第二十五章
温暖な大陸から直線で森の我が家へと帰還した。私は、図面だけ完成していた家とその周囲を整地する作業に早速取りかかっていた。
「家は今は取りあえず壊れる心配は無いでしょう」
風竜と飛竜二体の風圧に耐える計算を割り出し、隣接していた工房は今回は家と一体化させた。
屋根には風の通り道を考慮した補強を加え、強風でも揺らぎを抑える構造にしてある。さらに部屋割りを見直し、新しく追加したのは書庫である。
鑑定記録として私自身には不要な空間ではあるが、組合へ渡す魔物の生態調査や進化の条件などを、種別ごとに棚へ整理し、時間を見つけて脳内から引き出した情報を書き綴っていく。
この部屋に充満するインクの匂いは懐かしさを伴い、かつての研究に没頭した日々を思い起こさせる。
今では静寂と知識に包まれる癒しの部屋となった。窓から差し込む柔らかな光が棚の背表紙を照らし、漂う埃の粒子が金色に瞬いて見える。
家を囲む庭は、ドベルの寝床を兼ねる広場として整え、三体が自由に遊べるよう障害物を配置した。
イリスの鬱憤を晴らすため、彼女の好みに基づいた頑丈な玩具や仕掛けも用意してあり、長く興味を持てるよう工夫してある。
早速遊び始めたイリスとドベルを、塔の着地台で翼を休めながら優雅に見つめるのはハルだ。
森の木々よりも高くそびえる塔は幾つもあり、それぞれの好みに合わせて設計してある。
塔の頂では風が強く吹き抜け、羽ばたきを休める二体にとって格好の場所となった。
荒れていた森の一部を段々畑に整地し、そこへ環境を合わせるため森から採取した土や微生物を混ぜ合わせて土壌を整えた。
その上で、デベスの農園から分けてもらった苗を植え付ける。苗木の畑は品種改良を行わず原種を守る目的で育て、外気の影響を避けるため段々畑全体を隔離構造にしてある。
さらに、デベスが育てた果実の種や森で採取した苗を原種として、今後は品種の改良も行えるよう広大な区画に隔離し、成長記録を逐一つける計画である。
広大さが求められる理由は単純で、巨体二体と人より一回り大きなドベルが好物としてマンゴーを気に入ってしまったからだ。彼らが満足する量は到底無理だとしても、数多く実る段階を見越して今後農地を拡張する予定でいる。
意識としては知識があっても、農作業でマンゴーを育てるのは初めてであり、失敗は許されないとの思いから魔法を用いて世話を行っていた。
水やりは土壌の湿度を感知して調整し、病害虫を防ぐために防護の結界を張る。自然の循環を壊さぬよう、外から取り込んだ微生物の働きを最大限に活かした。
「では、ハルお願いします」
「ギョイ~」
風竜の力が解き放たれ、自然の風を操る力によって段々畑一帯はマンゴーに適した温度と湿度に保たれる。
風竜が持つ加護の恩恵である。
イリスは普段ハルを妬みがちであったが、好物となったマンゴーの区画には決して手を出さず、むしろ「マンゴーの為に働け」と加護が翻訳されているかのように行動する。
この加護は彼女にとって妬みの対象にはならず、むしろ納得の表情を見せるのが興味深い。
その観察記録を記す際は、イリスの名誉を守るため、ハルの能力のみを淡々と事実として書き留めることにしている。
「後は時が経つのを待ちましょう。苗木なら数年でしょうね」
「ギョイ♪」
「ギャ?!」
ハルは理解していたが、イリスはすぐに実がなると思い込んでいたらしく、大きく肩を落とし落胆していた。
「イリス、残念ですが時は自由に操れません。受け入れましょうね」
「ギャ~」
説明を受けて理解はしたようだが、同時に念で「実をつける木がある森へ行きたい」と強く訴えてきた。
どうやら彼女の食い意地は魔物に限らず、美味しい物すべてに向けられているらしい。この一幕も、私の心に残る観察記録の一つとして大切に仕舞うことにする。
そして数年が経ち、待ちに待った最初の苗木からの収穫を迎える時が来た。
隔離された建物から私が収穫を抱えて出ると、遠くから三体が首をもたげて見守っていた。
一つずつ丁寧に摘み取ったマンゴーを箱に並べ、待ちわびる三体の元へ運ぶ。既に種は抜いてあり、量も十分とは言えないが、一体ずつ口に放り込むと丸呑みせず、果汁を搾り出すように擂り潰し味わっていた。
私も一つ、切り分けた実を口に入れる。
「デベスの味とは違うようです。また来年ですね」
「ギョイ~」
「ギャ?!」
イリスは「美味しいのに?!」と訴えるが、私にはどこか違和感が残る。デベスが育てた果実の味を受け継ぎたいと願うのは、私が勝手に背負い込んでいる悪い癖なのだろう。
しかしそう思うことで、デベスの生意気な表情が脳裏に浮かび、次こそ負けないという気持ちが芽生える。
それは、彼との繋がりを確かに感じさせる、甘くも苦い余韻を伴う瞬間であった。




