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第八章

私の暮らしは相変わらずだが、夏は白い砂浜を持つ漁村で過ごし、季節が過ぎれば深い森での暮らしと、毎年変わらぬ生活を送っている。潮風にさらされた漁村は、夏の強い陽射しに輝き、冬に入れば森は静寂の中で雪や霧に包まれる。


泳げることを知った住人は軽装で海水浴を楽しむようになり、海獣がいないと分かると、素潜りで漁を生業とする者も現れた。イリスの鱗を元に作られた魔道具の効果は今も衰えず、海と森の境界に魔物を寄せ付けない、結界のような守りを維持している。


人と過ごす夏の暮らしは楽しいことばかりではなく、自然の摂理による別れも幾度となくあった。私を受け入れ、魔道具の設置を許可してくれた当時の纏め役だったお婆さんは、三年後に老衰で亡くなった。今ではその玄孫世代が漁村を支えている。


もっとも思い出深い世代との別れは、ドベルやイリスも理解していた。特にお婆さんの葬儀では、ドベルが遠吠えで見送り、イリスは静かに佇んで空を仰いだ。かつて玩具を贈り共に遊び、背に乗せた子供たちも、最後に立ち会えた時は、遠吠えでドベルは見送った。


私たちのことは村で代々語られ、親から子へ、さらに孫へと伝えられる。イリスが空を舞う姿が見えると、「今年も来た」と歓迎されるのが常になっていた。高台に建てられた我が家には、険しい道を魚介の土産を抱えて登ってくる住人の姿がある。整備されない道を彼らが登り切ると、私は冷えた菓子や飲み物を出して持てなし、求められればこれまでの出来事を語った。ドベルは村で人を背に乗せて走り回り、玩具を追いかけて共に遊び、イリスは触れられても堂々とした風格で受け止めている。


広場では名物となった網焼き料理が、時と共に形を変え、味も変化しながら続いている。村には宿泊施設もでき、「泳げる海はここしかない」という評判が口伝で広がり、ゆるやかに発展を続けていた。ただ、高台にある私の家は村からは見えず、道も住人しか知らないため、その静けさと文化は変わらず保たれている。


コリンも何度か漁村に遊びに来た。イリスで迎えに行くと、首都ネオンベルベからの往復に六日、滞在は三日で合わせて九日の休息。彼は仕事を離れ、海風の中でのんびりと過ごしていた。村人は彼を偉い人物とは知らず、私の友人として自然に扱っていた。


ただ、その穏やかな暮らしの中で大きな出来事が起こった。――イリスがワイバーンから飛竜へと進化したのだ。


その日の朝、森の気配にわずかな変化があった。しかし敏感なドベルが普段通りであったため、私は大きな異変とは思わなかった。森の主となったイリスを呼ぶと、庭にふた回りも大きな影が落ちてきた。加減が上手くできず、イリスはふわっと降り立つ代わりに「ズドーーン!!」と豪快に着地し、家と工房の一部を壊してしまった。頑丈に作っていたはずの建物も耐え切れず、再び作り直すことになった。


ワイバーンから飛竜へと姿を変えた事実は、組合に大きな波紋を広げた。私はこれまでに記録してきた観察を渡し、使役に詳しい立場の者たちへ判断を委ねた。


私の考えでは、進化の理由は「自分より大きな魔力を徐々に取り込み、馴染ませたことで、イリスの核が成長し、器もそれにふさわしい形になった」というものだ。


イリス自身は喜びと戸惑いを抱きつつも混乱はなく、暴走することもなかった。力加減を誤り、軽く小突いたつもりのドベルが少し飛ばされてしまったことや、家屋の被害はあったものの、記憶も性格もそのままで、使役獣としての関係は変わらなかった。


「同じことをすればどの魔物も進化できるのか」と問われたこともあったが、私は「それは個性による」と答えた。イリスには、敵わない相手に挑む癖があり、勝てないと分かっていても勝負を挑む。その性質が成長を促したのだろう。聞いた者たちは「格上の魔物肉を与えるしかない」と記録に追記し、肩を落としていた。


飛竜となったイリスは、これまで利用していた街の従舎が狭く使えなくなったが、街の外で大人しく座っている姿は受け入れられた。従舎に入れない理由は前足の魔道具で分かり、住人に害を与えることもなかった。


また、ワイバーンを使役する魔物使いは少数ながら存在していた。大陸間を繋ぐ「ワイバーン便」のような仕組みはまだこの地にはないが、彼らは私を先輩として戦術を尋ねに来ることが多い。


「素材を駄目にしてませんか?」

「そうなんすよ!いつものズタズタで」

「習性らしく直りませんね」

「じゃあ乗せてもらう方がいいんすかね?」

「私はそうしてやってきました」


ワイバーンに任せて魔物を狩るのは利益にならないため、乗れるだけ人を乗せて運ぶ形に落ち着いた。その活動は、やがて配達や傭兵の送迎、人の移動を担うようになり、前の大陸のように「ワイバーン便」として発展していくのかもしれない。


進化を遂げたイリスの姿は、多くの者にとって憧れとなった。自分たちのワイバーンもいつかは、と目を輝かせる魔物使いたち。使役獣が進化するという歴史的な事実は、彼らに大きな励みとなり、新たな未来への希望を与えていた。



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