表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/29

第二十九章

何とか形になったテンバ。森で健やかに育ち、かつて痩せていた面影は消え、卒倒し失神する癖もなくなった。


四季の移ろいを経て得た逞しさは確かなもので、朝の陽光を浴びれば毛並みが水面のように艶やかに輝き、木々の影が差すたびにその筋肉の陰影が際立つ。


その姿は、ドベルと並べば首輪の色でしか区別がつかないと、組合の職員が皆口を揃えるほどであった。


テンバもドベルと同じ雄である。使役試験合格を機に協力し合った二体には、新たに魔道具の首輪を選ばせた。


色見本を広げて見せたところ、ドベルが選んだのは鮮やかな黄色、テンバは翡翠色を選んだ。どうやら風竜ハルの色を気に入ったらしい。


黒を基調に茶色が混じる毛並みには柔らかな陽光が射し、通り抜ける風に撫でられるたび、しなやかで均整の取れた筋肉の動きが浮かび上がる。


その身体は、自然の循環の中で養われた健康そのものを映す姿であった。


テンバの主がコリンであることから、首輪の魔道具には核を結晶化させたトルクが組み込まれている。

これにより口頭で指示を出さずとも、念話のように意思が伝わる仕組みになっている。


これはコリン自身が身につけているトルクと同じ仕組みで、双方が共鳴することで命令の齟齬が起こりにくい。


さらに首輪型の魔道具は、結界の展開、汚れの分解、軽度の回復といった複合的な機能を備え、いわば器としての形を取りながら核のトルクに効果を内包させている。


これらは自然界のエネルギー循環を応用した仕組みであり、太陽光や大気の魔力を媒介にして持続的に機能を発揮する。


この説明は事前に通信でコリンにも伝えてある。


私の住む森の我が家から最寄りの組合でテンバは既に使役獣として基礎試験に合格していたが、その後に発行され、正式に手渡された書類が揃ったことで、ようやく今日という日を迎えることが出来た。


もっとも環境の急激な変化に順応できない場合は、私が引き取る旨もあらかじめ伝えてある。



---


「では、テンバ。これからはコリンが主です。言うことを聞いて助けてやって下さいね」

「ン」


「ネアムありがとう。テンバ、これなら宜しくな」

「ンン」


必要なことは通信で全て伝えてある。ここでは必要な書類と共に、コリンへテンバを正式に引き渡すのみだ。


首都の門の外での手続きであったが、コリンはきちんと装いを整え、必要な物を携えて待ち構えていた。


テンバは街の喧騒にも動じず、指示に従って用意されていた馬の引く大型馬車へと静かに乗り込む。


石畳を踏みしめる蹄の音、人々のざわめき、遠くから漂う市場の香ばしい匂いにも気を乱さず、一度だけこちらに視線を向けたものの、すぐに前方へ向き直り、尾を緩やかに振っていた。



---


「ドベル、次にテンバに会うのが楽しみですね」

「んんん」


ハルの背に乗り、友の門出を見送るためドベルも同行している。


もともと計画には無かったが、ドベルは自らハルの背に飛び乗り、テンバの横に並ぶと当然のことのような顔をして座っていた。


今も真っ直ぐに友の背を見つめ続けるドベル。その瞳には、別れの寂しさよりも次の再会を待ち望む輝きが宿っていた。



---


「では、帰りましょうか」

「ギョイ」

「ん」


ハルの速度なら半日もかからない距離。たったそれだけの間に過ぎない。


私たちはいつもの森の日常へと帰っていった。


森での暮らしは相変わらず穏やかだ。ただ、年間行事として恒例だった海の家への滞在はなくなった。


家庭菜園を超える規模へと広がった農地の世話や収穫を一人で管理しているため、長期間の滞在は難しくなり、海の家は日帰りの訪問に変わった。


海の幸を頂く代わりに、私は菜園で収穫した作物を交流のある住人へ挨拶代わりに渡している。


この関係も数年が経ち、やがて見晴らしだけは良い立地に建つ家をほとんど使えないことを惜しく思うようになった。


そこで市で販売される既存の魔道具のみを家に残し、海を眺める大浴場はそのままにした。ただし専用に設置していた魔道具は門外不出に当たるため外し、新たに市で購入した大型湯船用の給水・加温道具を据え付け、街へ寄贈した。


高価ではあるが一般流通している魔道具であり、これにより山から水を引き、薪で湯を張る手間が省かれ、大浴場も変わらず使えるようになった。


管理する街の人々にとっても大きな負担の軽減であった。


さらに、今も機能している結界の対価として、かつて譲ってもらった高台を手放すことへの謝意を示すため、大浴場用に使える魔物の核を数年分、街の人々に渡しておいた。


魔物の核は自然界の循環から魔力を取り出す役割を果たし、火や水の調和を安定させることが出来る。


現代に生きる彼らにとっては大きな助けとなるはずだ。


住人しか知らなかった高台へ登る険しい山道は、旅人が通いやすい道へと整備され、家は街に不足していた宿屋として生まれ変わった。



---


「こんなに沢山の世話は大変でしょうね」


籠いっぱいに盛られた野菜や果物を見て、長期の滞在が難しいと住人たちも納得していた。


「いつでも遊びに来て下さい。その時は必ず声をかけて下さいね」


数人から同じ言葉を受け取った。道中ですれ違う子供たちはドベルに触れ、その背に乗るために順番待ちをしてはしゃぎ、無邪気な笑顔を見せていた。


親たちもかつて自分たちが子供の頃に同じように遊んだ記憶を懐かしみながら、柔らかな笑みでその様子を見守っていた。



---


「では、また遊びに来ますね」


「待ってますね。ドベルまたね。イリス様もいつもありがとうございます」


海の街では今もイリスが守護獣として扱われている。

加護もあるので日帰りなら皆で出掛けることも可能だが、ハルは農園を守るために残ると言った。


恐らく風竜となったハルは、イリスの役目を侵さぬよう理解しているのだろう。

そのため海の家へ出向く際には留守を引き受けているのだ。



---


個性豊かな魔物との森での生活は、静けさと賑わいが入り交じりながら続いていく。



穏やかでありながら飽きが来ず、波風も立たない平和な日常。それは自然の流れと共に在る暮らしの証そのものであった。


長い人生。根をおろした私はこうした生活が延々と繰り返されるだろう。


それを今までのように人に語り尽くしたとて、山もなければ谷も無い穏やかな人生だ。



この先は書き残さず、私だけの記憶として残しておく。


書斎となった書庫の一室で、庭で遊ぶ三体のことを見守る私。


無事に進化を遂げた黒い鱗に包まれたイリスが、機嫌良くしている。



---


「--長い日記になりましたね」



---


第二部 完



シリーズ第二部を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


この第二部では、主人公が自分のやり方で日々を紡ぐ姿を描きました。第一部では、誰かのために行動し、秘密を抱えながらも仲間に尽くしてきた主人公が、一人で思うままに生活し、その中で見えてくる小さな喜びや穏やかな日常を味わう物語です。


第三部も後日公開します。


長い時間を共にしてくださった皆様に、心から感謝を申し上げます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