第三章
そろそろコリンが遠征から帰る頃だと、昨晩思っていた。すると早朝、まだ朝の光が淡く街を照らし始めた頃、彼が宿屋を訪ねて来た。
「すいません、早く会いたくて」
「いいえ、どうぞ中へ」
久しぶりに会うコリンは、顔つきは以前と変わらないのだが、以前よりも落ち着いた雰囲気をまとっていた。言葉を交わす前から、その姿勢や仕草の端々に、経験を積んだ人間の自信が漂っているのが伝わる。
「素敵になりましたね」
「そうかな?」
白銀の細い杖を腰に下げ、刺繍の施された白のローブにグレーのワイドパンツという、これまで見たことのない衣服を身に着けている。その装いは陽光を受けて柔らかく輝き、彼が歩んできた道を象徴しているようだった。褒めると、彼は照れたように笑みを浮かべ、その笑顔に中身は変わっていないのだと私は安堵した。
彼は訪れたことのなかったネオンベルベで、当初は苦労があったと言う。
「それこそ、傭兵から魔術師なんてって言われたけど。実力だからね」
「では、今は?」
「プラチナになったよ」
傭兵組合と同じ方式で、プラチナが最高位なのだという。それを示す白のローブを、今日はわざと身に着けて来たのだと、彼は少し照れくさそうに打ち明けた。
彼はまた遠征が入っていると話し、休息日は明日までで、今日一日しか時間が無いと名残惜しそうに表情を浮かべる。
「忘れるところでした」
「それは?」
話が盛り上がり、来た目的を果たさずに帰るところだった。私は鞄からトルクを取り出し、箱にも入れずそのまま渡した。
付け方を教えるが難しいようで、後ろに回って鎖を調整し装着させた。
「お祝いかなにか?」
「そう言うことにしたいのですが、そちらは魔道具です」
私も同じ物を見せ、揃いの魔道具だと正直に伝えた。魔道具を作ることを知らない彼は驚いたが、すぐにその用途に興味を持ったので、効果だけを説明した。
「そんな事が出来るんだ…」
「ええ、ルーペ等の看破は無効になってますので、普通にトルクとして通用しますよ」
鑑定のような魔道具が存在する。しかし高濃度の核結晶を用いた魔道具は、通常の核から作られたものでは看破できない。そうした仕組みを理解すると、彼は試したくなったらしい。
「試しに使うので」
部屋を出て扉の外で念話を繋いだ。
『ー。ネアム?』
『はい、ネアムです』
初めての念話らしいぎこちなさはあったが、彼の方からも繋げてもらい、使い方もすぐに覚えたようだ。
「大切にするね」
彼がそう言ったとき、私は満足そうに頷いた。遠征の準備がある彼とは、夕食を彼おすすめの食堂で共にし、温かな料理を味わいながら語らい、その後に別れた。
「では、行きましょう」
「クィ~」
定期的に好物の魔物肉を差し入れてきた効果もあり、今日もイリスは機嫌がいい。
たった一日。しかし、これから先も長い付き合いになる。今後は用があれば念話もある。次に会えるのがいつになるかは分からないが、元気でいて、しかも目標とした地位にまで辿り着いていたことを、私は素直に喜んだ。
我が家が見えてきた。茜色の空の下、イリスもお気に入りのねぐらに戻ったことを嬉しそうに鳴いて喜んでいる。
「では、何かあったら笛を吹きますね」
「クィ~」
体格が増したイリスの羽ばたきは、以前よりも力強く、風圧は嵐のようだった。その躍動感のある風に煽られ、なんと家の屋根が吹き飛んでしまった。イリスは既に遠くへ飛び去り、自分が起こした被害など気づいていないのだろう。
「家も…修復しますか」
魔法鞄から素材を探すが、屋根だけでなく老朽化している箇所があちこちに見つかった。柱のひび、床板のきしみ、壁の継ぎ目の隙間。それらは年月が刻んだ証でもあった。結局、室内の図面は書き直しが必要になりそうだと考えつつ、吹き飛んだ屋根を仮に被せ、家へと戻った。