第一話
澄んだ空気の山。その中の舗装道路を木漏れ日が照らし、古びた白いガードレールが山林と道路とを隔てている。わずかに吹く風が涼しく、午後の太陽が心地よい。
「ふんふふ〜ん♪ 今日はあったかいね! 山の涼しさと合わさって、丁度いいかも!」
そんな中を歩く少女が一人。白く長い髪、その瞳は翠色。長身でスラッとした体型、なにより若さが溢れ出ている。
この少女の名はスーレィ。ハイキング用の服や荷物を身に付け、帽子とカメラを頭に付けながら、誰かに元気に話しかけるように歩いている。
というのも、スーレィは今は配信中。ビッグテック超えの会社の社長であるにも関わらず、活動を欠かさず、広い世代からの人気を得ている。今日は、廃トンネルを巡る旅のようで、自然に囲まれゆったりと歩く様子を届けている。
「お〜! きれい! みんなも見えてる? もうこんなところまで来たんだ......!」
遠目に市街地が見える。やはり高所からの眺めはよく、山の自然とコントラストを描く。
「あっ! トンネルもある! ここ、色々トンネルが沢山あって面白いんだよねぇ......! 廃トンネルだし、ちょっぴり怖いけど」
市街地を眺め終わりまた前を向くと、ちょうど廃トンネルが見えてくる。苔が生し、木の枝は垂れ、少しヒビが入った出で立ちは、まさに廃トンネルらしい風格を持つ。
「おお......やっぱり真っ暗だぁ......少し長いのかな? 奥がまだ明るくないかな」
気圧されながら近づくと「第八......」とトンネルの名前の一部が分かるが、苔が隠して分からない。トンネル内は奥まで暗闇が広がり、妙に不吉な予感がする。
「お、おばけとか出ないよね......出ても怖くないよ!?」
と、視聴者に顔を映しながら言う。
「こんなトンネル、こんなところにあったっけ」と地味に怖いことをコメントする人が現れ、「ええ!? やめてよ〜!」と言いながら、少しだけ神経をとがらせて入ろうとした、その時。
━━ガサッ、ガサガサッ......
何か擦れたような、動いたような音が左から聞こえる。
「ひっ!?」
と思わず身体をすくめつつ、音がした方に反射的に向く。
「......? なに、あれ...... ......あ! みんな、気になるかもだけど、もし変なのだったらアレだし、一回カメラを止めて、私が確認するね!どんなのか、音で当ててみてね!」
何かに気づくが、好奇心を抑制し、先ずは安全策をとり、カメラを止めてから確認に行く。ガードレールの向こう側の下に、妙に縮こまるなにかを、スーレィは見逃さなかったのだ。
恐る恐る近づく。山ゆえ何がいるかはわからない。熊は出ていないと調べたが......
「......えっ、うそ......」
恐る恐る、覗き込むように見ると......そこには人の身体。無惨に傷つき、麻のような服はところどころ破れ、怯えるように縮こまっていて。
「なに、これ......」
そして、どんな図鑑でも見たことはない、人にはない、猫のような耳を持ち、倒れる少女の姿がそこにはあった。
スーレィは呆然とし、驚きやら恐怖やらで混乱する。されど手は伸び、少女の肌に、そっと触れる。
「!......まだ、あたたかい!息遣いもある!」
生きている。生きている! こんな姿の少女が、ロウソクの火のように、命を灯し続けている。スーレィはその事実で我に返り、胸が高鳴り、焦り、どうすべきか急速に思考を加速させる。
「......まずは......んしょっ。 こうして、そして水を...... ......!?」
このままだと何もできないので、痛くないよう優しく仰向けにさせ、登山用兼緊急時用の経口補水液のペットボトルを取り出したその時。
「......ぁ ......ひゅぅ......」
息遣いが聞こえる。僅かに瞼を開き、こちらを向く。その眼は灰色。息を少しでも取り込もうと、小さく、懸命に口を開けている。頬に傷があり、痛いだろうに......
「のど、乾いてる? ほら、これ......」
落ち着くように話しかけながら、キャップを開け、干天の慈雨のように、優しく水をその口に流し入れる。
「んっ......っ......ぅ......っは、はぁ......」
少女はそれを精一杯取り込むように飲む。飲み干すと息を吐き、横を向く。
「ふう......あ、ごめん、ちょっと配信、中断することになるかも......ごめんなさい!何があったかは、また後で!」
その様子を見て安堵すると、配信のことを思い出し、断りを入れて配信を終える。今は、この少女を救うことに注力したいのだ。
「さて......呼ぼっかな。数分で来るはず。」
そうしてスマホを取り出して車を呼ぶ。今やAIと自動運転技術は急速に発展している。スーレィは予め緊急時に備え、現在地に最も近い駐車場に30分ごとに移動するように設定していたのだ。
「少し待っててね......キミを助けるから......」
こんな僻地だと救急車を待つのは時間がかかりすぎる。それにこの獣耳っ子に医療が通じるかも分からない。ならば、幸い傷はどれも浅いので、家まで送り保護しようとスーレィは考えた。
「ひゅ......っ......ん......」
一方少女は喉も満たされたこともあり、目を閉じて落ち着いている。このまま眠ってしまいそうでもある。
「......どうしてこんな子が、こんなところで、こんな......」
車を待つ間、そして車が来て、すっかり眠ってしまった少女を乗せ、共に家に向かう間。スーレィは夕陽に照らされ、少女を見つめながら、ただそのことばかりを考えていた。




