戦力外通告を受けた戦士、無人島でチートスローライフを始めたら英雄になった件
これは、ギルドから追放された戦士がいきなり無人島で英雄になった話だ。
「カズマ、お前はクビだ」
十七歳の俺が、ギルドマスターのジジイにそう告げられたのは、冒険者になって三年目のことだった。
理由は単純。戦闘スキルが低すぎて、パーティの足を引っ張るから、だそうだ。
確かに俺は剣も魔法も下手くそだ。
だが、それ以外のスキルなら誰にも負けない自信がある。
採取スキルレベル99、建築スキルレベル99、自然回復レベル99、罠設置レベル99——
戦わない系スキルだけは、なぜか異常に高い。
「無人島行きの船を用意してやった。せいぜい静かに暮らせ」
ジジイはそう言って、俺を小さなボートに放り込んだ。
三日後、俺は本当に無人島に流れ着いた。
「まあ、いいか」
砂浜に寝転がって空を見上げる。
青い空、白い雲、どこまでも広がる海。
ギルドでこき使われるより、こっちの方がよっぽど快適だ。
俺はさっそくスローライフを始めることにした。
まずは住居の確保。
採取スキルを発動すると、目の前の木々がキラキラと輝いて見える。
スキル持ちには素材の良し悪しが一目瞭然なのだ。
最高級の木材だけを選び、建築スキルで組み立てる。
気づけば三時間で、二階建ての立派なログハウスが完成していた。
「うん、我ながら完璧だな」
次は食料。
海辺で釣り竿を垂らすと、五分で巨大な魚が釣れた。
採取スキルのおかげで、魚の居場所が手に取るようにわかるのだ。
さばいて焼いて食べる。うまい。最高だ。
こうして俺の無人島スローライフが始まった。
一週間後、島には立派な菜園と井戸、それに温泉まで完成していた。
地下水脈を探すのも、温泉を掘り当てるのも、採取スキルがあれば簡単だ。
「ああ、天国かここは」
温泉に浸かりながら、俺は心の底から満足していた。
そんな風に生活していたある日、浜辺で見慣れない船を見つけた。
ボロボロの小舟が、流木のように打ち上げられている。
「おい、大丈夫か!」
船の中には、若い女冒険者が倒れていた。
茶色の髪を二つに結んだ、俺と同じくらいの年の少女だ。
「う、うう……」
俺は彼女をログハウスに運び、回復スキルを発動した。
すると彼女の体が淡い光に包まれ、みるみる元気を取り戻していく。
「あ、あれ……私、助かった?」
「ああ、無事だよ。俺はカズマ。ここは無人島だ」
「無人島……って、この立派な家は!?」
彼女の名前はリナというらしい。
リナは目を丸くした。
「俺が建てた。腹減ってるだろ? 飯にするか」
俺は釣ったばかりの魚を料理し、菜園で採れた野菜と一緒に出した。
リナは涙を流しながら食べていた。
「おいひい……こんな美味しいもの、初めて食べました……」
「そうか? 普通だけどな」
実は採取スキルで選んだ食材は、どれも最高品質。
料理スキルも地味に高いので、プロ級の味になるのだ。
リナは事情を話してくれた。
新米冒険者だった彼女は、依頼に失敗してギルドから見放され、流されるようにここへ辿り着いたという。
「じゃあ俺と同じだな」
「カズマさんも……?」
「ああ、戦力外通告を受けてここに来た」
「でも、こんなに立派な家を建てられるなんて……」
「戦う以外のことなら、まあまあ得意なんだ」
その日からリナは俺の島に住むことになった。
彼女は掃除や洗濯を手伝ってくれた。悪くない生活だ。
さらに二週間後、今度は若い男が流れ着いた。名前はユウキ。彼もまた、ギルドから追放された戦士だった。
「すげえ、こんな場所があったのか!」
ユウキは島の設備に感動しまくっていた。
俺は彼にも部屋を貸すことにした。
ユウキは力仕事が得意で、畑を広げるのを手伝ってくれた。
こうして俺の島には、少しずつ仲間が集まり始めた。
そんなある日、島に豪華な船が近づいてきた。
甲板には見覚えのある顔——ギルドの精鋭パーティだ。
「よお、カズマ。元気にしてるか?」
リーダーの男、ダリウスが偉そうに腕を組んでいる。
俺が追放される前も、こうやってよく調子に乗っていた奴らだ。
「何の用だ?」
「噂を聞いてな。無人島に立派な拠点があるって。まさかお前が作ったとはな」
ダリウスは鼻で笑った。
「試しに俺たちと勝負しようぜ。お前が勝ったら、この島を認めてやる。
負けたら……島ごと俺たちのものだ」
「勝負?」
「戦闘じゃねえよ。お前、戦えないもんな。島のサバイバル勝負だ。一週間で、どっちがより快適な生活を送れるか」
