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第七章

避暑地として思い付きから計画した二番目の拠点が完成したのは、秋の終わりであった。山の木々は紅葉を終え、海から吹き上がる風は冷たく、冬の気配が忍び寄る季節である。


外観も内装も整えたが、置かれている魔道具は既存の効果を持つものだけに限り、奇抜さはない。あくまで「家」として自然に完成させた姿であり、住人が自分の家を見守るように建設の過程を眺めていたこともあって、完成後は中を見たいと思うのも当然であった。


家そのものは過ごしやすい造りであるが、備え付けた物は住人でも無理をすれば購入できる程度に抑えた。それでも新築特有の木材の香りと清潔さは格別であり、険しい山道を登り訪れる客人は多かった。迎える際には、私が用意した手作りの菓子や冷やした果実水を差し出した。頬を緩ませ、自然と笑顔が広がっていく様子を見ると、心に静かな満足感が生まれる。


当初は客人たちも無理に手土産を持参していたが、贈り物が多すぎてドベルの寝床に収まりきらず、山のように積み上がった品を見せると、自分たちの過剰さに気づき苦笑した。それ以来、手ぶらで訪れる住人が増え、用意していた玩具で遊ぶ親子連れの姿も見られるようになった。


一方で、私に対する誤解は依然として残っていた。「蛸や珍しい物が好き」という噂のせいで、住人たちはヒトデや河豚など、普段は捨てられてしまうような海産物を厚意として持ってくるのだ。中にはウニまで混じっており、次に何が土産として現れるのか、予測できない楽しみもあった。


また、この拠点まで足を運べない村をまとめるお婆さんや他の年配の方の家も回り、静かに見守ってくれた礼として広場に大きな竈を据え付けた。網を渡し、魚介類だけでなく、これまで保存してきた魔物肉や山菜、野菜を炭火で焼き、香ばしい煙を立ち上らせた。味付けには特製のタレや、山の香草を混ぜた塩を用意した。火と煙、風に乗る香りが人々を惹きつけ、住人だけでなく通りがかった商人まで加わり、大きな宴のような場となった。


竈と網はそのまま残し、「自由に使って良い」と伝えておいた。やがてそれは村にとって新たな商いの場へと変わり、宿泊施設の無い漁村に立ち寄る旅人への名物となった。魔物肉や山菜こそ無いが、海で獲れた新鮮な魚介類を私が考案したタレや香草塩で焼き上げる料理は評判となり、売り上げは漁船の修復や網の新調に使われ、村全体に静かな活気が生まれた。


家の完成を祝い、最後に網焼きを振る舞った後、私は本拠地の森へ帰還した。来年に向けて必要な道具や魔道具を作る計画を立てるためである。そして首都で暮らすコリンに魚介類を土産として届けると伝えると、羨ましがられ、彼は「来年は休息日を利用して訪れたい」と口約束をした。


コリンの医学知識は私の意識の影響を受け継いでいる。ただの治癒魔法に比べ効果が高く再発しにくいと評判で、既にプラチナ帯を越え、国から権威を授与されたという。弟子も増え、多くの人に囲まれる暮らしに慣れたものの、屋敷は小さく、今も自分一人で身の回りを整えているそうだ。既に通信魔道具を渡してあったため、今回はさらに便利な半自動化の魔道具を、負担にならない程度に土産として用意した。


『ー。はい、着きましたか?』

『門の前で待ってるけど、ここまでで大丈夫?』

『迎えに行きます。待ってて』


この日は彼の休息日に合わせた来訪日であり、事前に約束していた土産を渡すための訪問であった。私は彼の家を知らないため街中でも落ち合えたが、彼の指示どおり城門の前で待つことにした。


「お待たせ、中に入って」

「馬車でしたか」


街中を走る馬車は、乗り合いか許可証を持つ者でなければ通れない。コリンは通勤で利用している契約馬車を使い、迎えに来てくれたという。雇っているのは個人ではなく、団体に所属する雇用人だと軽く説明された。


半透明の魔物素材で作られた窓から街並みを眺めると、光を柔らかく通しながら景色を淡く彩る。コリンはガイドのように話を始めたが、内容は名所の説明ではなく、「どこの食堂や屋台が美味しいか」という話題ばかりであった。今日の彼の服装も街人と変わらない平服であり、権威ある治癒師と気づく者は少ないだろう。食べ物の話を屈託なく語るその表情は昔と変わらず、懐かしい安心感を覚えた。


「どうして笑うのさ」

「昔と変わらないなと思って」

「そんな事言うけど、土産だって食い物ですよ」


確かに、と私も笑った。今回の目的は漁村で獲れた海の幸だったのだから。


やがて彼の家に到着した。街の中心部に近い区画であり、防犯上の理由から許可のある馬車しか入れない区域だという。屋敷は広い庭を備えているが、建物そのものは一般的な民家と大きさは変わらず、彼が言うように一人で管理できる規模であった。


まず案内されたのは食堂で、ここだけが客人を通す部屋として使われ、他は素材置き場や寝室になっているとのことだった。食堂は応接室を兼ねており、木製の机の上に持参した土産を並べると、既に冷却効果を持つ魔道具が設置されていた。しかし、数が多く収まりきらないため、私は自身の魔法鞄と同じ仕組みを持たせた特製のパーチを差し出した。


「凄く便利だね」

「使い方は今の魔法鞄と同じなので」


このパーチは持ち主の能力に依存し、彼の知識にある名称しか表示されない。だがその他の効果は同じで、長期保存が可能な大容量の魔法鞄である。彼が普段身につけやすいように、材質や色合いを調整して専用に作り直していた。既に土産を収納した後、彼の知らない名称を教えて本人が覚えると、袋も学習され固定される。人は物忘れをするが、パーチは一生覚えている。正確に中身を把握できる仕組みが働いていた。


「解らないの入れたら不明ってなるね」

「そうなんです。なので手当たり次第入れても困るのは自分です」


説明を聞いた彼は素直に納得し、嬉しそうに微笑んだ。


さらに私がこれまで彼と共に過ごした時に使っていた魔法を魔道具化した品も渡した。その中で彼が特に喜んだのは、空調と汚れを分解する魔道具であった。空調魔道具は核の力に依存するため、冷気や暖気、送風といった効果を持つが、核は貴重で燃費も悪く、一般人が使えるものではなかった。彼もまた高価な魔道具に頼るのを避け、自分の魔法で工夫してきたという。


二日の休息日を彼の家で過ごし、直接顔を合わせて話す中で、互いに言い忘れていた笑い話を交わし、夜更けまで語り合った。そうして穏やかな時間を終え、私は再び街を後にした。



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