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第二十六章

私も既に二百年近くの時を知る者となった。長い時を経て、人との関わりはデベスの忠告により肩の力を抜いて受け入れられる。


今では私よりもさらに長く生きている人生の先輩たちとの交流も持つようになった。


純血のエルフであるサイラスは、その中でも特に親しい存在であり、気が向けば二人で酒を酌み交わす仲だ。


彼は自ら六百年近く生きてきたと豪語しており、皺ひとつ寄せない表情の奥に、悠久を知る者ならではの穏やかな眼差しを宿している。


「私は最初はどうだったかなぁ。長く生きるとね、どうでも良くなることが多くて、君もそのうちそうなるんじゃない?」


「六百年となると、そうなりますか」


「いや、二百年を超えると、私の周りの同胞たちは今の私みたいになるかな」


この日も最寄りの傭兵組合に立ち寄ると、偶然遊びに来ていたサイラスに飲みに誘われた。

断る理由もなく、柔らかな光に照らされる街角の酒場で、だらだらと話し込んでいた。


サイラスは傭兵組合でもプラチナに属する実力を持つ者だ。

しかし、やる気というものは彼の中にはほとんど見られず、それでも高位の依頼者から指名が絶えないことで地位を維持している。


私とは真逆の気質を持ち、その在り方を観察するのは興味深かった。


彼はコリンとも面識があり、「彼さあ、頑張り屋?っていうのかな。真似できないけど偉いよね」と、ただ一言そう評しただけだった。


物の価値観が根本から違うのか、あるいは長命ゆえに価値観そのものを手放してしまったのか、判断はつかない。


けれど、サイラスと共に過ごす時間は不思議と肩の力が抜け、日々の張り詰めた心が緩むのだった。


「また、立ち寄ったら顔を見せるね」

「はい、お気をつけて」


エルフの「また」は、人族が思うような数日や数か月のことではなく、数年、あるいは数十年を指すのが常識だ。

実際、サイラスとは数年に一度顔を合わせる程度で、それでも彼は長寿仲間の中では頻繁に会う方だった。


その後、イリスに迎えに来てもらい、森の我が家へと戻る。空を渡る風に乗って見下ろすと、眼下には当初の三倍を超える広さへと拡大したマンゴー畑が広がっていた。


まだ「食べたい」とせがむ三体のために森を少しずつ切り拓き、毎年作付面積を広げてきた結果である。


枯らすことなく、当時植えた苗木も成長し、実をつける数は増え続けている。


舌に残るあの記憶の味に近づきつつはあるが、やはり森の大地と農園では育まれる風味が異なるのだろう。


その違いを追及しながらも、今の味には十分に満足していた。


農作業に精を出していると、ふと忘れていたことを思い出した。

作業は魔法で時短し、家に戻り用意を済ませてイリスを呼ぶ。


ハルとドベルには留守の間の農地管理を任せ、探索へ向かった。その心に残る風景は、別の区画で今まさに収穫の時を迎えている。


「この量なら一年間、お米が食べられるね」

「ギャ」


イリスは米には興味を示さない。この米こそが、忘れていたものだった。

自生していそうな土地を探索し、持ち帰った粒から育て上げたもので、私自身の楽しみのために栽培している穀物だ。


これまで旅して立ち寄った人里には米は存在せず、半ば諦めていた。しかし森でマンゴーを見つけ、栽培に成功した弟子の事例に勇気づけられ、諦めずに探し続けた末にようやく米を発見した。


その時から数年かけ、今では白米を食べられるようになった。初めて収穫した年は、炊き上がりを待ちきれずに魔法で一気に蒸らし、香り立つ湯気を浴びながら夢中で口にしたものだった。


品種改良などされていない自生の粒をそのまま種籾にし、わずかな稲穂から収穫した量しかなかったが、その時の感動はいまも鮮烈だ。


思わず立ち上がり、拳を握りしめながら、一粒残らず噛み締めたあの味を忘れることはない。


そうなると欲が出るのが人の常である。精米の過程で出た糠や副産物を利用し、大豆から作った味噌や醤油を仕込み始めた。


大豆は市場で容易に手に入るため、良質な粒を厳選して保存調味料とし、毎年仕込みを続けている。


結果として田畑も拡張され、広大な農地となった。庭を広げるのではなく、イリスとハルに相談し、彼らの許可を得て区画を決め、米、豆、野菜、果樹を栽培している。


イリスからは果物の要望も多く、次第に農園は多種多様に彩られるようになった。


イリスはマンゴーの次に苺を好むようになった。人の手で摘む粒に対して驚異的な量を求められた時には思わず卒倒しかけたが、魔力を糧とする彼女ならばと魔法で品種改良を施した。


その結果、人の顔ほどもある大粒で甘い苺が実るようになった。


「傭兵兼農家ですね」

「ギャ♪」


苺のことを考えていると、自然にイリスへと念話が飛んだらしく、来年の春が楽しみだと返事が返ってきた。


可愛らしい楽しみに笑みが零れ、ふと首元の鱗につい目が行く。彼女は飛竜からさらに緩やかに進化の兆候を見せ、黒みを帯びた鱗が全身に点々と現れ始めている。


いずれ何へと至るのか、それは私の密かな楽しみのひとつだった。


「ギャギャ~」


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