リナとユウキが心配そうに俺を見る。
だが俺は笑った。
「いいぜ。やろう」
一週間後、ダリウスたちは完全に参っていた。
「く、くそ……なんでこんなに差がつくんだ……」
彼らのキャンプは雨で崩れ、食料は腐り、メンバー全員が疲弊していた。
一方、俺たちは温泉に入り、豪華な食事を楽しみ、快適なベッドで寝ていた。
「採取スキルがあれば、素材の良し悪しがわかる。
建築スキルがあれば、丈夫な拠点が作れる。戦うだけが冒険者じゃないんだよ」
ダリウスは悔しそうに歯を食いしばった。
「……負けを認める。お前は、俺たちより優れていた」
彼らは素直に船で帰っていった。
リナとユウキが飛び跳ねて喜ぶ。
「やった! カズマさん、すごいです!」
「当然だろ?」
その後も、島にはさまざまな客が訪れた。
怪物の群れが襲ってきたときは、罠設置スキルで簡単に撃退した。
盗賊団が襲撃してきたときは、建築スキルで作った要塞で完封した。
嵐が来たときは、自然回復スキルで傷ついた仲間を全員治した。
気づけば、俺の島は「奇跡の島」と呼ばれるようになっていた。
「カズマさんの島に行けば、どんな困難も乗り越えられる」
噂は大陸中に広がり、冒険者たちが次々と訪れるようになった。
俺は彼らに住居を提供し、食事を振る舞い、困ったことがあれば手助けした。
ある日、ギルドマスターのジジイが島にやってきた。
「カズマ……すまなかった」
ジジイは深々と頭を下げた。
「お前を追放したのは、私の間違いだった。
戦うことだけが強さじゃない。お前はそれを証明した」
「別に恨んでないよ。おかげでいい生活ができてるし」
「頼む。ギルドに戻ってきてくれ。お前の力が必要なんだ」
だが俺は首を横に振った。
「悪いけど、俺はここでの生活が気に入ってる。ギルドには戻らない」
ジジイは悲しそうな顔をしたが、納得してくれた。
「そうか……なら、せめてこの島をギルド公認の拠点として認めさせてくれ。
『カズマの島』として、正式に登録する」
「好きにしていいよ」
こうして俺の島は、正式な冒険者の拠点となった。
その夜、リナが俺の隣に座った。
「カズマさん、ギルドに戻らなくてよかったんですか?」
「ああ。ここでの生活が、俺には合ってる」
「私も……ずっとここにいたいです」
リナは頬を赤らめて俯いた。
俺の胸が少しドキッとする。
「ずっといていいぞ。お前も、ユウキも、みんな」
「ありがとうございます……」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
それから数ヶ月後、島にはさらに多くの仲間が集まっていた。
冒険者だけでなく、商人や職人、学者までやってくるようになった。
俺の島は、ちょっとした村のようになっていた。
「カズマ様、ありがとうございます!」
「英雄カズマ万歳!」
みんなが俺を慕ってくれる。
正直、ちょっと照れくさい。
だがある朝、俺はふと思った。
「……ちょっと賑やかすぎるな」
島の奥地に、新しいログハウスを建てることにした。
そこは俺だけの隠れ家。静かに釣りをして、のんびり過ごすための場所だ。
「カズマさん、どこ行くんですか?」
リナが心配そうに訊いてくる。
「ちょっと散歩。すぐ戻るよ」
俺は隠れ家に向かい、ハンモックに寝転んだ。
波の音、鳥のさえずり、風の匂い。
「……やっぱり、これが一番だな」
英雄なんて柄じゃない。俺はただ、ひとりで静かに暮らしたいだけなんだ。
でも、リナやユウキ、仲間たちとの生活も悪くない。
むしろ、かけがえのないものになっていた。
夕暮れ時、リナが隠れ家を見つけてやってきた。
「ここにいたんですね」
「見つかっちゃったか」
「一緒に夕日、見ませんか?」
「……ああ、いいな」
二人で並んで、沈む夕日を眺める。
彼女の横顔が、オレンジ色に染まって綺麗だった。
「カズマさん」
「ん?」
「私、ずっとここにいてもいいですか?」
「当たり前だろ」
リナは嬉しそうに笑った。
こうして俺の無人島スローライフは、少しずつ賑やかで、少しずつ温かいものになっていった。
英雄と呼ばれるようになっても、俺の本質は変わらない。
ただ、のんびり暮らしたいだけ。
でも、大切な仲間がいるなら——それもまた、悪くない人生だ。
島の夜は静かで、星空が美しかった。
明日もまた、いい一日になりますように。
そう願いながら、俺は目を閉じた。




