ける。


「よくできました♪ 今の、喉を治すおくすりなの。またお昼ごはんとか食べた後にも飲もっか......身体痛いなら無理して動かないで、お布団でぬくぬくしててね......♪」


 そう言うと少女は何故か眼を見開き驚愕し、恐れ多そうな顔を向ける。スーレィはその様子に全く気づかず、また紙コップに水を注いで机の上に置くと、また敷布団に座る。


━━まだ、踏み込む段階ではないね。こういうときは......━━


 少し考えると、少女に眼を向けて話を再開する。


「そのお布団、あったかいでしょ。気に入ってくれた?」


 少女はその布団を握りながらこくこくと頷く。


「昨日はゆったりと寝れた?実は、私も隣でねちゃって......」


 少女は昨晩を思い出す。人と寝るのは、忘れられないあの日の夜以来だった。


「気づいたら朝だったね......!」


 少女は仰向けのまま、目線を落とす。次の日には......


「......およよ? どうしたの?」


 スーレィの声が少女の耳をすり抜けていく。


「......わっ!!!」


「!?」


「だ、大丈夫......?」


 驚かせる声でやっと少女は気がつく。そしてこくこくと首を縦に振るので、スーレィはホッとし、また話そうとする。


「!! うう......」


 しかし今度は少女が下半身を向いて少し恥ずかしそうな顔をする。スーレィはなんだろう?と思うと、少女がうずうず、もじもじし始めた。あ、っとスーレィは察し、


「一回ごめんね......んしょっ!」


「!?」


 また少女を抱きかかえると、一階のトイレに向かい、座らせる。少女は、抗いこそしないものの怖がっていた。


「ええと、とりあえずしていいよ......終わったら、このドアをコンコンしてね」


 少女がびっくりしないように下を脱がすと、ぎこちない空気から逃げるようにスーレィは一旦出る。

しばらくしてコンコンと音が鳴ったので戻ると、


「ここを押すと水が流れて〜......ほら!」


 流れていく様子を何故か一緒に見つつ教える。少女はそれを驚きながら見届ける。


「またしたくなったら言ってね! そういえば、無理せず歩ける......?」


 そう聞くと、少女は立ち上がろうとするも、悲痛な顔をして戻る。


「やっぱりそっかぁ......んしょっ。戻ろっか」


 服を元の位置に戻すと、まだ抱きかかえて寝室へ向かう。少女はまだ少し怖がって、顔を背けていた。


 ━━なにか、触れちゃったかな。気をつけて、じっくり話さないと......━━


 スーレィは認識を改めた。この少女が傷ついているのは、身体だけではない。寝室に戻ると、部屋は少し暗くなっていた。


 ◇ ◇ ◇


 一階からの足音が大きくなる。また白い女の人が近づいてくる。少女は、姿勢は仰向けながら痛む身体を強張らせる。いや、強張る。


 「ぅ......」


 あの人が入ってくると、思わず少しだけ声が漏れてしまう。怖がっていたのは......なんとかバレなかったようだ。その人は布団に座ると口を開いた。


「まだ、身体は痛い?」


 ここは素直に答える。


「喉も?しゃべるの、辛い?」


 辛い。か細い声しか出せない。喉に手を当てると痛い。


 ━━はなすの、こわいのです......━━


 何をされるか分からないのです。怒らせたり、嫌な思いをさせたら、傷つけられるか、追い出されて、次こそこの知らない世界であてもなく息絶えるか。この人からは、優しい香りがするのです、きれいな眼で、まっすぐわたしを見ているのです、けど、ある日を境に血の香りがして、まっすぐわたしを突き刺す目をするかもしれないのです。


「そっかぁ......つらいよね......ちょっとまっててね」


 そんなわたしの想いを見てくださったからなのかわからないのですが、あの人はわたしに同情してくれたのです。


 こんなわたしなんかに、どうして......あれ、なにをしているので......


 立ち上がったあの人が、次は何をするのか怖くて、思わず見てしまうのです......あ、あの水を......


「はい、あ〜んして?」


 ......今度は美味しくはなさそうなのです......でも、逆らったら......

 ......うっ、けほっけほっ、これはいったい......


「よくできました♪ 今の、喉を治すおくすりなの。またお昼ごはんとか食べた後にも飲もっか......身体痛いなら無理して動かないで、お布団でぬくぬくしててね......♪」


 ......え......どうして......わたしなんかに、おくすりまで......? わたしなんかには、手も出せないようなものをどうして......うう......こわいのです......


「そのお布団、あったかいでしょ。気に入ってくれた?」


 考えるのをやめて頷く。


「昨日はゆったりと寝れた?実は、私も隣でねちゃって......」


 ......やっぱり夢ではなかったのです......あれ、わたし、いつぶりに人と......


「気づいたら朝だったね......!」


 ......ううっ......次の日に......あの、いたいことされる部屋で......わたしの、ともだち......


「......およよ? どうしたの?」


 ......いっしょに、おうちにかえろっ、ってやくそくしたのに......


「......わっ!!!」


 !?あ......


「だ、大丈夫......?」


 ......よかったのです、おこられない......


 少女の頭は、消えることのない、耳にこびりついた悲鳴に染められた過去と、スーレィのこととが渦を巻き、得体のしれない恐怖に襲われていた。


━━この人は、信じていいのです......?━━


 まっすぐで、どこか物寂しげなこの人の目に、少女はただただ見つめられていた。

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